〔昔の彼女〕
彼女と入ったカフェで、案内されていく席の隣に目をやって、俺の心臓がドクンと大きく音をたてた。
「今日の映画、おもしろかったねー。」
メニューを見ながら話しかけてくる彼女。
そうだな、と答えながらも、目線が隣にいってしまわないように必死だった。
俺はワザと、隣の席のカップルの彼女並びの席に座った。
彼女側に座ることで、目線がいかないようにするためだ。
ずいぶんと大人びて綺麗になったけど、俺が間違えるワケがない。
彼女は、・。
昔俺が、大好きだった人。
と付き合っていたのは学生の頃。
当時の彼女はいつも不安げにしていて、実際あまりの不安ぶりにうんざりすることもあった。
俺が好きだっつっても、信じてない。
いつも一歩引いて、俺と付き合ってた。
俺の知らないところで携帯の着歴を見て、前の女の名前があったと問いただされた。
普通見るかよ?
だいたい濡れ衣だっつーの!
当時のこの女の彼氏は俺の友達。
話はただの恋愛相談だ。
付き合ってたって、プライバシーはあるだろ?
勝手に見たことで、俺は彼女を責めて、彼女は俺を責めた。
電話の内容も説明したのに、首をふるばかりで。
俺の言葉を聞こうともしなかった。
今思い返せば、俺も迂闊だった。
不安がる彼女を、さらに不安がらせていた。
信用してもらえる行動がとれなかった、俺が悪い。
このことがきっかけで、俺たちは終った。
「ディアッカ。私ちょっと。」
目の前の彼女が、化粧ポーチを持って立ち上がった。
別に俺は素顔で構わないんだけど。
出て行く彼女を見送る俺の目の端に、オレンジの頭が動いたのが見えた。
携帯片手に席を立つ。
おいおい。お前がそれを許すのか?
ずいぶん奴を信じてるんだな。
そうか。
もう、あの頃のままじゃないんだな。
思っていたら、隣の席に運ばれてきたアップルパイ。
何だよ、変わってねーじゃん。
どーせ今飲んでるのも、レモンティーだろ?
「・・・・幸せそうだな。」
話しかけることなんてできない。
思ってたのに、突然のチャンスに言葉が出た。
と目が合う。
何だよ、その変なモノ見たような顔。
おかしくて笑いがこぼれた。
「・・・・・ディアッカ・・・・・。」
何年ぶりに、聞く声だろう。
「ちっとも変わらないな、。相変わらず、レモンティーにアップルパイ。」
俺といるときも、いつもその組み合わせだったよな。
「覚えてたんだ・・・?」
「まーな。」
俺たちはまた、視線を正面に戻した。
隣の席の他人が、目を合わせて会話するなんて、おかしい。
彼女の信用をなくす気は、もうない。
「俺さ、と別れて思い知らされた。」
「何を?」
「をすげー好きだったってこと。失ってから気づくなよって感じ?」
本心だった。
あの頃のは、これっぽちも信じてなかっただろうけど。
やっと伝えられた。
「私も。・・・あんなに自分を犠牲にして、それでも好きだった。」
どこで間違えたんだ? 俺たちは。
「もう一度会えたら、謝りたかった。・・・信じられなくて、ごめんね、ディアッカ。」
俺がお前を信じさせることができたら、今と違う未来があった。
でも、それはもう過去のこと。
選ばれなかった、存在しない未来。
「幸せに・・なれよ?」
「ありがとう。」
店の外で、の連れが手を振っていた。
中に戻ってくる気はないらしい。
「「さよなら。」」
また会いたい、と願っていた。
けど、本当にまた会えるなんて、思ってもいなかった。
さよなら、。
本当に、本当に、大好きだったんだぜ。
最後まで、気づかないフリをした。
の左手のくすり指に光っていた、ダイヤの指輪に。
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【あとがき】
別れても、想いが残ることってあるなぁって思って。
それもお互いに。
外堀が冷めてから話すると、意外と誤解があったりして、後から話すと笑い話だったり。
ライナの職場の上司が言ってました。(既婚女性です。)
『人生で一番好きになった人とは結婚できない。』って。
だからって、後悔しているわけじゃない。と。
そんな微妙さを書いてみたかったのですが・・・・。