27 剣道 私は案外熱しやすく冷めやすい性格である。音楽の分野だとフルート、ヴァイオリン もっとも趣味の領域なら1〜2年熱中すればある程度のレベルに達するので、まるっきり時間の無駄という訳でもない。かえって淡々と十年やるより爆発的に1年熱中した方が効率はいいかもしれない。車もパソコンも当初の熱中は冷めてしまったが、これらをマスターしたことで今どれだけ助かっているかしれないし、改装した部屋は今も居心地の良いお気に入りの部屋だ。ビリヤードは熱中しすぎて人生誤りそう、スキーは面白いが雪焼けで顔がしみだらけ、水泳はいちいち身支度が面倒、といった理由で今はどれも休止しているが、もう少し年を取って時間が出来てから再開すれば、昔とった杵柄でまた楽しめるだろう。なにせ高齢者にも楽しめるスポーツばかりだ。そうしてみると、妙なことばかり首をつっこんできた人生だが、まるっきり無意味な熱中は案外少なかったともいえる。 無意味な熱中、その数少ない例として真っ先に思い出されるのは、なんと剣道である。 「剣道」・・。一体何を考えてこの武道をチョイスする気になったのか、我ながら未だに謎だが、とにかく芸大に入ったとき、誰から勧誘を受けたわけでもないのに、迷いなく剣道部の門を叩いた私である。受験から解放された勢いで、未知の世界に足を踏み入れ冒険をしてみたくなったのだろうか。 義務教育の男子体育には「剣道」が組み込まれているから、男子にとっては案外身近なスポーツかもしれないが、女子にとって剣道といったら、かなり特殊な世界である。すべすべだった足の裏には板の間での素振りによるタコができたし、竹刀を握りしめるため手相も一年でかなり変わった(ということは人生運も大きく変わったことになる。)狭所恐怖症なのに健気にも面をかぶり(ものすごく息苦しく、おまけに大変くっさい)、 物事のいい面を見れば、剣道をやったおかげで運動サークルの合宿というものを経験できたし、美校(音楽科より美術科の皆さんのほうがずっとバンカラ)系の飲み会にも慣れ、芸大のお蔵を改造したオンボロ体育館の二階を卓球部と哀しくシェアする思い出もできた。合宿で体中筋肉痛となり、夜の自由時間には寝ころんで合宿所の漫画を読みあさるほかやることがなかったこととか、練習の合間に湖でボート漕ぎ競争をやって、私のペアが勝ったこととか、みんなつぶれてしまった飲み会で最後までサバイバルして「木下さんて意外にタフだね」と部長さんに誉められたりとか、でも合宿から帰ったら一週間寝込んだこととか、そうした一年の奮闘の挙げ句、昇段試験でこちこちに緊張して落ちてしまったこととか。笑える経験ばかり(今後もこの経験が生かされることはないだろうし)だが、今になってその記憶の断片は妙にきらきら輝いて思い出されたりする。無意味ゆえのピュアな思い出。もしかしたらあれも青春だったんですかね。 それにしても、もしあのとき気まぐれに剣道を始めずにいたら、竹刀を握らず手相が変わぬままの人生運だったら、今ごろ私はどういう道を歩んでいたのだろうか。 2002.1.26 |