Q. フレーズとは?

 某大学合唱団で指揮を振っています。指揮を振っていると色々とわからないことが出てきますが、Q&A大変参考になりました。木下さんはその中で歌詞よりもむしろ「フレージング」に基づいた曲作りを説いていらっしゃいますね.今まで指揮を振っていて、難しい部分が出てくると歌詞解釈に走ってお茶を濁すようなことも多々あったかなと反省しきりです。改めて「フレーズ」とは何なのか教えていただけないでしょうか?(yone )

A. 最初にひとつお断りしておくと、歌詞を軽んじているわけではけっしてありません。フレーズも歌詞も当然ながらどちらも大切。でも楽譜を読まずに歌詞だけに過度の感情移入をすると、どうしても不必要な力みが加わって発声が暗くなり、微妙に音程がフラットしてハモリにくくなり、一拍ごとにブレーキがかかって流れが阻害され、おまけに肝心の歌詞さえシラブルに分断されて聞き取りにくくなるなど、全然いいことありません。その点フレージングを先に考えれば音楽に流れを作ることができ、流れに言葉を密着させることで効果的なリアリティのある言葉の発音が可能になるという訳です。

 もっとも合唱の場合は歌曲と違って、横の流れを作る前にまず縦の響きを立ち上げる作業がいるわけで、響きを作ることをしないで各パートがそれぞれフレージングを考えて歌っても全然ハモリません。いつもこれを書くのを省略してしまうので今回はきっちり書いておきましょう。

 余談ですが、日本の教育現場では合唱のときパート練習にほとんどの時間をかけて、最後に全員で合わせることが多いですね。これでは自分のパートだけ独立して丸暗記することになるため、いざ全員で合わせてもテンポを合わせるのに精一杯で、いいハーモニーもフレーズの流れも作ることはできません。極端にいえば手順が逆です。練習段階から縦の響き、倍音のよく鳴る響きを全員で聴き合い、作り合っておくこと必要で、曲を通すときはその響きをキープしつつ、音楽に流れを作っていくことが求められます。

 さてやっと本題。「フレーズ」という言葉は、楽曲構造で「小楽節」つまり4小節の単位のことも指しますが、それとはまったく別に「旋律あるいは走句の自然な一区切り」のことも指します。フレージングを考える、という場合の「フレーズ」は後者を意味します。「メロディの自然な一区切り」は4小節とは全く限らず、ある場合は2小節かもしれないし、ある場合は20小節かもしれません。よく楽器奏法上のスラーをフレーズと混同したり、休符から休符までをフレーズと思いこんでいる人もいますが、フレーズというのはもっとのびやかで自然な音楽のまとまりを指します。

 自然な一区切りを見つけるためには、まず楽譜をよく見ることです。強弱記号の位置や変化、伴奏形、最高音などをチェックするだけでも、だいたいのまとまりが掴めるでしょうし、複縦線が引いてある所(そこで拍子やテンポが変化したり転調していればなおさら)はフレーズの転換点であることが多いです。すべてのヒントは楽譜に書いてあるので見つけてみてください。歌物の場合、詩の内容や段落も音楽の句読点を判断する重要なヒントとなります。正解はたったひとつではありませんので、まずは気楽に。何が何だか全然わからない、という人はさしあたってメロディを何度も歌ってみましょう。それだけでも何となくまとまりが見えてきたりしますから。

 全体的に、コンクールで聞く演奏はフレーズの感じ方が短いように思います。ひたすら一拍一拍踏みしめてしまう演奏は論外としても、2小節ごとに山が出来てしまったり、休符のたびに緊張感が切れてしまったり。それでは聞き手が音楽に集中できませんね。なるべく大きい流れを感じて歌ってみましょう。最初からフレーズの終わりの音を意識して歌い出すようにすると、音楽にまとまりがでてきます。慣れないうちは、フレーズの緊張を保とうとして全音にポルタメントがかかってしまったり、言葉が不明瞭になったり、流れにばかり気がいって響きがやせてしまったり、いろいろ弊害も出ますがあせらず、徐々にバランスをとっていく事が大切です。

 フレーズ内のまとまりができたら、次のフレーズとの区切りをどう表すかが重要になってきます。慣れないうちはテンポの変化だけで表現しようとしがちで、そのため一区切りごとに楽譜に書いてもないテヌートやrit.を乱発して音楽を間のびさせてしまいがち。もちろんテンポの微妙な変化は有効な手だてですが、もっと大切なのは区切りのブレスです。ブレスの仕方で、そのあとの音色をがらっと変えたり質感を変えたり、表情を変えることができるようになり、音楽の構成ががぜんくっきり見えてきます。

 その場合気をつけていただきたいのは、ワン・フレーズ内での息継ぎと、フレーズの区切りとなるブレスは全然違うものだということです。フレーズ内のブレスでは、「息は吸いつつも音はキープする」という感覚が必要です。無意識に息をすったり、いちいち気持ちを落としてしまうと休符ごとに句読点ができてしまいますが、流れを保とうとする意識を持って息継ぎすれば、何度休符が入ろうと音楽のまとまりを保つことができます。

 一方フレーズの転換点では、深いブレスをすることで、気持ちを切り替えるだけでなく、着地点を変え、新たな音色、音質、表情に切り替えることができます。ブレスこそは音楽を決定づける非常に大切で奥深いものなのです

 ただ長いフレーズをキープしたり、区切りの効果的なブレスをするためには、楽譜を読み込むだけではだめで、十分な肺活量と無理のない発声法、日頃からの発声練習が大切になってきます。このHPではそこまで踏み込めませんので、優秀なボイストレーナーを見つけて指導を受けてみると良いでしょう。まだまだ書きたいことがありますが、疲れてしまったので今回はここまで。

2004.11.2