アカデミーにはただ一日、ただ一度だけおこなわれる授業がある。










〔 酒を飲むなら呑まれたい 〕











「今日の授業は“酒”だ。」
教官の言葉に、ディアッカがヒューっと口笛を吹いた。

「酒が授業っておかしくないの?」
まずはとりあえずビールだろ。と、生徒たちに次々と注がれていく様子を見て、は目を丸くした。
「おかしくナイナイ。」
ラスティがうきうきと弾む口調で、のグラスにビールを注ぐ。
教室中にアルコールの匂いが充満していく。

「これもちゃんとした訓練ですよ?」
ニコルがにっこり笑った。

連合の捕虜となったとき、酒により口を割ってしまうことがないように。
そんなさも正当な目的が掲げられている以上、確かにこれは訓練と言えなくもないけれど・・・・。

は教官が高々とグラスを掲げ、乾杯の音頭をとる姿を見た。
(・・・・ニヤけてる・・・・。)
はうんざりしながら片手のグラスを持ち上げた。

「かんぱぁ〜い♪」

の心も知らず、クラスメイトたちは、がちんっとグラスを合わせた。


「捕虜に酒なんて、出るわけないじゃない。」
飲み進めること数十分。
は、なくなっては注ぎ足されるビールにうんざりしてきた。

「もうカラか? 、ペース速いぞ?」
アスランがいらぬ忠告をしてきた。
忠告だけでいいはずなのに、面白そうにビールを注ぎ足す。

「やめてよ、アスラン。」
が上目づかいにニラみつけると、アスランは首をすくめる。
「それはすまない。が楽しめるようにしたつもりだったんだが。」

「アスラン。そんなに言うならつまみを取ってきてください。」
ニコルがにこりともせずに言った。
「僕、チョコレートで飲むのが好きなんです。」

心なしかニコルの眼つきがアヤシイ。
普段は隠している腹黒さが、すでににじみ出ている。
アスランはいち早くその気配を察すると、ニコルご所望のチョコを取りにいった。


「お? 、意外に強ぇな。」
今度はディアッカがのとなりにやってきた。
一緒に移動してきたラスティがくれたポテチをひとつ、はつまんだ。

「ディアッカとボク、どっちが先にツブれるか勝負してるんだけど、もどう?」
とりあえずビールが終了して、席にはワインがボトルで配られだした。
教室のあちこちで奇声があがったり、倒れて眠りだす者が出始めた。
そのたびに教官は名簿を開いてチェックをしている。
これも総合成績に加味されるのだろうか・・・・?


「あれ?・・・・なんか一人足りなくないか?」
「へ?」
ディアッカの声に、うたた寝をはじめていたラスティが顔をあげる。

「・・・・あぁ、おかっぱですね。」
ニコルは完全に目がすわってしまっていた。
チョコを持ってきたアスランを、すっかり下僕にして次々にチョコを口に放り込み、ワインを空けている。

「ワインなくなりましたよ? アスラン、注いでください。」
「ニコル・・・・・。」

こんな姿のアスランを見られるのも、アカデミーではこれが最後だろう。
はいっこうに酔えない自分を恨めしく思った。


できることなら、このテンションの高さに入っていきたい。
そう思っても、にはこれくらいの量では飲んだうちに入らない。
ザルのように飲み、酒をこよなく愛するの両親。
両親は何を考えたのか、の遺伝子の酒に対する限界点を調整していたのだ。

自分たちも大好きな酒を、が心ゆくまで楽しめるため、とか何とか言って。

だが、酒は飲んで酔うから面白い。
飲んでも飲んでも酔えないに、酒は嗜好品にならなかった。
いまだにはっきりしている頭であたりを見渡せば、探し人は自席に座ったままだった。

「なんだ。イザーク、自分の席にいるじゃん。」
「はあ? アイツも楽しんでねぇなぁ。」
の指さす方へ、ディアッカがワイン片手に歩んでいく。

「おおい、イザーク。お前、飲んでんのかぁ?」
「うるしゃいぞ、ディアッカ! 静かに飲め!」
微妙に舌足らずな点を残しながら、イザークはディアッカを一喝した。

「キサマらもうるしゃい!」
美白の女王。
・・・・もとい、美白の王子さまの顔が、赤い。

「うっ・・・わぁー。元が白いだけに目立つね、イザーク。」
が声をかけると、イザークはふんっとそっぽをむいた。

「静かに飲んで楽しいかよ。お前もこいよ、イザーク。」
ディアッカが無理矢理イザークをひっぱってくる。
周りのクラスメイトたちは、もうほとんど折り重なって倒れていた。

(いったい、いつまで続くんだ? この授業・・・・。)
教官をチラッとうかがえば、平然とした顔でこちらを見ていた。
どうやら本当に成績に影響するようだ。

(しかもツブれた順? 私トップ取れそうじゃん。)

今日はじめて、は両親に感謝した。
あのアスラン・ザラに黒星をつけられるなんて、この先どの課目でもありえない。
アカデミーをトップ通過間違いなしのアスランに勝ったとなれば、なんであれハクがつきそうだ。

(とっととツブそう。)

ニコルにより、精神的ダメージを与えられていたアスランを潰すのは簡単だった。
「アスランの一気飲みが見たいな。」
語尾にハートマークをちらつかせ、キラキラオーラを発散したの前に、アスランは3回目の一気で沈んだ。
ニコルは片時も離さなかったチョコが底をつくと、スヤスヤと寝息をたてていた。

(寝顔はこんなに天使なのに。)
ぽわわんとした白い肌に、ふわふわの緑の髪。
そのウラに隠れる黒ニコルに、泣かされた者は数知れず。


最後に残ったのは顔色ひとつ変わらないディアッカと、これまた表情はいつも通りのイザーク。
イザークはすでにロレツの回り方がおかしかったり、顔が赤くなったりしているが、まだ限界ではないらしい。

「ディアッカ、何か芸みせてよ。」
のリクエストに、ディアッカは気分よく日舞を舞い始めた。
どこかの国の伝統芸能らしいが、にはまるでわからなかった。

ところが、これがディアッカには災いした。
動いたことで身体中をアルコールが駆け巡り、一気に酔いがまわる。

「ザぁフトの、ためにィ〜〜・・・・。」
両手をあげてバンザイの姿勢をとったと思ったら、そのままうしろに倒れた。
「ぎゃっ!」
不運にもそこで寝ていたラスティを下敷きにして、幸せそうにディアッカは目を閉じている。
見ている夢は水着パラダイスかなんかだろう。


「どいつもこいつも、大したことないな。」
最後ののターゲット、イザークが、倒れたクラスメイトを見下ろした。

「イザーク、なかなか強いんだね。お酒は何が好きなの?」
「日本酒だ。あれは東アジア共和国の日本という場所の神聖な酒だぞ? 知っているか?」
「・・・・知らない。」
「教えてやろう。身を清めるというときにはだな・・・・。」

は話をふったことを後悔した。
イザークの民俗学オタク、炸裂中。
酔ったわけではないが、眠くなってきた。

「日本酒も用意してあるぞ。」
さらに余計なことに、教官が差し入れしてきた。

の遺伝子の中に、異国の酒は含まれていない。
日本酒というものを口に含むのは初めてだった。
一口飲むと、たちまちテンションがあがってきた。
どうやら日本酒に触発されて、今まで溜めたアルコールが身体の中で暴れだしたようだ。

「どうした。さっきまでと何か違うぞ?」
一定のレベルを超えてしまったのだろう。
イザークの顔からはとは逆に赤みが引いていた。

「俺の欠点はこれだな。酔いが醒めやすい。」
イザークに日本酒を注ぎ足されて、はすっかり酔っ払った。


「ねェ・・・・? イザークぅ?」
媚びるようにがイザークの顔をのぞきこむ。

「なっ・・なんだ?」
さっきまでとは違う理由で、イザークの顔が赤くなる。

接近してくるの顔。
アルコールのせいで瞳が潤み、ほのかに火照った顔。
うっすらとひらいた唇が、イザークの目に飛びこんできた。

「日本酒って、清めのお酒なんでしょ?」
「そう・・・・だが・・・・っ?」
イザークの鼓動がバクバクと音をたてる。

「それなら、・・・・私を清めて?」

耳元で囁かれて、ついにイザークはバックン!という心音と共に倒れた。
「ぎゃあっ!」
哀れアスランは、イザークの下敷きとなった。

「―――勝った!」
初めて味わう酔っ払いという感覚の中、にはふつふつと笑いがこみ上げてきた。


の高笑いを聞きながら、教官が名簿を開いた。
「1位、。2位、イザーク。3位、ディアッカ。・・・・・・・。」

結局が1位を取ったのは、後にも先にもこれ一度きりだった。




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【あとがき】
 3838hitを踏まれた、葉月さまに捧げます。
 『旧ザフトレッドが出てくるイザーク落ち』とのリクエストでした。
 が、アカデミー時代でイザークに落ちませんでした・・・。
 ごめんなさい。
 よろしかったらもらってください。葉月さまのみ、お持ち帰りokです♪
 リクエスト、ありがとうございました。またよろしくお願いいたします。