ヲ01年6月22日
佐竹由美・辻秀幸コンサートシリーズ2
[木下牧子]その歌曲を訪ねて

 会場 横浜みなとみらい小ホール

 佐竹由美さんのリサイタルに関しては昨年の11月にもこの欄で絶賛したばかりだが、今回はご夫君の辻秀幸氏とのジョイント(賛助出演/女声合唱団ラ・カンパネラ=好演!)で私の作品の特集を組んでくださったのだった。 

 満員の聴衆を集めてのとても暖かい雰囲気の演奏会となったが、実はプログラムはかなり重めで、10分近い大曲「涅槃」や、黒田三郎の三つの歌、八木重吉の詩による「秋の瞳」などが並ぶ、非常に聞き応えのある内容であった。にもかかわらず全体に楽しい、アットホームな雰囲気に包まれたのは、辻氏のユーモア溢れる明るいキャラクターによるところが大きいだろう。今回のコンサートについて、佐竹さんのお知り合い、畑晴雄さんが詳細な感想レポートを書いてくださった。とても的確で面白い文章なので、全部掲載したいところだが、かなり長いので、やむを得ず抜粋して掲載させていただくことにした。

プログラム後半「黒田三郎の詩による三つの歌」について。
「こんな散文的な詩に良くも作曲したものだ、と思うが、これぞ木下さんの腕の見せ所でもあるのだろう。作曲には驚いてしまうが、この曲のために存在したような辻さんのテナーにも驚かされた。表現力抜群の辻さんはこの曲を歌うために、これまで歌ってきたのかもしれない、と思われるくらいにマッチングしていた。ちょっと哀愁を帯びたような、男の悲しみをユーモラスに表現していた。」

 もともとバリトンのために書いた曲なのだが、テノールの辻氏はまるで詩の世界の主人公そのもの、役柄ぴったり。変化に富んだモノ・オペラのようなドラマチックな演奏で聴衆を惹き付けたのだった。この曲ってこんなに面白い曲だったのかと、作曲した本人も新鮮な驚きを味わったのでした。前半に歌われた「涅槃」でも、見事に幻想の世界を表現されていたことを付け加えておきたい。辻氏は持ち前の演技力でオペラなどで活躍、歌曲はドイツ・リートを中心に歌っておられ、合唱指揮の分野でも大忙し。でもこれからは是非もっともっと日本歌曲を歌っていただきたいものです。

再度、畑晴雄氏のレポートからの抜粋。
最終ステージ「秋の瞳」について。
 詩は短く誰にでも解る言葉を使っているが、その言葉が八木重吉の心を通すと途端に深くなる。(中略)信仰を持った人が自然と備える言葉の重みのようなものだなと感じるのは私だけではあるまい。佐竹さんのこの詩人に対する姿勢は、ステージを最後に持ってきたことからも明らかであろう。(中略)それぞれの曲に対するイメージを先ず歌う前にため込み個々の言葉ではなく、全体の雰囲気をとらえているようだ。(中略)透き通るようで、しかも甘く柔らかく、表現力豊かな声を持つ佐竹さんには、まさにぴったりの曲であった。当日の聴衆は私同様、間違いなくその官能的な美声にすっかり酔ってしまった。

 全く畑さんのおっしゃるとおり。佐竹さんの声はよく「クリスタル・ヴォイス」と表現される、透明で品格のある美しさだ。しかも高音のピアニッシモが延々と持続する場面でも、余裕をもって美しい響きをキープできる強靱なのどの持ち主である。その美声を駆使しての「秋の瞳」における緊張感溢れる深い表現はさすがでした。佐竹さんは宗教曲のソリストや、オペラ、リサイタルで大忙しの売れっ子だが、これからもこの日本歌曲コンサートシリーズ、ぜひ長く続けて、お二人の魅力溢れる演奏で多くの聴衆に日本歌曲の面白さを伝えていただきたいものです。