質問31 「組曲」と「曲集」の定義は?

 「組曲」と「曲集」は先生の中ではどのように定義されているのでしょうか。例えば、「光る刻」は4曲ともテキストが違う詩人によるものであるのに「組曲」とされています。一方、「うたよ!」「恋のない日」などは同一の詩人によるテキストである上、テーマにも一定の共通性が感じられますし、全曲演奏する場合この曲順しかあり得ない構成のように思われます。にも関わらず「曲集」とされています。成立の過程(連載であったとか)によるものなのかなとも思ったりしますが。
 作曲家によって定義が違うのでしょうが、木下先生はどのように区別されていますか?
また「組曲」と「曲集」とでは全曲演奏する場合、捉え方を変えるべきなのでしょうか?

愛知県 M.K.

解答 
 全く同じ質問を掲示板にいただいたことがあるのですが、その折は疲れていて、なんとなくお茶をにごしてしまいました。今回はきっちりとお答え(定義がきっちりしているかどうかは別にして)してみたいと思います。

 初期にカワイから出版された作品は「方舟」「ティオの夜の旅」を初めとして、どれも組曲です。当時は大学合唱団から定期演奏会の最終ステージのための20〜30分の作品(昔はワン・ステージが長かった!)を、といった委嘱を受けることがほとんどでした。全曲通して演奏初演というかたちで公表するのですから、当然最初から全体の統一と対比のバランスを考えながらテキストを選び、調性、拍子、テンポ、曲調などを設定し、そののち個々の楽章に取りかかるという、完全に組曲の作曲法をとっていました。

 「光る刻(とき)」「夢のかたち」は、一曲ごとに異なる詩人のテキストを用いていますが、内容はきちんとひとつのテーマが決められています。「動物の生命の輝き」とか「夢の色々な形態」といったテーマで統一されているにもかかわらず、詩人によって実にさまざま変化に富んだ内容になる訳で、それらを別々でなく組曲にして並べて聞いてこそ面白さが際立つわけです。その点で同一の詩人によるテキストではなくても、統一と対比のバランスの取れた立派な組曲といえるでしょう。

 ですから演奏初演という形で全曲通して公表された、統一性を持つ作品群を組曲と呼ぶというのが一応の定義です。それにピアノ伴奏付、ある程度重量感のある内容
ということも加えられるかもしれません。この定義に当てはまるのは前述の4作品に加えて、「三つの不思議な物語」「大伴家持の三つの歌」「四万十川」「暁と夕の詩」「アンファンス・フィニ」「真夜中」などが挙げられます。もちろん例外もあって、「わたしは風」は完璧に組曲の定義に当てはまるのに、どういう訳か曲集となっています。タイトルをつけた折、作曲家の頭が混乱していたとしか思えません。

 さて初組曲「方舟」発表後10年ほどして、音楽之友社から合唱曲集「地平線のかなたへ」が出版されました。音楽之友社の作品集はカワイと対照的に、ほとんど曲集というタイトルになっています。これは、M.K.さんもご指摘の通り、組曲とは成立の過程がかなり異なるのが理由です。

 「地平線のかなたへ」の5曲中最初に初演されたのは「サッカーによせて」。なんと男声4部合唱曲としてでした。それを混三版にアレンジしたものを月刊「教育音楽」誌上で発表、その後、音友の委嘱で「春に」混三版を作曲、また別の団体の委嘱で「ネロ」(これだけ最初から混声四部)を単独に作曲、たまたまどれもテキストが谷川俊太郎さんのものだったため、では一冊にまとめましょうということになって、「卒業式」「二十億光年の孤独」を作曲し、最終的に全曲混声四部版に統一し、全曲のまとまりを考えて曲順を決め、曲集として発表したわけです。結果的には詩人もテーマも構成もまとまりが出き、組曲とほとんど変わらない外見になりますが、制作の過程が全然違うわけです。

 ですから、最初に単独の作品としてばらばらに発表した小品を後で一冊にまとめる場合は曲集と呼ぶというのが一応の定義です。これに当てはまるのは「夢みたものは」「恋のない日」「光と風をつれて」などです。これにも例外があって、M.K.さんご指摘の「うたよ!」は実は定義からいえば組曲です。でも「地平線」と似たコンセプトですし、それまでの組曲よりやや内容的にわかりやすい分、中高生が数曲取り上げることも多いと考え、迷った末曲集としました。だんだん言い訳が苦しくなってきましたが・・。

 組曲、曲集以外にもいろいろな名称があります。私の中では「組曲はピアノ伴奏付」というイメージが強いため、無伴奏作品の場合は、如何に「通して演奏初演された統一性のある作品群」でも「組曲」とは呼ばず「無伴奏合唱のための」とか「ア・カペラ合唱のための」という呼び方を用います。(これにも例外が。「グリンピースのうた/ふくろうめがね」は無伴奏にもかかわらず組曲。うーん、何故でしょう。)

 その他メロディの比重の大きい歌曲的作品には「女声合唱とピアノのための」「女声合唱のための」などを使うことが多く、シンプルな小品をたくさん集めた作品集には「〜のための10のメルヘン」「抒情小曲集」など、個別に魅力のあるネーミングを考えます。

 といった具合に、かなり多くの例外が存在するものの、一応「組曲」と「曲集」の定義は存在しているわけです。でも要するに全曲揃うまでの過程の違いが大きいので、演奏する場合は解釈の仕方を変えたり、練習法を変えたりする必要はありません。どちらの場合も通して演奏するなら、一曲内で変化を持たせるだけでなく、全体の統一と対比を考えて曲ごとに音色や表情を変え、組曲、曲集全体のメリハリをはっきりつけるよう演奏の構成を考えていただければうれしいです。

 なお最近は組曲という名称が流行らないのか、合唱界全体に組曲という呼び名は使われなくなりつつあるようです。

2002.9.5