質問21 合唱作品の歌詞のローマ字表記について

 日本の合唱曲は世界に誇るべき高水準で、そのためには歌詞のローマ字表記は欠かせないと考えますが、これがあるのはごくわずかです。先生の「絵の中の季節」にはそれがありますが、つける・つけないは,何で決めるのでしょうか?またロシア語などでは、すでに変換の体系が(それなりに)できているようですが、日本語の場合、ローマ字表記法にかなり混乱が見られるような気がします。
 たとえば、ラ行が「l(エル)」に変換されているのは個人的には妥当(Rよりよい)と考えます。一方、疑問が残るのが、「を(wo)」と無声の「し(sh)」の扱いです。日本語の音韻体系を知らない外国人が読むと,「うぉ」「しゅ」になります。これは、国際化に向けての非常に重要な作業と考えますが、体系を統一するための動きなどはあるのでしょうか?大きいことから細かいことまで書きましたが、ローマ字表記が普及することを願っております。

ボストン 鈴木貞夫

解答
 とてもいいご質問ありがとうございました。私も歌詞のローマ字表記はとても大切な事だと考えます。以前合唱連盟の全国大会でご一緒したドイツ人審査員の方から「あなたの作品にはとても興味をもったが、日本語表記だけではどう発音するのか、どんな内容なのか全くわからないので、とりつく島がない。ぜひローマ字表記と、詩の英訳だけはお付けなさい」というご指摘をいただきました。それ以来、なるべくローマ字表記だけでなく詩の英訳も付けるように心掛けています。

 それにしても日本は言葉の壁のために国際社会でかなり損をしているのだから、英語や中国語の通訳、翻訳、といったスペシャリストをどんどん採用して配置すべきなのに、社会がそういうことにほとんど無関心なのには驚かされます。我々が海外旅行英語を身につけるのもいいけれど、今、国際社会で対等にやっていくのに必要なのは、語学のスペシャリスト(それも出来るだけ大勢)だと思うのですが。ベストセラーを扱う大手出版社でさえ、有能な翻訳者を大勢雇って、日本の名作小説を積極的に世界市場に売り込むということはあんまり考えていないようです。村上春樹さんの作品がどんどん米語訳されていくのも、ご自身が、米国の日本文学研究の学生を見いだし翻訳者として育て上げ、訳を任せているという話を読んだことがあります。あれだけのベストセラー作家の作品でさえ、出版社側が動いて世界中に広めようという発想はないようです。あれ、なんだか話がずいぶん大きくなってしまいました。

 音楽出版の場合は、クラシック楽譜が深刻に売れないという状況の中で、なかなかがんばっているとは思います。たとえば私の歌曲集の場合、三冊ともローマ字表記と詩の英訳がちゃんとついています。(訳詞はこちらで用意したり、しなかったり。)

 さて本題の合唱楽譜はといえば、5年くらいまではローマ字表記はほとんど見かけなかったように思います。でも最近は、多くの合唱団が海外に出かけて日本の曲を歌ったりコンクールに入賞していることもあり、随分変わりつつあるようです。私がいつもお世話になっている、有能、敏腕編集者お二人にそのへんを電話取材してみました。
 まず取材順で、K社H氏のお話から。「歌曲ではローマ字表記をつけるのが基準だが、合唱曲では、基準なし。それは歌曲にくらべて楽譜の段数が多く、ローマ字表記をつけると楽譜が煩雑に見にくくなるため。しかしア・カペラ作品(特に民謡をベースにしたもの)は段数も少なく、外国でも興味を持たれる可能性が高いため、積極的にローマ字表記をつける場合が多い。その他、海外で初演された作品、作曲者の申し出があった作品などにも付けている。」とのことでした。
 次にO
社I氏のお話。「歌曲、合唱曲ともローマ字表記を付ける確固とした基準はないが、外国で歌われる可能性のある作品、日本作品として海外で演奏されるにふさわしい質を有した作品には、積極的にローマ字表記をいれていく。外国で求められるのは圧倒的にア・カペラ。特に民謡素材のものが求められるが、個人的には輸出を民謡素材に限るのは違うのではないか、普遍的な作品をこそ世界に出していくべきでは、とも考えている」とのことでした。なるほど。

 それから表記法について、ラ行の表記でRを使うかLを使うかですが、O社では作曲者の判断を尊重する、K社では基本としてLに統一しているとの事でした。また表記法の大系を統一する動きに関しては、お二人とも「今のところ全くない!」ときっぱり。

 そうそう、ご参考までに私の合唱作品でローマ字表記が入っている本を挙げておくと、鈴木さんも挙げてらした「絵の中の季節」(カワイ出版)、「ELEGIA」(同)、「オンディーヌ女声版」(同)、「邪宗門秘曲・改訂版」(混声)の四冊。そのうち無伴奏の2作には詩の英訳もついています。
来年出版の無伴奏女声合唱作品(音楽之友社)にもローマ字、英訳とも付く
予定です。

2001.9.4