40 タフ

 人間はいつも自分の持っていない物を欲しがるものだが、今私が切実に欲しいのは何といってもタフさである。美しい容姿、スタイル、語学の才、万人に愛される性格など憧れるものはいろいろあるが、今の私にとっては「作曲の才能」を除けばその他のものはオプションのようなもので、あれば嬉しいがなくても困らないものが殆ど。でもタフさだけは欲しい。体力、精神力、人間関係上のコミニュケーション力など、全部ひっくるめてタフな人って本当にうらやましい(もっともタフな人が健康とは限らないが)。

 一線で演奏活動する人は皆驚くほどタフである。もちろん豊かな音楽的才能、毎日の練習の積み重ねが不可欠なのはいうまでもないが、そこに総合的タフさが加わって始めて本当に一流になれるような気がする。たとえば、先日お会いした某演奏家は、オケ、アンサンブル、ソロ合わせて年120回!の演奏会をこなした上、某音楽祭の企画スタッフを務め、教育者として新人の育成にも尽力し、まめに遊び時間も作っておられるようだ。聞いているだけで過労死しそうだがご本人はいたってお元気そう。そこまでいかなくとも、私のまわりの有能な指揮者、演奏家たちはプロ・アマ問わず皆大変忙しいスケジュールを軽々こなしている。しかも仕事の空き時間でスキーにいったり日帰り温泉旅に出たり、海外へもまめに出掛けていく。「忙しい」なんて言い訳しないし、お洒落の手を抜くこともない。本当に感心する。

 作曲家も皆さんタフである。ある有名作曲家の方など、一年に2〜3のオペラと1〜2の管弦楽曲と室内楽といくつかの合唱組曲と劇場付随音楽を作曲なさった上、文章を書き、テレビに出て各種審査員を務め、いろいろな会にもまめに顔を出して冗談を連発しておられる。ここまでいくともう超人の世界である。
 商業音楽系の作編曲家になると「クライアント」の存在が大きいため、いくら才能があっていい仕事をしてもクライアントに気に入られない限り前へ進めず、かなりコミニュケーション的タフさが必要とされる場合も多いようだ。これも大変そう。

 私の場合、もともと体力のあるほうではないが、精神力は人並み(と願う・・)ゆえそれで何とか補ってきた(作曲量も少な目だった)し、純音楽の世界ゆえ作った曲に対して他人からああしろ、こうしろといわれることもなく(演奏者にああしろ、こうしろとは言うが)、自由業ゆえ上下人間関係に悩まされることもなく、なだらかな道を牛のように頑固に気ままにのんびり歩いてきてしまったが、そのせいかタフさがほとんど身に付いていない。

 仕事で各地を飛び回ってはいても、未だに飛行機は2時間以上のるとぐったり疲れるし、新幹線でも片道3時間を超えると辛い。最近は作品展などの準備で全力投球することも多くなってきたが、半分気力で補っているので、終わった途端に電池切れになってそのあとしばらく使い物にならないのは我ながら情けない。自分の作曲方針(内容)に他から注文がつくのは許せないし、台本や詩のテキストも自分の気に入ったものでないと作曲する気が全くおこらない。困ったものだ。

 コミニュケーションにおけるタフさは大変重要だが、それを後天的に高めていくのはかなりきびしい面もあるので、私の場合、今後も本当に興味を持てる作品だけ厳選して作曲していく方針を貫くしかないだろう。でもせめて体力面のタフさはもう少しつけたいものだ。今年は一年間オペラに取り組むので(一年でひとつオペラを書くのも私にとっては決死的なことだ)、途中で潰れないよう体力を付けつつ(体重は減らしつつ)精神的な粘り強さも身につけていきたいものだ。タフな人間になりたい。

2003.1.6