〔 涙のカケラ 〕





そんな気はしてた。
軍に入ると言ったときから、こうなる予感はあった。
「・・・・・はあ・・・・・。」
は自分宛に届いた短い手紙を見て、小さくため息をついた。

何度確かめても同じ。
書かれている文字が、変わることなんてない。

『婚約を解消します。』
どうやっても、そうとしか読めない。

手紙の差出人が彼の名前だったことには、救われた思いがしていた。
これが家の名前だけだったら・・・。
自分たちの関係は何だったのか、虚しくなるだけだった。


彼は、婚姻統制に基づいて定められた相手だった。
けど、婚姻から五年もすれば情はわく。
将来を一緒にする人だと思えば、せめて気持ちも寄り添いたいと思った。
好きか、と聞かれれば、今はもう好きだと答えられる。
それほどの二人を、五年かけて築いてきたのに。

はまた、ため息をついた。
今度は大きく、深く。

アカデミーを経て、入隊してからはまだ半年もたっていない。
たったそれだけで、五年のすべてが消えていった。


「結局彼は、家庭に入るおとなしい妻を求めてたってわけね。」
結婚して子供を産んでも、プラントがなくなってしまったら意味がない。
だからザフトに入って、プラントを護って、安心して子供を産みたい。

はそう思ってザフトへきたのだ。
なのに彼は、婚約を解消してきた。
入隊する、と言ったときも大反対にあった。
でもまさか、婚約解消だなんて・・・・。

「強い女はキライですか?」
ザフトでも力のあるものだけが着る赤の軍服。
その襟元のホックを緩めて、は手紙をポケットにしまった。

「ばいばい。」


これで終わりになるだけのことだった。
にとって予定外だったのは、一部始終の目撃者がいたこと。
軍の宿舎の裏庭。
夕食時で宿舎のほぼ全員が、食堂にいるはずの時間。
彼の名前で届いた手紙に嫌な予感がして、わざわざ人目を避けたのに。

宿舎へ戻ろうと顔をあげたの目の前には、同期のアスラン・ザラがいた。
「すまない!」
目が合ったとたん、アスランが謝った。
それだけでは、全部を初めから見られていたのだと、わかってしまった。
無理矢理の笑顔をつくって、はまたポケットから手紙を取り出した。

「ならこの手紙、アスランが捨ててくれない?」
「捨てるのか?!」
バツが悪そうにしている相手に、まさか聞き返されるとは思っていなかった
なぜかムッとして、手紙をアスランに押しやった。

「そうよ、捨てるの。持ってたってどーしょもないでしょ?!」
押しつけられた手紙は、数ヶ所が不自然に濡れていた。
それがの涙だと、気づかないアスランではない。

は、まだ好きなんだろ?」
アスランの言葉に、の瞳が怒りに染まる。
「別に好きじゃないわよ! 国で決められてた相手なんて!」

は自分の言葉に傷ついた。
彼は、こうとしか思っていなかったんじゃないのか、と。
きっと好きだったのは、自分だけ。
好きになろうとがんばったのは、自分だけ。


「結果がこうなったからって、の気持ちを偽ったらダメじゃないか。」
だから、アスランの言葉に、はハッとした。
「婚約者の話をしてくれたは、本当に幸せそうに見えていた。」
「アスラン・・・・。」

でさえ、忘れていた。
アスランに、そんな話をしていたこと。
きっとまだ、アカデミーに入って間もない頃の話。
彼とはアカデミーに入ってすぐ、連絡が途絶えていたから。

「いいんだ、。かくれて泣くなよ。」
アスランの優しい言葉に、は力を失ったように座りこんだ。
張っていた緊張を解くと、涙腺までゆるんだ。
じわりとの目に涙が浮かぶ。
アスランがのとなりにしゃがみこんで、頭を撫でた。

「アスラン。私、ね・・・・っ」
言ったきり、それ以上を言葉にすることがにはできなかった。
こみあげてきた想いが、涙になってとまらない。
彼がどう思っていたにしろ、は彼が好きだったのだから。


『ばいばい』で、終わりにするつもりでいた。
自分もそんなに好きじゃなかったと、言い聞かせていた。
けれど。
やっぱり好きだった、彼を。
その分だけ、涙が流れた。

やがては、ゆっくり立ち上がった。
手を添えようとしてくれた、アスランを制して。

「ありがとう、アスラン。もう大丈夫。」
泣きはらした顔で言われても、説得力がない。
アスランは無言でを抱きしめた。

「え?」
不意打ちをくらって、目が泳ぐ
「誰かを想っている姿は、引力が強くて困るな。」
耳元から聞こえたアスランの声に、身体がどきりと固まった。

「忘れろとは言わない。けど、俺だってが好きなんだ。」

軍服からも伝わってくる、アスランの鼓動。ぬくもり。
は回された腕を払うこともできず、アスランの背に自分の手を回すこともできないでいた。
「あの・・・っ・・・アス、ラン・・・?」

戸惑うだけのに、アスランは笑顔でその腕を解いた。
を困らせたいわけじゃない。ただ、伝えておきたかっただけだ。」


君を想っているヤツがいるよ。
だからもう、泣かないで。


「夕食、食べ損ねるぞ。」
照れ隠しにも思える言葉と、手をさしのべられて、は一歩を踏み出した。
背中に優しく添えられた、アスランの手があたたかい。



―――いまはまだ、彼が好き。
でも、アスラン。
貴方の優しさはいつか、私の想いを消してくれる気がする。




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【あとがき】
 ガマン強いな、アスラン(笑)
 久しぶりにかっこいいアスランが書きたかった、のに。