〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.10〜 〕
「アスランがザフトにいることとか、キラがコレに乗ってることとか、今話すことじゃないよ。あとで!」
が言うと、アスランからあからさまにため息が伝えられてきた。
「あとで・・・って。ザフトと地球軍とで、いつ『あとで』なんだ。」
「僕は地球軍じゃない!」
キラがとっさに叫んだ。
「私も地球軍じゃないよ?」
キラとアスランの真剣さと裏腹に、がきょとん、と言った。
「。俺たちは真面目に・・・」
アスランが苦言を述べようとしたところへ、がけろっとして言い返す。
「真面目だよ、私。きっと一番私が冷静。」
「?」
「私はこの機体をザフトに届けるの。」
「えっ?」
断言したに、驚きを隠せないキラ。
は素性を隠してヘリオポリスにいたのだから、当然だろう。
「・・も、ザフトだったの?」
恐る恐る口にするキラに対して、は即座にそれを否定した。
「ううん。私はザフトじゃない。だけど、キラよりザフトの近くにいる。アスラン達が属してる隊の隊長は、私の家族だから。」
「・・・・・。」
両親やきょうだいといった具体的な名称でなく、ラウを家族と言う。
その理由を知っているアスランは、無意識に視線をから反らした。
「そんな・・・。、それじゃあ君は!」
―――君は、あの艦に帰る気はない・・・?
キラは最後までその言葉を言えなかった。
昨日まで、同じだと思っていた。
戦争から逃げるため、オーブに身を寄せているコーディネーター。
同じだと思っていた。
毎日の学生生活の中で、家族の話なんてしたことはなかった。
それでもいつも、を見ていたはずなのに。
自分は、いったいの何を知った気でいたんだろう。
少しの沈黙。
それを破ったのは誰の言葉でもなく、外での爆発音だった。
「一体・・?!」
キラが顔をあげて視界のなかに原因を探す。
それはすぐに知ることができた。
ヘリオポリスのシャフトに空いた大きな穴。
シャフトを支えている支柱も崩壊して、崩れている。
「ヘリオポリスが・・・!」
キラが叫んだとき、コロニー内の重力が変わった。
シャフトの破損により、宇宙との境目がなくなったコロニー。
さっきまで、自分たちもそこで生身で生きていたのに、すでに人が生活できる場所ではなくなった。
とキラとアスランは、風圧によってコロニーの外へ飛ばされる。
モビルスーツの中でキラは、操作することも忘れて呆然としていた。
目の前のモニターで、ヘリオポリスが崩れていく。
緊急避難シャフトが、次々に放出される様子は、まるで流れ星。
けど、現実はそんな幻想的なものじゃない。
「壊れた・・・。ヘリオポリス・・・!」
キラの小さなつぶやき。
けれど、アスランはそのキラの感情につられることはなかった。
むしろどこか冷めた目で、崩れていくヘリオポリスを見ていた。
「アスラン。」
それまでじっと黙っていたが、アスランを呼ぶ。
の目は、すでに待機している戦艦を捕らえていた。
たちの機体に迫ってくる戦艦。
激しい電波干渉はあるものの、攻撃の姿勢はとられていない。
はモニターを確認した。
地球軍の戦艦を視界にとらえることはできず、ヘリオポリス崩壊の影響で、熱紋もデータに現れない。
おそらくあちらも、とキラの位置を知ることはできていない状況だろう。
の目は、もう一度目の前の戦艦に向けられた。
ナスカ級ヴェサリウス。
ザフトの主力艦。
ラウの乗る艦。
今なら行ける。
ラウのところへ。
「アスラン。」
がもう一度アスランを呼んだ。
「わかった。」
アスランがモニターの向こうでうなずいた。
変形するイージス。
それはキラの操るストライクの自由を奪うように捕獲した。
「なにを?!」
ようやく我に返ったキラが、声を荒げる。
「お前たちを保護する。このままザフトの艦へ連れて行く。」
「いやだ!僕は行かないっ!」
「このまま来い!・・・来るんだ、キラ。」
苦々しくアスランが言った。
その声色に、キラがおとなしくなる。
は無言のまま、アスランのあとに続いた。
***
3機がヴェサリウスに着艦し、まずアスランが機体から降りた。
「拘束はしなくていい。彼らを保護したんだ。」
機体で待機しているのコックピットへ向かいながら、アスランは保安員をそう制した。
「アスランだ。」
スピーカーの傍でアスランが言うと、コックピットが開いた。
中からのぞく地球軍のパイロットスーツに、格納庫がざわめいた。
そんな雑踏をまったく気にせずに、はヘルメットを外した。
「アスラン!久しぶり。」
「まったく。どうしてあんなところにいたんだ。驚くどころじゃなかったぞ。」
なんの抵抗もなく話し出した二人に、しばらく見守っていた保安員達も無言で合図をしながら散っていった。
をコックピットから出すと、アスランはとなりの機体に向かう。
着艦するまで嫌だと大騒ぎだったキラだが、今は落ち着いていた。
抵抗しても無駄だと悟ったからだろう。
「キラ。」
「キラー。」
二人が呼んでも、キラからの応答はない。
外部から操作してがハッチを開く。
開かれてしまうことは想像していたのか、特に抵抗することもなくキラはコックピットの中で膝を抱えてうずくまっていた。
バイザーをつけたままのキラから、表情を読み取ることは出来ない。
アスランがなんと声をかけようか悩んでいると、がずいっとコックピットに身を入れた。
「キーラ!怒ってるの?」
が、キラをのぞきこむ。
キラはどんな顔をに見せていいのかわからず、ただ顔をそむけることしかできなかった。
「意地はってなーいの。ほら。」
がハッチの外から手を差し伸べた。
キラが顔をあげると、の後ろにアスランの顔も見えた。
キラは一瞬ためらった表情でまた視線をから外したものの、他にどうすることもできない。
それを悟ると、観念したようにに手を伸ばした。
はキラのその行動に笑顔を見せると、キラをコックピットから引きあげた。
「みんな・・・大丈夫かな・・・。」
うつむいているキラの表情は見えない。
髪で隠れてしまったキラの目は、きっと不安に揺れているのだろう。
「大丈夫。」
はキラの手を握りしめた。
そんな保障はどこにもなかったけど、そう言うことしかできなかったから。
***
「キラ。私の家族を紹介してあげる!」
は嬉しそうにそう言うと、キラの手をとった。
そのまま手をつないで歩く二人を見て、アスランに軽い嫉妬の気持ちが浮かぶ。
に久しぶりに会ったのだから、話したいことがたくさんある。
ずっと連絡もしていなかったのだから、こんな再会であっても素直に「会いたかった」という気持ちは隠せない。
もちろん幼なじみのキラにも同じ感情はあるのだが、それはまたへの気持ちとは別だった。
複雑な気持ちを、二人の手をつなぐ姿に感じながら、アスランは艦内を案内するように二人の前を歩いていた。
士官室の前に来ると、アスランはそれまでの感情を隠すように軍服の襟を正した。
そんなアスランとは対照的に、は待ちきれないといった様子だった。
「アスラン・ザラ、入ります。」
二度のノックの後に、扉を開く。
それに顔をあげたクルーゼも、の顔を見つけると口元を緩めた。
「ラウっ!」
はクルーゼに駆け寄ると、そのままの勢いでクルーゼの腰に抱きついた。
「やぁ、。心配していたよ。」
アスランやキラからしたら、とてもそうとは思えない口調でクルーゼは言い、の頭を撫でた。
「ラスティから報告を受けたときは驚いたよ。」
その災難を引き起こした当人であるのに、クルーゼは少しもそんなことを感じさせずに言った。
「もー。ラウがやったくせに。」
が頬を膨らませて抗議をするも、クルーゼは笑って返すだけだった。
やがてから顔をそらして、クルーゼはキラを見た。
「キラ・ヤマトくん。・・・だったね?」
「あ、・・はい。」
突然に話を振られて、キラは姿勢を正した。
「君にとっても本当に災難だった。・・・あんなものに乗らねばならなかったとは。」
「いえ、・・・はい。」
「キラ。ラウが私の家族だよ。」
クルーゼにぎゅ、と抱きついていた状態から、顔だけをあげてが言った。
一瞬落ちこんだ空気が流れた中、だけはさっきまでと変わらない様子だった。
「家族・・・・。」
その関係をなんと聞いていいかもわからず、キラはただ言葉を繰り返した。
アスランがキラのほうを見て、目で合図をした。
何の意味だかキラにはわからなかったが、状況から今聞くことではないことと判断して、そのあとの言葉を飲みこんだ。
「それにしても、君はあの状況の中でOSを書き換えたのか?すごい能力だな。
きっとコーディネーターの中でも優秀な部類に入るのだろう。
さぞやご両親も名を残すコーディネーターなのだろうね。」
「いえ、僕・・・。僕は、一世代目のコーディネーターですから。」
「ほう・・・・・。」
興味があるのかないのか、クルーゼの言葉からはどちらともとらえることができなかった。
「ともかく、こんな状況だが少しでも休んでくれ。部屋は・・・ラスティが医務室にいるから、アスランの部屋が空いているな?」
「はい。」
急に話を振られて、あわてたようにアスランが答えた。
「ではアスランの部屋で休むといい。」
「あのっ・・・僕は・・!」
一方的に切られた話を、キラがつなぐ。
ここに来ることはキラの本意ではなかった。
地球軍の艦に残っている仲間のことだって気になる。
攻撃を仕掛けていた艦は今キラがいるこの艦で、仲間たちのいるアークエンジェルは攻撃されていないのはわかる。
それでも、キラはここにくるつもりではなかった。
だから、帰りたいと思う気持ちに疑問はなかった。
「確かに僕はコーディネーターです。でも、あの艦には大切な友達がいるんです。だから、僕はあの艦に戻りたい。」
がきょとーんとして、アスランはぎょっとして、キラを見た。
クルーゼは表情一つ変えずにキラを見ていた。
「・・・戻ってどうなる?」
「え・・・?」
「我らがあの艦を沈めることを、止めるつもりかね?また、友達と、ここにいるアスランやと、殺し合いをするのかね?」
「あ・・・え・・・・。」
思うままを口にしたキラに、そこまでの覚悟があったはずもない。
それどころか、クルーゼに言われて初めて、アークエンジェルに戻るということがどんな行為を引き起こすことなのかを理解した。
アークエンジェルは地球軍で、ここはザフトの艦。
地球軍とザフトは戦っていて、それはつまり、・・・。
敵を排除するとか、退けるとかいった綺麗な言葉ではなく、敵を殺すという行為が行われているという現実。
キラは知らないことでも、この艦はそれを知っている。
アスランも知っているし、おそらくも知っているのだ。
知らないでこの戦場に出てしまったのは、キラだけということか。
クルーゼの言葉に、キラはそう痛感した。
言いよどんでしまったキラを見て、クルーゼは笑みをこぼした。
「アスランと積もる話もあるだろう。ゆっくりするといい。」
キラの言葉をまるでなかったようにして、クルーゼは言った。
キラはもう黙って従うことしかできなかった。
「私も行くー。」
退出していくキラとアスランに、も続いた。
クルーゼの部屋を出る直前に、が思い出したようにクルーゼを振り返った。
「ねぇ、ラウ。おみやげって、あれでよかったの?」
の問いに、クルーゼが答える。
「上出来だ。」
はよかった、と言って笑うと部屋を後にした。
「機体だけでなく、だよ。。・・・キラ・ヤマト、か。」
クッと笑ってクルーゼは、自分の席へ腰かけた。
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