質問19 木下さんの作曲方法は?

 テレビを見ていると、歌手の人が作曲する状況を見かけることがあります。しかも、人によっていろいろと方法が違うことにおもしろみを感じています。思いついたフレーズをすかさずテープにとる人。何回も歌う人。携帯電話に録音する人。中には公衆電話に走り、家の留守録に向かって歌う人もいるとか…。そこで、木下さんはどのような作曲方法なのか興味を持ってしまいました。もし、おもしろいエピソードや必殺アイテムなどありましたらお聞かせ下さい。

鹿児島県 岩下 力

解答
 ポップスの場合はメロディーが命ですから、いいものが浮かぶと必死に頭に記憶させるか何かに録音するという方法を採るのだと思います。昔は歌手でなくても演歌系の作曲家には譜が書けない人が多く、ギターをつま弾きながら自分でメロディを歌ってテープに吹き込みレコード会社に売り込んだという話をよく聴きました。今でもシンガー・ソング・ライター系の作曲家は似た状況だと思います。有名で高額納税者だけど作るのはメロディと簡単なコードだけ。いいなあ。でももちろん実際演奏するときやレコーディングの場合メロディだけじゃまずいので、バンドやオーケストラ伴奏のための洒落たアレンジが不可決になります。効果的なイントロとか、かっこいいサビとか。それはほとんどの場合音大出のアレンジャーがやるわけです。音楽の知識があるほど縁の下の力持ち・・かも。

 一方クラシック系の場合は、特別の場合を除いて、メロディだけ先に作るという作曲法はとりません。とてもオーソドックスな作品の場合でも、メロディ、和声、リズム、対旋律などは微妙に入り組んでいて、どれかだけ抜き取るということはできない場合が多いのです。だから、全部同時に考えていくことになります。私の場合は、混声四部ピアノ伴奏付きの場合なら6段の五線紙、オーケストラの場合なら30〜40段の五線紙に、最初から書きこんでいきます。ピアノ・スケッチをとって後でオーケストレーションする、ということはやりません。音楽がピアノという楽器の発想に固まってしまって、あとでオーケストレーションがとてもやりにくくなってしまうからです。その変わり、最初から何十段の五線紙に音を書き入れていく場合、下手をすれば細かい楽器奏法ばかりに目がいって、全体を見渡せなくなる恐れもあります。それを防ぐため、私はものすごく推敲をします。推敲の鬼!と呼んでください。何度も何度も全体を見直して構成を絶えず把握するように務めていますから、しょっちゅう削ったり書き足したりすることになります。その場合の必殺アイテムはそう、パソコンです。(MacG4と22インチのシネマ・デイスプレイ!)

 ふつう手書きでオーケストラの譜面を一旦仕上げてごらんなさい、もう絶対書き直したくないはずです。何十段もある五線紙を何十ページもちまちまと細かい音符で埋め尽くしやっと複縦線ひいたあとに、最後の盛り上がりが20小節ほど足りないと気付いても、書き直す気なんてまず起きません。それに私はもともと筆圧が強くて、少し根を詰めて楽譜を書くとすぐ腱鞘炎になっていたので、いくら素晴らしい音楽が頭に鳴っていても、譜面を書くのが面倒くさくて、あまり作曲活動に熱中できなかったわけです(言い訳)。ところがパソコンで楽譜を入力するようになったら、長時間サクサクとキーボードを叩いても腱鞘炎になったりしないし、楽譜はきれいだし、大編成の曲を一旦仕上げた後も、何十回でも推敲して、そのたびに大幅に手を入れていくことができます。編曲や移調も楽だし。最近、私の作曲活動が活発なのは、パソコンのおかげといえるかもしれません。
ちなみに使っているソフトはパソコンを初めて十年余りずっと「finale」です。

2001.8.12