24 旅と作曲家

 創作に携わる人間が大概そうであるように私も旅が好きだ。観光が好きなのではなく場所を移動したり住む雰囲気をかえるのが好きなのだ。だから名所旧跡にはあまり興味がないし、おみやげもほとんど買わない。移動するときのわくわく感と、新しい風景や新鮮な空気を味わえればもう充分。引っ越しがもっと楽なものなら1〜2年でどんどん引っ越すのも手だが、家に山積みになっている楽譜や本やCDや機材や家具や洋服のことを考えると、行動に移す元気はまったく湧かない。だからかわりに身軽な旅をするのだ。

 プライベートでもよく旅に出るが、仕事でも日本中に出掛ける。クラシックの作曲家などという地味な職業でこんなに旅をさせてもらえるとは夢にも思わなかった。実にうれしい誤算である。ピアノを弾く仕事だと、緊張を保たなくてはならないので演奏会前は今ひとつ楽しめないが、コンクール審査や、講習会の講師や、演奏会・国民文化祭などの新作立ち会いなどは、仕事とはいえ自分が演奏するわけではないので気が楽だし旅も楽しい。そんな時はゆとりがあれば車でドライブを満喫するし、新幹線や飛行機の時も前もって旅行ガイド本などを熟読しておき、仕事の前後に時間を作っていろんなところに立ち寄る。これって人生の大きな喜びの一つだ。

 少し前まで、そういうときは決して作曲の仕事(作曲に仕事という言葉を使いたくないのだが、変わりの言葉が見つからないので)を持っていかない主義だった。というかデスクトップ型のパソコンで楽譜を入力していたので、旅先では作曲のしようがなかったのだ。だから夜も現地の友人に会ったり、映画を見たり、ホテルのプールで泳いだり、何にもすることがないときはテレビをみたりして、とにかく頭を空っぽにするようにしていたのだが・・。
 最近はそうもいっていられなくなってきた。仕事で頻繁に家を空ける人間が、その間全く作曲しないのではスケジュールが全然はかどらない。そのうえ2〜3日空白期間ができると気持ちが拡散して再集中に時間がかかるので、旅の翌日も仕事にならない。そうやって作曲の予定が絶望的に遅れてしまうと、今度はプライベートでどこか行きたくてもがまんしなくてはならなくなる。せめて作曲が一段落したらと日を空けてみたところで、予定はずるずる遅れて結局どこにも出掛けられぬまま、という悪循環だ。やっとゆっくり旅が出来ると思ったらあの世への旅立ちだったなんていうのはいやだなあ。

 そんなとき夢枕漠氏のインタビュー記事を読んだ。今超多忙のエンタテインメント作家なのに、鮎釣りが好きでシーズン中は日本中の名所にでかけては鮎を釣っているという。ただしどこへいくにもパソコンを持っていき、午前中は必ず4時間原稿書きに集中して、午後から仲間と合流してつり三昧するのだそうだ。それでかなりの仕事が出来るという。ふーむ、なるほど。それはいい手かも・・。そういえば私もデスクトップ型が夏に故障したとき、高性能ノートパソコンを買ったのだった。私は作曲家だから、ワープロ・ソフトだけ持っていけばいい小説家とは違うが、ここ2〜3年飛躍的に進化したパソコンの性能なら、作曲だってホテルの部屋でできるのではないだろうか。そんなわけで、先日横浜みなとみらいに出掛けた折、ちょっと実験してみた。驚いたことに家にずっといてだらだら作曲してるよりずっと捗るではないか!おまけに頭が冴えるので、午後の旅先の時間の使い方もうまくなる。すばらしい。これからは、パソコンを車に積んでいつでもどこでも旅ができそうだ。

2001.10.9