2 好きな仕事、嫌いな仕事

 作曲家は、作曲だけやっていればいいか、というとそうでもない。私のような、マイペース・タイプの作曲家でさえ、作品解説とか、演奏会のコメント書きとか、コンクール評とか雑文とか、文章を書かされることは多いし、審査員やら講習会などで、人前でしゃべらされることも少なくない。最近は、ピアノ伴奏を務める機会もふえてきて、結構いろんなことをこなさなくてはならないのである。とはいっても、いま挙げたことはどれも、私にとって好きな仕事であるから、それほど苦にはならない。
 とくに文章を書くことは楽しい。何しろ、中学のときは、一時期にせよ、推理小説や探偵小説ばかり読んでいて、その手の小説家になりたかったくらいだから、才能のあるなしを別にすれば、はっきりと好きな作業である。人前でしゃべるのも嫌いではないし、ピアノの面白さにも最近開眼したので(一応、元ピアノ科だ)、これらは、作曲のストレスを発散するいい手段であるとさえいえる。

 そのほか事務関係の仕事も多い。演奏会をすれば案内状や招待状を郵送するし、出版したら献本、CDをリリースしたら献版、年賀状や暑中見舞いなども含めると、いつでも宛名書きや切手貼りをやっている感じがする。特に、自主演奏会などを開くと雑用がてんこ盛りで、有能な秘書でもいればいいが、ひとりでやるとなるとなかなか大変だ。最近は、友達に2人くらい来てもらって、途中でお昼やおやつを食べながら、わいわい一日かけて雑用をかたづけることが多いが、これは楽しいものの、あまり効率がよくないのが難点だ。こうした事務雑用は、少々面倒ではあるが、こなした仕事の量がはっきり示されるから、ある種の爽快感があって、そうきらいではない。

 肝心の作曲だが、これにもいろいろな行程があり、一番好きなのはなんといってもスケッチをとる作業だ。ゼロから音楽を生み出し、組み立てていくのはダントツに面白い。そのかわりとても疲れるので、好きだという割に、あまり仕事量は多くないのだが・・。 次に好きなのは、編集作業。つまり、スケッチをオーケストレーションしたり、自作品を別編成へアレンジする(合唱を歌曲にするとか、オケをピアノ・デユオにするとか)などで、これは、時間をかけた分、集中した分が、きちんと量と質に反映されるのが気持ちいい。(いわゆるアレンジ=他人の作品を編曲すること=はあまり好きでない、というか興味がないので、ほとんどやらない。)

 次が浄書作業だが、わたしの場合スケッチから最終段階まで、全部パソコンで入力するので、労力は手書きほど大変ではない。(浄書ソフトを使いこなすまでには長い年月がかかったけどね。ちなみに、私の使っているソフトは、Finale2000だ。)演奏家に渡す楽譜くらいなら、たいした苦もなく作成でき、たまにその作業を楽しいと感じることさえあるのだが、出版浄書(そのままプリント出版される段階)まで受け持つとなると、話はがらっと変わって、あまりの細かい作業に、気が狂いそうになるときがある。1mmずれてもまずいので、22インチモニターいっぱい、4倍に拡大した楽譜を1ページずつ、すみずみまでチェックしなけれはならないし、私のもっとも苦手な校正作業を並行して行わねばならない。浄書屋さんが作ってくれた楽譜を校正するのでさえ、いやでいやで、1ヶ月放置したりするのに、1mmのずれも許されない浄書と、ひとつの臨時記号落ちも許されない校正を、同時に一人で黙々行なっていると、ほとんど発狂寸前だ。

 精密な照合・確認作業を集中して行うというのが、私のもっとも苦手とする仕事なのである。

2000.6.9