ヲ02年10月14日
第69回NHK全国学校音楽コンクール・全国コンクール
高校の部

NHKホール

 NHKの全国大会はいままで何度も審査させていただいたが、今年は課題曲作曲者という立場での参加だった。課題曲を書いたのは'92年中学部門「もえる緑をこころに」(詩 関根榮一氏)'97年高校部門「めばえ」(詩 みずかみかずよ氏)に続いて今回の「なぎさの地球」(詩 大岡信氏)で三度目だが、一昨年までは課題曲を書いたら審査を離れることになっていたので、今年のように課題曲作曲者として審査に参加するのは初めての経験だった。

 私の曲を一生懸命歌ってくれる姿を見ると(課題曲だから歌わざるを得ないとはいえ)どこの演奏にも愛着がわいてしまって困ったが、そういう個人的心理を抜きにしても今年のコンクールはレベルが高く、十団体ともそれぞれに団ごとの特色を生かした上質の音楽を聴かせてくれた。コンクールの個別評はHP上では書かない主義だが、今回はとりわけ印象的だった長所を学校別にひとことずつ、今後の課題は総評としてまとめて書いてみたいと思う。あくまで個人的な意見と趣味なのでそのおつもりで。

愛知県立岡崎高等学校
特に自由曲が心に響いた。社会派の作品の場合、どうしても感情移入過多になりやすいがこの合唱団は強いメッセージを盛り込みながらも客観的に作品をとらえ、コントロールの効いた品格ある演奏にまとめたのはさすが。
宮城県第三女子高等学校
ここの長所は何といっても日本語の美しさ。課題曲の前半は特筆に値する見事な演奏だった。非常にレベルの高い日本の合唱界において、唯一放置されてきた日本語の発音だが、ようやくこういう団体が登場し、豊かな発声と美しい日本語の両立が可能なことを示してくれたのは本当にうれしい。
宮崎女子高校
課題曲、自由曲を通して、音楽の組み立て方が実にうまい。南国特有の粘りのある美声を十分に生かした豊かな演奏を聴かせてくれた。何を歌ってもこの団体の個性が発散されるのがすばらしい。銀賞受賞。
島根県立松江高等学校
課題曲、自由曲とも、飾ったり誇張したりという作為のない、爽やかで清潔感のあふれる演奏が魅力的。作品に対する愛着や誠実な姿勢が伝わってくる上質な演奏だった。課題曲のせつない盛り上げ方がうまい。
北海道札幌北高等学校
ここは何といっても自由曲が素晴らしかった。歌い出しからその充実した豊かなハーモニーに引き込まれた。ダイナミック・レンジが広くfにボリュームがある。男声の減少で混声ピンチの昨今、深い混声の響きは貴重。銅賞受賞。
香川県立坂出高等学校
非常に密度の濃い充実したハーモニーを聴かせてくれた。課題曲は中音域で歌う箇所が多く力で押しても鳴りにくいが、この団は発声が整いピッチが正確、音量バランスもいいので、pの音量でも隅々まで届く豊かで美しい響きを作り出していたのが素晴らしい。
大妻中野高等学校
日本の合唱界では比較的清楚さが好まれるが、ここのように豊かな声と濃密で個性的な表現力をもった合唱団も魅力的だ。すでに大人の雰囲気を持っている。その特質を生かしたドラマチックな演奏を聴かせた。
福島県立安積黎明高等学校
すべてにおいて見事にコントロールされた知性的な演奏。明るい響きと安定したピッチ、バランスのとれた密度の濃いハーモニーを持ち、とりわけ弱奏での緻密さがすばらしい。抑制は利いているが、フレーズの盛り上げ方も的確で演奏に品格がある。堂々の金賞!
埼玉栄高等学校
とりわけ課題曲の演奏が素晴らしかった。力で押しても鳴りにくい曲だが、バランスのよい密度の濃いハーモニーにより、弱奏部分も混声ならではの豊かなハーモニーを作り出していた。構成力がありクライマックスまでの15小節間の作り方は特に見事だった。
武庫川女子大学付属高等学校
粒の揃った清楚な声、正確なピッチとバランスのよさで、たいへん美しい充実したハーモニーを作り出していた。音楽作りの基礎がしっかりしているので、課題曲・自由曲とも演奏に安定感があった。銅賞受賞。

 今回は特に粒の揃ったレベルの高いコンクールとなり、課題曲作曲者として審査に加わっていて誇らしかった。指揮者の先生と合唱団員の皆さんに心からの敬意を表したい。とはいうものの・・言いたいことが全くないわけでもない。
 課題としては、やはり日本語の発音が一番大きいだろう。残念ながら、例年どおりほとんどの団体で日本語があまり聞き取れなかった。今のところ音大の専門教育ですら日本語発声法の講座がなく、回りに日本語ディクションのプロもほとんど見あたらない以上、各々が工夫していくしかないのだが、今年はすばらしい日本語を聴かせてくれた団体も現れたことだし、光が差しはじめた気もする。残された最後の大課題として、合唱界全体で取り組んでいただけると嬉しい。毎年開催される幾多の講習会で、なぜこの問題をどこも取り上げないのか、全く合点がいかない!

 もう一つは選曲の問題。これだけである程度決まってしまうといえる重要なポイントだが、残念ながら各団の長所を充分発揮できる選曲ばかりだったとは言い切れない。
宗教曲、民謡、現代曲、何を選んでもOKなのだが、流行りの曲とか勝てる曲という視点だけに惑わされると結局曲に振り回されて終わることになる。まずなにより自分の団の特徴を把握することだ。その上でその長所を最も引き出せる、そして愛情を持てる曲を選ぶことが大切だろう。

 たとえば日本語の発音を誇るなら自由曲も日本語の美しさが映える曲を選べばいいし、美声を誇るならドラマチックで和声的な曲を、ボリュームはなくてもリズム感がいいなら動きの速いきびきびした曲を選べばいい。ソルフェージュ能力が高いなら超絶技巧を、現代音楽が好きなら現代音楽を選べばいい。好きで得意な分野から開拓していけばいいのだ。あえて苦手な曲を選ぶという手もあるが、その時は数年間は賞を取る考えを捨てて、じっくり根本的に立て直すという長期的な目を持ってほしい。

 今回は民謡が多く取り上げられていたが、どの曲もかなり凝ったアレンジがされていたのに、演奏からその構造があまり浮かび上がってこないもどかしさも感じた。対位法的に凝った曲では声部のバランスは刻々と変わっていくので、いつも四声同じバランスで歌っていては曲の骨格が見えてこない。同じ民謡といってもほとんどユニゾンのシンプルな曲から対位法的技巧を駆使した曲まで様々、ほんとうに選曲とは難しいものなのだ。

 最近は聖歌隊を規範とするストレート発声の端正な室内合唱が正道というコンセンサスがなされているが、音楽にたった一つの正しい形などは存在しない。曲の時代、様式、書法、編成によって、また合唱団の声の種類、指揮者の得意とする傾向などによって、いろいろなスタイルの魅力的な音楽が混在するのが自然なのではないだろうか。