〔 秋の夜 −after episode− 〕
朝帰り、どころではない。
徹夜で飲んで、そのまま出勤だ。
少し足のふらつくディアッカをさっそうと担いで、イザークはカツカツ歩いている。
この人はあきらかにばけものだと思う。
「ほら、も急げよ。」
姑のようにお小言も忘れず、イザークがボルテールに乗りこむ。
眠気に襲われつつあったあたしは、返事もせずに続いてボルテールへ乗りこんだ。
シャワーを浴びて、ようやくスッキリした頭で、軍服に袖を通す。
アスランと同じ赤の軍服を着るだけで涙が出た頃は、とうに過ぎ去っていた。
セミロングの髪を、そのままブローする。
ヘルメットをかぶれば台無しになるけれど、今は出撃することも少ない。
仕度を整え、部屋を出る。
ミーティングまではあと10分。
ブリッジに入ると、さすがにピシッと背筋を伸ばしたディアッカがいた。
「よっ」
ウインクしながら片手をあげる姿は、酔いつぶれていたさっきまでの姿とは別人だ。
「おはよう、ディアッカ。イザークは?」
さっきまで一緒だった人におはようも何もあったもんじゃないけど、朝の挨拶は大切だよね?
「イザークならさっき本部から呼び出しで、今通信中。」
「ふうん。」
聞いておきながら、たいした反応もしないで返事をする。
「今日の仕事、もう出てる?」
「あ、はい。それが・・・・。」
オペレーターの子に声をかけると、なぜだかあいまいな返事。
どうしたの?と聞きかけて口を開くと、鬼のような形相のイザークがブリッジに入ってきた。
「ディアッカ! ! 外出の準備をしろ。」
「はあ? なんだそりゃ。」
「あたしたち、今帰ってきてオンしたばっかじゃない。」
あたしとディアッカの問いかけにも、イザークはプリプリカリカリしたまま。
「早くしろ!」と言い残し、去っていった。
「あのう・・・・。と、いうわけで、ボルテールは今日一日待機なんです。」
申し訳なさそうにオペレーターの子が答えるのを聞いて、残されたあたしたちは顔を見合わせた。
私服で出かけるといっても、今日は然る国賓級特使の護衛らしい。
なんで三人も護衛に出なきゃなんないんだろ?
そんなに立派な客人の護衛が、あたしたち現場の軍人でいいのかと不安になる。
あたしは服の中に隠し拳銃を一丁と、ナイフを二本、しのばせた。
いまだに何かと物騒な世の中なんだよね。
「ねぇ、イザーク。護衛って、なんて人の護衛なの?」
アプリリウスに渡って、客人の滞在するホテルに向かうエレカの中で、あたしはイザークに聞いた。
口をむっつりと結んだままで、イザークがぶっきらぼうに答える。
「・・・・・アレックス・ディノだ・・・・・ッ」
「ふうん。どこの国の人?」
「・・・・・・オーブだ。」
「へぇ、オーブか。」
エレカを運転するディアッカが、あっと口を開いた。
「何? ディアッカ。」
助手席であたしが聞くと、ディアッカは必要以上に首をふる。
「いや? 別に!」
「―――ちゃんと前をむけっ」
首をふるたびに右へ左へと流れるエレカにしがみつきながら、イザークが言った。
ドアのインターホンを押すイザークから、なんだか懐かしいオーラが出てた。
あれはまるで、アスランと対じしていたときのイザークじゃない?
そう感じてディアッカを見上げると、あたしの視線に気づいた彼は、へらっと笑った。
腑に落ちない思いで、ドアが開くのを待った。
ドアのロックが解除され、わずかに開かれたと思ったら、イザークはドアに足蹴りを喰らわせた。
げっ?!
超ど級の客人でしょ?!
廊下であっけにとられていると、イザークがその人の首元をつかみあげているのが見えた。
「ちょっと・・・ちょっと! イザーク!・・・・・?!」
慌てて止めに入ったあたしに見えた、藍色の髪。
イザークにつかみあげられて苦しそうに漏れる声には、とても聞き覚えがあった。
「アスラン――――?」
囁きよりも小さなあたしの声が、部屋の空気を凍らせた。
イザークが振りむき、つかみあげていた相手を解放する。
現れる、緑色の瞳。
「〜〜〜〜〜・・・・・っ」
あたしは自分を失ってしまわないように、唇と拳を握り締めた。
「アレックス・ディノ! なんだよなぁ? お前。」
ディアッカがくっくっと笑いながら、話しかけてる。
「お前によく似た奴を知ってるんだけどさぁ、俺。」
「・・・・ディアッカ。」
声を聞いたら、自分の名前を呼ばれた訳でもないのに、心臓が大きく音をたてた。
足が震えて、崩れ落ちそうになる。
そんなみっともないカッコ、さらしたくないっ
ぎゅっと目をつぶると、腰の辺りにがしっと大きな手が触れた。
その支えのおかげで、あたしは何とか立っていることができた。
ディアッカの顔を見れば、ニヤっと笑ってる。
いつもだったら殴り飛ばしているところだけど、今日だけは救われた思いがした。
「ディアッカ! 茶番はもういいぞ! こいつは―――!」
「アレックス・ディノ、だろ?」
プラチナブロンドを振り乱して怒鳴るイザークと、冷めた目つきで言葉を返すディアッカ。
彼は、目の前のかつての仲間が、自分から何かを言い出さない限り、それで通す覚悟だった。
「なぁ? 。」
ディアッカがあたしに話をふり、それに反応してアスランがあたしを見た。
目が、合った。
「この人がアレックス・ディノだって言うなら、あたしの知ってる人じゃない。」
「だよなぁ!」
あたしの答えに、ディアッカは満足そうにあいづちを打つ。
「あたしは、アレックス・ディノなんて人、知らない。」
「までそんな意地を張るな。」
意固地になって答えるあたしに、イザークが釘をさす。
ディアッカはただ笑っているだけで、アスランはうつむいた。
「で? お前は外出を希望しているんだろう? どこへ行く気だ?」
このままではらちが明かないと、イザークが切り出した。
「これで買い物とか言ったら怒るぞ?!」
そんなのあたしだって怒る。
「いや・・・・。ちょっと、墓参りに。・・・・・ニコルたちの。」
アスランの言葉に、その場の空気がまた凍りついた。
それは、オーブの特使が知っている名ではない。
ニコルは、歴史上名もなき戦士だ。
前の大戦で死んでいった、あまたいる兵士の中のひとり。
その名を呼ぶことは、自分がアスラン・ザラだと告げているようなものだ。
二年前、あたしを置き去りにした、アスラン・ザラだと。
真新しい墓ばかりが、整然と並ぶ戦没者の墓。
ラスティ、ミゲル、ニコル。
かつての仲間の名が刻まれた墓標。
その一つ一つに花をたむける。
あたしはそんなアスランのうしろ姿を、ただ黙って見ていた。
ニコルの墓標に花をたむけて、アスランはザフトの敬礼をした。
ニコルの死を、自分のせいだと責め続けた彼を、あたしはよく知ってる。
「ニコルにも、言うの? 自分はアレックス・ディノだ、って。」
それまで一言も口を利かなかったあたしに驚いて、アスランが振り返る。
「ラスティにも、ミゲルにも、本当の名前を言えないの?!」
イザークとディアッカが、あたしの様子に顔を見合わせる。
「俺たちは先に車で待つ。」
「じゃーな、アレックス♪」
すれ違いざまにディアッカが、アスランの肩をたたいて去っていった。
「。話を・・・・。」
「アレックスなんて人間は知らないっ!」
名前を呼ばれたとき、懐かしさよりも嫌悪感を感じた。
それは、目の前の人物が、それを偽っているからだ。
それなのに、あたしの名前を平然と口にする。
そんなの、不公平だ!
あたしは隠していた拳銃を、アスランにむけて構えた。
「・・・・・。」
哀れむような顔で、アスランがあたしを見てる。
「名前を偽っていたことは、すまない。だが、こうでもしなければ俺はプラントには来られない。」
後ろめたさを感じさせずに、アスランが言った。
「俺は、アスラン・ザラだ。」
あたしの拳銃を握る手が震えた。
「あたしっ・・・。あたし、アスランが姿を消したとき、ただ呆然としてた。」
涙も流せないほどに。
「それから二年が経って、ようやく思い出に変えようって、思ったの。」
そんなときに、どうして・・・。
「何度も何度も、泣き続けたあたしのことなんて、考えもしなかったくせに!」
「ちがう!」
あたしの声に、あたしよりも大きなアスランの声が重なった。
「俺は、パトリック・ザラの息子なんだ。」
苦々しく、アスランが言葉を吐き出した。
「A級戦犯の息子なんだぞ?! その俺が、プラントで生きてていいはずないだろう?」
戦争を拡大させたパトリック・ザラ。
その罪は死後も問われ、軍事裁判では有罪が確定していた。
アスランは、その、息子。
「俺は、戦争のない世界を守る。俺があのパトリックの息子だから、やらなきゃいけないんだ。」
初めて聞く、アスランが脱走した理由。
アスランが、オーブを選んだ理由。
「にまで、迷惑をかけたくなかったんだ。だから・・・・言えなかった。」
秋の風が頬を撫でる。
あたしは構えていた銃を、力なく下ろした。
「迷惑って・・・何よ。置き去りにされたほうがよっぽど辛いじゃない・・・・。」
「すまない。戦争が終わって、オーブへ行って。自分の立場を築いてから、を迎えたかったんだ。」
不確かな自分に、あたしを巻き込みたくなかったアスラン。
軍を脱走したのも、オーブを選んだのも、戦争のない世界を守るため。
―――あたしとそこで、生きるため・・・・?
「オーブのように、ナチュラルもコーディネーターも共存できる国を当たり前の世界にするんだ。
。俺のそばで、その世界をつくってほしい。俺のできることを、見守っていてほしいんだ。」
力強く語られる、アスランの夢。
あたしはまだ、その夢に必要なの?
必要とされてるって、思ってもいいの?
アスランの言葉に、空白の二年が埋められていく。
あたしたちは離れていても、目指す未来は同じだった。
「・・・・二年もほったらかしにして、あたしが新しい恋人作ってたらどうする気だったの?」
「いや・・・・。それは・・・・。あんまり考えてなくて・・・・。」
つまりは自信があったって言いたいわけね?
あたしがアスランを忘れてるはずがないって。
「それより、これ、受け取ってもらえないか?」
差し出された四角い箱。
中に何が入っているか、一目瞭然だ。
無言で受け取り中を開くと、輝くダイヤの指輪があたしを待っていた。
「俺と、結婚してほしい。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・?」
返事を返すことも忘れて、あたしはその指輪を見ていた。
二年間も音信不通。
どこで、何をしてるのかもわからなかった人。
二年後、その人が現れたと思ったら、偽名を語っていた。
そしてあたしに指輪を贈る。
「・・・・はあー・・・・。」
盛大なため息を吐き出した。
アスランって本当に女心がわかってない。
あたしの悲しみに暮れた二年間はなんだったのよ?
―――だけど。
やっぱりそんなところがアスランらしいんだよね。
「いいよ。アスラン。」
こうなったら、とことん付き合ってあげる。
エレカに戻って指輪を見せると、あたしたちは盛大な冷やかしを受けた。
イザークは昨日一晩付き合わされた愚痴を永遠こぼしてる。
アスランはそれを聞いて、初めて昨日が自分の誕生日だったことを思い出して驚いてる。
どこまで天然ボケしてるんだろう、この人。
じゃあ、アスラン。
ホテルに戻ったら、一日遅れの誕生日を祝おう?
やっぱり誕生日には主役がいなくちゃ話にならない。
昨日とは違う、楽しいだけのパーティーにしよう。
久しぶりにみんなで過ごす、幸せな秋の夜になるように。
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【あとがき】
アスラン誕生日夢の救済編でした。
これで少しはアスランをお祝いできた、かな?
ちなみに運命とはリンクしているようでしていません。
していたら、アスランがまた脱走しちゃうし(笑)
そうなったらもう立ち直れない(苦笑)
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!