Q. 「歌」(『わたしは風』から)

 今年の全日本合唱コンクールの女声課題曲で木下先生の「歌」を選ばさせていただきました。歌詞の内容は大学生の私たちには少し難しい気もしますが、そこを歌(表現)でカバーしたいと思っています。よろしければ何かアドバイスをいただけないでしょうか。お願いいたします。

たい(宮城県)

A. このところ随分ア・カペラ曲を書いていますが、女声のアカペラ曲として、最初に一般向きに書いたのが、この「歌」だったと思います。この曲は女声合唱曲集『わたしは風』(カワイ出版)の第三曲目。それまで女声合唱作品としては、『ファンタジア』『暁と夕の詩』など、響きは美しいが音取りも難しい組曲をいくつか書いていましたが、そろそろもう少しシンプルな、しかも大人っぽい曲集を書きたいなあと取り組んだのが『わたしは風』でした。'95年6月「舫の会」(主宰 岸信介先生)の委嘱・初演。

 曲集中この曲のみアカペラ、残りの三曲はピアノ伴奏付作品です。なぜ「歌」だけをアカペラで書く気になったかといえば、当時アカペラ作品というと宗教曲ばかりでしたから、たまには実感を伴って歌える身近な内容の無伴奏曲があってもいいのではないか、と思ったがひとつ。また私にとっては特定の宗教よりも、子供を初めて持ったときの母親の天に感謝する気持ち、無防備でか弱い赤子を全身全霊で守ろうとする本能的な母性愛、などのほうによっぽど宗教的な崇高さを感じたからかもしれません。ですからこれはある意味、神聖な祈りの歌なのです。 

 この曲に限らずアカペラ曲で大切なのはまず縦の響きを決めること。どんなにフレーズの流れが大切な曲でも、まずハーモニーをしっかり作ることが不可欠です。響きの薄い合唱は魅力半減ですから。きれいにハモるためには、面倒でもひとつひとつ縦の響きを聴き合い、ピッチを調整し合う作業が必要です。そうすれば自分の担当している音がどういう和音のどういう位置にあるか理解できます。学校の合唱の練習だと、パート練習で自分の声部の流れだけを丸暗記して最後に一回みんなで合わせて終わってしまうことが多いですが、それでは何ヶ月練習しようがきちんとハモることはできません。

 「歌」は一応最初と最後はハ短調ですが、中間部12小節あたりからかなり転調しますので、どう変化していくかしっかり認識しつつ音を取りましょう。はっきりした主調をもたずにどんどん変化していきますので、時々三和音が基本形で表れる所(たとえば12小節4拍目、14小節4拍裏、20小節1拍目裏、22小節2拍裏、24小節2拍裏、同3拍目など)をきちっと決めていかないと、どんどんピッチがずれてしまいます。最初はピアノで音程をチェックしてかまいません。響きが決まってきたら指揮者が耳で最後の微調整をしてください。

 次に自然な横の流れを作る。もちろん縦も横も同時に練習していくのですが、響きが出来上がったら意識的に「流れ」を作ってください。たまに母音唱法で歌うとフレーズを作りやすくなります。 合唱ではソロの曲のようにフレーズを自在に動かすことは難しいでしょうが、それでもこういった横の流れが重要な曲では、フレーズをどこまでひとまとまりにするか、どこまで緊張をキープして流れを作るかが最も重要になってきます。いうなればロマン派のフレーズの作り方ができないと、まずいわけです。それには最初から歌詞にどっぷりつかるだけではだめです。フレーズの流れを作る上で特に気をつけてほしいのは、ワン・フレーズのなかに含まれる8分休符の扱いです。多くのかたは休符が入るたびにフレーズを切ってしまいがちですが、それではコマ切れ音楽になってしまいます。音楽の区切りの休符か、息継ぎのための休符かをしっかり判別してください。そして息継ぎの休符の場合は、8分休符分きっちり休もうと思わず、音が続いているような気持で歌うとフレーズを保てます。(もちろんブレスはして結構です。) 

 ハーモニーを決めるときもフレーズを考えるときも言葉はしっかり発音するべきですが、縦の響きと横の流れが出来たあとで、最後にもう一度言葉を音楽に密着させる作業をおこないましょう。そのときに「気持を込める」思いが強すぎると、シラブルひとつひとつが強調されて間延びしてしまい、それまでの努力が水の泡になります。音の流れに寄り添いつつ言葉、文節、文章などのまとまりを作っていく必要があります。普通しゃべるときは文法など意識しないで話しますが、歌う前には、どれが主語でどれが述語、どれが名詞で動詞で助詞で、と認識しなおすだけで、言葉としてのまとまりがでてきます。シラブルも8分音符のリズムももきっかり均等に割ってしまうと却って不自然なのです。でもこれを練習の最初にやってしまうといい加減な音楽づくりになるおそれがあるので、一旦楽譜をきっちり作った上で、言葉と自然に密着するよう工夫なさってみてください。

 もうひとつだけ。私の曲はみんなそうですが、この曲もかなり長い盛り上がりを見せます。何気なくクレッシェンドしていくと途中で息切れする恐れがありますので、最高に達する所から逆算してエネルギー配分を考えた方がいいでしょう。「ほしぼしを」(20小節)から「あかい」(31小節)まで12小節に渡ってmpからfffまで盛り上がります。途中音がのびるところでテンションが落ちてしまわないよう。そして頂点に達しても、急に奈落に落ちるようにdim.してしまうのはだめです。「あかい」のクライマックスから「そだつだろう」まで6小節間かけて緊張感をキープしつつ徐々に減衰するようにしてください。

 最終小節、メゾソプラノ・パートの「へ音」から「ホ音」への移動はとても大切です。最後にハ、ホ、トのハ長調の主和音に終止する上で、メゾがぴしっと第三音(ホ)に解決すると、最後に鮮やかに決まった感じになります。

2005.7.17