〔昔の彼〕
「・・・・っぐっ・・・・ごほっ・・・。」
大好きなレモンティーでむせた。
私の隣の席に案内されてきたカップルを見て。
「何むせてんだ? 大丈夫かよ。」
目の前に座るハイネが、笑いながら顔を覗きこんできた。
「へいき。・・・・も、平気。」
私も笑いながら答える。
答えながらも心は、隣に座ったカップルへ向いていた。
正確には、その、彼の方。
だいぶ大人びているけれど、間違えるはずがない。
彼は、ディアッカ・エルスマン。
昔私が、大好きだった人。
彼と付き合っていたのは学生の頃。
当時の彼はすごく女の子に人気があって、その子たちには彼に私がいても関係なかった。
その子たちの中にはディアッカの前の彼女もいて、私はいつも不安だった。
ディアッカのこと、すごくすごく好きだったけど、それと同じくらい、いつもいつも不安だった。
好きなのに、信じられなくて、苦しかった。
疑って見てしまった、携帯の着信履歴。
出てきた前の彼女の名前に、身体中の力が抜けた。
こんな事実を見たかったわけじゃない。
私は彼を責めて、彼は私を責めた。
言い訳はされたけど、もう信じられなかった。
今思い返せば、とても子供じみた感情。
彼を信用してなかった、私が悪い。
このことがきっかけで、私たちは終った。
「? 何ぼぉーっとしてんだ? 気分悪いか?」
ハイネが今度は心配そうに聞いてきた。
「あ・・うん。平気。」
作り笑いになっていないだろうか、と心配したところに、ハイネの携帯が鳴る。
「何だよ、職場かよ。・・・有給だぜ、俺は。」
ハイネはぼやきながらも立ち上がった。
「悪い、。出てもいいか?」
「アップルパイ追加していい?」
「りょーかい。・・はい、ヴェステンフルスです。・・・・」
ディアッカ。
今は私、ハイネを信じてるんだよ。
ハイネは、私に教えてくれた。
信じる心。
だからもう、不安に思うことは何もないの。
「・・・・幸せそうだな。」
あーん、と口をあけてアップルパイを食べようとしたところに、懐かしい声が聞こえた。
スペースを挟んで隣に座る、ディアッカの声だった。
彼らは私たちと逆の位置取りで座っていたから、声は真横から聞こえた。
ディアッカの彼女の方も席を外して、今は二人とも待ちぼうけしていたのだ。
ゆっくり視線を横にふると、昔と変わらない笑顔の彼がいた。
「・・・・・ディアッカ・・・・・。」
何年ぶりに、呼ぶ名前だろう。
「ちっとも変わらないな、。相変わらず、レモンティーにアップルパイ。」
懐かしそうに目を細めて、ディアッカが言った。
「覚えてたんだ・・・?」
「まーな。」
私たちはまた、視線を正面に戻した。
隣の席の他人が、目を合わせて会話するなんて、おかしいもんね。
「俺さ、と別れて思い知らされた。」
「何を?」
「をすげー好きだったってこと。失ってから気づくなよって感じ?」
ディアッカの顔は見えない。
でも、きっと彼は笑っているんだと思えた。
「私も。・・・あんなに自分を犠牲にして、それでも好きだった。」
常に不安がまとわりついて、最後まで勝てなかったけど。
「もう一度会えたら、謝りたかった。・・・信じられなくて、ごめんね、ディアッカ。」
私が貴方を信じきれていたら、今と違う未来があった。
でも、それはもう過去のこと。
選ばれなかった、存在しない未来。
「幸せに・・なれよ?」
「ありがとう。」
店の外で、電話を終えたハイネが手を振っていた。
もう一度着席する気はないらしい。
「「さよなら。」」
今日会えたことが奇跡で、もう二度と、会うことはない。
さよなら、ディアッカ。
本当に、本当に、大好きだった。
明日、私はハイネと結婚する。
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【あとがき】
ディアッカ夢。ディアッカ夢ですってば!
・・・・ごめんなさい・・・・。ちゃんは、幸せになります。