43 テレビ

 私の場合コンクールの審査員や講習会の仕事で遠方へ出掛け、ホテルに宿泊する機会がかなり多い。仕事仲間がいる場合や現地に友人がいる場合は、皆で食事に出掛けたり車で穴場に連れていってもらったりして退屈しないが、問題はひとりで過ごす場合だ。忙しい作家が車中だろうがホテルだろうが原稿を書き続ける話はよく聞くが、ホテルの部屋ってどこも照明が暗いから目に悪いし、仕事を終えた夜くらいゆっくりしたい。そんなわけでひとりだとルーム・サービスをとってテレビを見ながら過ごすことが多い。自宅にはテレビを置いてないので、たまに見るとどんな番組も新鮮に楽しめるのだ。

 ちなみに先日北陸に滞在したときにはBSで映画「動く標的」「新・動く標的」(若き日のポール・ニューマンてかなり凶暴な顔つきだ)「ヴェルディの伝記」(途中から見たのでタイトルは不明。オペラ王ヴェルディも若い頃苦労したんですねえ。思わずもらい泣きし「私もがんばろう」と小学生の読書感想文のようなことを考える)と3本も見てしまった。

 しかし何事にも熱中する私、テレビを見だすと他のものには全く手がつかなくなる。昔、勉強するときは必ずテレビを付けるという友人がいたが、私にはそんなこと考えられない。画面に目が釘付けになって、見ている間はテレビの世界に(どんなアホなバラエティでも)没頭してしまうのだ。実をいうと今回の旅には単純な事務仕事をたくさん持っていったのだが、最初2日はTVをつけながらやったので全く捗らず、仕方ないので最後の夜はラジオに切り替え、3日分の事務仕事を脇目もふらずに行う羽目になった。

 家にテレビを置かないのも、そういう自分ののめり込みやすい性格ゆえだ。今どきテレビのない家って少ないので、時々くるNHKの受信料徴収の人に信じてもらうのが大変だが、本当に置いていないのだ。もっとも実家(テレビは2台ある)で生活していたころはかなりよく見る方だったと思う。特に時間の拘束の少ない浪人時代は、朝10時ころ「かわいい魔女ジニー」再放送みたさに起き出し、図書館や予備校から帰ると「細腕繁盛記」や「あかんたれ」の再放送を楽しむのが日課だった。あのころはよくテレビ見たなあ。

 テレビ置かなくなったのは30代中ばを過ぎてから。ま、人生いろいろあって、考えるところもあって、残りの人生はもっと積極的に生きたいと強く決意するに至ったたのだが、何気なくテレビをつけてしまうと、すべての気力はへなへなと萎え、思考は停止し、無意識に次の番組を探してリモコンのボタンをせっせと押している自分がいるのだった。あぶないあぶない。そんなある日神様の思し召しかテレビが突然壊れたので、それ以来置かないままにしているのだ。

 テレビを見なくなって驚いたのは、脳が勢いよく回転し始めたことだ。ってことは、それまで私の頭は回転していなかったのか・・。少し前に「マトリックス」という映画があったが、私にとっては正にテレビこそが「マトリックス」だった。旅行したり、美味しいものを食べたり、仕事に命をかけたり、社会問題に取り組んだり、いろんなことを体験したつもりになっているが、それはすべて仮想現実で、実際の自分はテレビの画面の前でぼおっと座っているだけ。将来がたっぷりある子供の頃か、リタイア後の悠々した生活ではテレビは不可欠だと思うが、私の場合これから20年くらいは頭をフル回転させなければならないので、当分家には置かないで、旅先のホテルで楽しもうと思う。 もっとも最近、壁掛け液晶テレビがむずむずと欲しくなっているので、この決意がいつまで持つかあやしいが・・。

2003.2.19