質問24 混声三部合唱版と四部合唱版、どう書き分けるか?

 先生はこれまでに混声三部合唱の曲を混声四部合唱曲に書き直す、あるいはその逆パターンを数多く手がけていらっしゃいますが、その際に意識していることはどんなことですか?曲のイメージや和声的なものもあるとは思いますが、主旋律のパートを形態によって変えたりするのでしょうか。また「そのひとがうたうとき」という曲がありますが、私は三部版から聴きましたが四部合唱もありますよね。この曲の場合どちらが先に作曲されたのかも教えていただければありがたいです。これから仕事柄、四部合唱を三部合唱に、三部合唱を四部合唱に編曲しなおすことがあると思うので、ぜひ参考にさせてください。 

せとろ

解答 
 なかなか興味深いご質問です。私の場合、正直に申し上げると自主的に混声三部合唱曲を書いたことはありません。合唱は何と言っても混声四部による開離和音か、同声三〜四部
による密集和音がハーモニーの安定のためにもっとも適しており、また書きやすく鳴りやすい訳です。作曲家としては当然、より充実した響きがほしいですから。

 ではなぜ混声三部作品が存在しているかというと。
今中学では合唱が大変盛んですが、中学生男子ののどは声変わりのため非常に不安定です。一年生だと未だボーイソプラノだったり、声変わりしたと思ったら一時声が出なくなったり、音域が狭くなったりいろいろ大変です。混声四部のバスパートを担当するのは到底無理(最近コンクールなどではばりばり歌ってしまうが、ふつうは)なため、一般の中学生男子が無理なく歌える混声三部という編成が現場で強く求められているわけです。

 ですから混声三部作品はもっぱら教育関係出版社からの委嘱で書くことになります。私の場合は音楽之友社「教育音楽」編集部か、教育芸術社からの委嘱ですね。最初は編集者にくどかれて渋々という感じでしたが、そうやって音域を考慮して作曲した「春に」や「はじまり」「二十億光年の孤独」などが今や日本中の中学生に愛唱される曲になったのだから、あのころお尻を叩いてくれた編集者の皆さんに深く感謝しなくてはなりません。

 混声三部で曲を書くときは、男声を声変わり時期の中学男子にはっきり的を絞るので、厚みのある響きよりも線の絡みを中心とした動きの速い音楽を発想する事が多いですね。高音は出ないけれど低音はもっと出ませんから全体に音域は高めにします。男子の声の出やすいところでいいメロディーを歌わせてあげようという配慮もします。好き勝手に書いていい作品とは違った、規制の中でいいものを作る難しさがあるわけです。

 単発でコーラスアルバムなどに載って終わる場合は問題ないのですが、ある程度作品がたまるとそれを出版するという話がだいたい持ち上がります。ところが一般合唱団の成熟した男声には、混声三部曲の男声パートは音域が高すぎ、せっかくの豊かな倍音も発揮できず、かえって歌いにくいわけです。そのため出版が決まるとせっかく混声三部で発想したものを、今度は混声四部に直さなくてはいけません。簡単にいってしまえば、バスパートを加えてハーモニーに安定感と厚みをだす作業ですね。勿論実際はバスを加えることでバランスが変わりますから、四声とも手を入れることになるわけですが。

 本来わたしは最初に発想した編成を別の編成に書き直すことは好みません。初期の混声『方舟』『ティオの夜の旅』などは低音が重要な作品なので男声版編曲はしましたが、女声版はありませんし、女声の『ファンタジア』『暁と夕の詩』などは女声以外全く考えられません。男声『ENFANCE FINIE』『真夜中』もそう。声質、倍音、運動性などを考えハーモニーと線の流れを縦糸横糸でしっかり編み込んだ作品は、編曲しようにもできない場合が多いわけです。

 もっとも例外もあって、完璧にメロディラインの流れで出来上がっている曲、言い換えればソロで歌える曲(私の場合だと『愛する歌』全10曲)は、メロディさえキープすればどんな編成でも自由に編曲することができます。「ロマンチストの豚」がソロ、ピアノ伴奏付き2部合唱、無伴奏男声4部合唱といろいろあるのもそのためです。

 先ほども触れましたが、混声三部曲の場合も響きより線の流れを中心に作曲することが多いので、何とか混声四部に書き直すことができるわけですが、その逆、四声の厚みのある響きと複雑な退位法的絡みで成り立った曲を三声に直すことには、非常に抵抗があります(不可能ではないでしょうが)。つまりシンプルなものを複雑にすることはできても、複雑なものをシンプルにはしたくないと。ですから私の場合、四声の作品を三声に直すことはまずありません(きっぱり)。私の曲で混声三部版、四部版とも存在する場合、必ず最初に三部版を作っていると思っていただいて間違いありません。

 ご質問の「そのひとが歌うとき」もその例に漏れません。先に教育芸術社の委嘱で三部版を書き(作曲'99.9月 「New Chorus Friends」2訂版に収録)、そのあと遊声(指揮 鈴木成夫先生)という合同合唱団のアンコールのために四部に書き直しました(編曲
'00.5月 教育芸術社ピース楽譜)。

2002.2.2