33 歩く

 今年の目標のひとつに「運動する」というのがあったのに、何もしないうちもう半年過ぎてしまった。周りを見回すと尊敬する作曲家の先生方はI 先生もN 先生もO 先生も皆さん毎日律儀に歩いておられるらしい。それも一日10,000歩も!どうりで皆さん健康そうで作曲もばりばりな訳だ。ああ私もこのままではいけない、なんとかしなければと思い立って近所の靴屋さんへ。歩く気がしないのは私のせいではなく、きっと履き心地の悪い靴のせいに違いない、と、迷わず健康靴で有名なメーカー「ecco」の上等なウォーキングシューズを購入してしまった。もしこれでも歩く習慣が続かなかったら、その時は私の意志が弱いことを認めようではないか。

 靴を購入した翌日は気持ちのいい日曜日で、夕方早速新しい靴を履いて散歩に出た。実に軽快な履き心地に心も弾んで、いつもは入ったことのない横道をずんずん進んでいったのだが・・。行けども行けども碁盤の目のような道が続き似たような一戸建住宅がぎっしり並んでいる。日曜日のせいか通りには誰一人おらず、夏なのに家々は固く戸を閉ざして(冷房をかけるせいか)静まり返っているし、それぞれの家の庭木がこんもりしているから案外暗がりや死角が多い。おまけにどんどん日は落ちてくるし・・。心細くなって、早く抜け出そうと思わず駆けだしてしまったほどだ。私の住むマンションは駅から徒歩2〜3分、駅周辺は終電時刻まで人通りが絶えないから夜歩き回っても安心だが、意外にも日曜夜の奥まった住宅街は気を付けた方がよさそうだ。

 そんなわけで翌日からは散歩ルートを変え、バス通り沿いの賑やかな道(やや空気は悪いが)を、例のウォーキングシューズでぽくぽく歩き回っている。それにしてもいい靴は履き心地が全然違う。私の場合、外出時にはかかとの高いパンプスしか履かない主義なので、外ではいつも足が痛くてすぐタクシーに乗ってしまうが、こうして五本の足指が充分のばせる、しかも底が厚く弾力がある靴を履くと、歩くことは何と楽しいのだろう。自然と歩幅が広くなるから歩くスピードも速くなるし。これからはニューヨークのキャリアウーマンのように、往復はタフなシューズを履きホールや仕事場に着いたら華奢なパンプスに履き替えるようにしようかな。

 何となく始めたウォーキングだが、始めた時期がたまたま梅雨の終わりだったのはラッキーだった。春だと花粉症が悪化するのは必定だし、冬は寒い。でも今なら花粉も飛ばず緑もきれい、夜も明るいし、気温が高いから足の筋ものびやすく怪我しにくい。

 歩けば身体にいいだろうことは想像できたが、歩いている最中にこんなに頭も回転するとは知らなかった。てくてく歩くリズムに合わせて頭もめまぐるしく動くのだ。村上春樹さんのエッセーのなかに「考えるために走る」という文があって、読んだときには意味がよくわからなかったのだが、実際自分で歩いてみると(走るのとは微妙に違うかもしれないが)、そのリズムがいろんなことを考えるのにとても都合がいいのだ。締切近いコメントの内容、新しい曲集のアイデアから、人生の長期展望!まで、移り変わる風景を眺めながらあれこれ考えるのは、なかなか楽しいものだ。

 そんなわけで身体と頭のリフレッシュに最適なウォーキングだが、歩いたあとは心地よく汗をかき喉も乾くので思わず冷たいビールを飲んでしまうし、食も進む。ダイエットにはあまり向かないかもしれない。 

2002.7.5