ヲ01年3月31日
木下牧子作品展2〈合唱の世界〉

 会場 紀尾井ホール

 作曲委嘱をのんびり引き受けるだけでなく、自発的に作品展を開催しなくては、と思い立ったのは、つい4年前のことである。2年の準備期間をおいて、第一回作品展〈歌曲の夕べ〉を開催、更に2年後の今回は、〈合唱の世界〉というタイトルで、前半は無伴奏合唱、後半はオーケストラ伴奏(伴奏というより協奏か)による合唱作品を集めてプログラムを組んだ。

 企画を立てた時期かなり躁状態だったようで、第一ステージの「ELEGIA」を除くと、完全な新作が2ステージに、オーケストラ版初演と改訂初演、という、初演物だらけの無謀なプログラムを組んでしまった。おかげで演奏会前3ヶ月は缶詰めになって作曲に没頭せざるを得なかったが、人間本気になると日頃予想もつかないパワーがでるもので、何とかすべてを演奏会までに間に合わせることが出来たのは自分でも驚き。

 演奏会のプログラミングがだいたい固まったあと、出演団体の検討に入った。合唱とは縁が深いので、東京のプロやプロ並みの実力を誇る合唱団はほとんど知っているし、出演依頼することも出来たのだが、今回はまよわず大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団にお願いしようと思った。

 今回のメインは合唱とオーケストラの作品なので、両者の息がぴったり合うことが重要で、そのためには一人の指揮者が両方をしっかり統率している事が望ましかった。そうは言いつつ、前半の無伴奏作品も大切で、正確なピッチとアンサンブルの密度も不可欠だった。私の書く音は大変複雑な上、無調の場合でも瞬間の響きは美しくハモらなければいけないので全くごまかしが利かない。一見難しそうだが実はわりと大ざっぱでも形になる現代音楽的エフェクトより、ある意味はるかに難しいのだ。ピッチの良さ、アンサンブルの密度という点では、やはりいつも宗教曲を歌っている団体は耳が鍛えられている。そのうえ表情豊かで、現代物の初演にも慣れていて、直前に作品が出来てもあわてず素早く仕上げる事が出来、パワーと集中力があって、本番に強く。などという条件を全て満たすのは当間修一氏と大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団しか考えられなかった。

 この合唱団は40人くらいなので、オケは一管編成20人くらいがバランス的にふさわしいと判断し、その編成で作曲をはじめた。もっとも私のオーケストレーションは室内オケ思考では全くなく、便宜上(バランス上)一管編成ではあるが二管の響きを出すように書いてある。

 昨年12月頃から、出来上がった順にぼちぼち楽譜を送りはじめたのだが、新作「虚無の未来へ」の最終章のスコアとパート譜が仕上がったのは何と3月24日の朝。そのままホヤホヤと湯気の上がっている新譜を手に新幹線に飛び乗って大阪へ向かったのだった。24日に初めて合唱とオケの合わせに立ち会い、25日に無伴奏の作品を聞かせてもらうことが出来たが、無伴奏作品はすでに見事に仕上がっており、文句タレの私にしてはめずらしく、何にも文句のつけようがなかった。

 その場でアンコール曲を検討したが、合唱団の意向で「鴎」に即決定。せっかくオケ付き演奏会なのだからオケ版で、ということになり、一旦東京に帰って、急いで「鴎」のオケ版アレンジをおこない、スコアとパート譜を作成し、またも湯気の上がっている楽譜を握りしめて新幹線に乗り、28・29日の合唱とオケ練習に間に合わせたのであった。ものぐさな私にとっては、実にスリリングな日々であった。というわけで、今回は主催者たる私が作曲でてんてこ舞いだったため、演奏面のすべてを当間氏と合唱団とオケの皆さんに、事務系のほとんどをマネージャーの沖田さんにお任せしっぱなしだったが、楽譜をぽんと送っただけなのに、ここまで作曲者の期待通りの見事な演奏会に仕上げてもらえるとは思わなかった。うーん、これは楽ちんだ。

 さて肝心の演奏会の内容だが。前半の無伴奏作品の中で、私がとりわけうれしかったのは「ELEGIA」の演奏だった。透明な広がりのある響き、さりげなく、それでいて表情豊かな余裕のある演奏がとてもお洒落だった。これだけでも演奏会やった意味があったな。聞きに来てくださった人の感想では、前半のプログラムの中で女声合唱曲「あけぼの」がダントツの人気を得たようだ。ああいう風にさりげなくピッチを決めるのは、かなりむずかしいと思いますが。ピッチに自信のある女声合唱団はぜひトライしてみてください!

 「仏の見たる幻想の世界」は、ピッチもバランスも難しい二重合唱曲。ゲネプロではポジションを決めるまでが大変だった。前列に男性が来るか女声が来るか、高声を内側に集めるか外側に配置するか、二つの合唱を離すかくっつけるかなどで、全く別の曲のように聞こえるのだ。あまり面白いのでいろいろ試して合唱団の声をかなり疲労させてしまったではないかとを反省している。

 後半は新作『虚無の未来へ』。「卵のかげ」「青い太陽」「暗号」「石の思想」の4曲からなる、25分を超える大作で、4曲それぞれ曲調が異なり変化に富んでいる。今回は「邪宗門」のオケ版を聴きたくてコンサートに来たが、「虚無の未来へ」の方が気に入った、といってくれる人がかなり多かったのはうれしかった。前半の「あけぼの」にしろ、「虚無の未来へ」にしろ、新曲の評価が高いというのは、私が上がり調子であるという証明だから。4曲のなかでも「暗号」の緊張感に溢れた演奏は特にすばらしかった。大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団は、声のパワーではなく、アンサンブルの密度で聴かせるタイプの合唱団なので、オーケストラと共演するときバランスが大丈夫か少々心配だったのだが、全くの杞憂だった。よく共演して息の合っている団体だけあって、合唱とオケの音色が見事に調和し、広がりのある大変美しい響きを作りだしていたのには感心した。

 最終ステージが「邪宗門秘曲」のオーケストラ伴奏版初演。もともとオーケストラ伴奏でやりたかった曲なので、今回のオケ版初演はとてもうれしかった。10分間じりじりと盛り上げていく曲なので、弦楽器の持続が合唱を補強してあげると、とても効果的なのだ。今回の伴奏は一管編成だったが、そのうち2管編成版も書いてみたいと思っている。

 そしてアンコールの「鴎」。無伴奏合唱曲として既に出回っている曲なので、合唱四部は全く変えないままオーケストラを加えていく形をとったが、これが意外とむずかしくて。オーケストレーションで今回最も苦労したのが、「鴎」だったかもしれない。ゲネプロで熱い演奏を聴かせてもらってはいたが、肝心の本番を(舞台挨拶の後、袖に引き上げてしまったため)客席でちゃんときけなかったのは、かえすがえすも残念だ。

 ほとんどが新曲、それもかなり個性の強い、ピッチの取りにくい曲ばかり。混声、女声二重合唱もあればオケ版もあって、一ステージごとにバランスを変えなくてはならないし新曲はなかなか仕上がらないし、という過酷な条件の中、あれほどの完成度の高い演奏会に仕上げることができたのは、ひとえに当間修一先生と、大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団のおかげである。素晴らしい演奏家に恵まれたことを心から感謝したい。