「じゃあ、行ってくる。」


嵐くんのメールのこの言葉が、力強かった。
まるで、高校生のころに戻ったみたいに懐かしかった。

試合の前、いつも嵐くんはそう言って畳にあがっていったから。


「じゃあ、行ってくる。」

そう言って、必ず嵐くんは勝ってきた。
それを私は見届けてきた。


畳から降りた高校生の嵐くんは、必ず私を一番に見た。
そして、こう言った。


!勝ったぞ!」


片手でガッツポーズをして、必ず。


忘れたことなんてない。
忘れたことなんてないのに、それはもう何年も前の記憶で・・・。

そう思ったら、切なくなった。
私が知っている嵐くんは、いつだってすぐ傍にいたのに。
私は、会いに行こうともしなかった。

一気に人気者になった嵐くんを、勝手に遠く感じて、離れた。



ばかだ。私。
いまさら後悔したって遅いのに・・・!

もう取り戻せないんだから、前に進むしかないじゃない。
嵐くんは、これから戦いに行くんだから、私は―――。


どうすればいいかなんて、もう全部わかってる。










***










あぁ、でけェな。

決勝の前、俺は会場を見回した。

目の前で始まったのは、3位決定戦。
あの試合が終わったら、俺の試合が始まる。


「オリンピックは、嵐くんが目指してたところのひとつだもんね。」

メールでもらったの文字が、の声で再生された。
そうだ。
ここは俺が目指していたところのひとつだ。



高校生の頃の俺は欲張りで、欲しいものは全部欲しかった。
手に入れたいものが多すぎて、でも、全部手放したくなくて。
柔道のタイトルも、仲間も、部室も、全部同じくらい大事だった。


その中でも、は、いつも近くで笑ってた。
自然に傍にいた。
俺の柔道のある高校生活の、最初のスタートラインから、俺と一緒にいた。

それから今日まで。
傍にはいなかったけど、はずっと俺の中にいたんだ。
だから俺は、今もこうやって柔道やってんだって、思ってる。



俺を見てろ。


昔そう言ったのは、本当に本心だ。
でも、その理由は?

俺のクセを見つけて、教えて欲しい?
対戦するときの知恵になる?

本当にそれが理由だったか?


そんな問いに答えは出ないまま、とは会えなくなった。





些細なきっかけで再開した、とのメールのやりとり。
の声も聞こえねーのに。
の笑顔だって見えねーのに。

それでも、がまた近くなった。

俺の柔道には、がいる。
いや。
がいねぇと、俺の柔道じゃねぇんだ。




俺を見てろ。

悪ぃところもなんにもねぇくらい、すげー柔道見せてやる。


勝ってくる。







「一本!」


主審の手があがる。
俺は迷わず顔をあげた。

俺の視線の先で、顔をくしゃくしゃにしたが笑っていた。



次も見に来い。
その次もだ。

がいる限り、俺の柔道は続いていくんだ。

だからずっと見てろ。
俺が進む道を。
と一緒に歩いていく、俺の道を。

一番近くで、ずっと。







「好きだ。。」






END


【あとがき】
  嵐さんに出会う前から、柔道は必ず見る競技でした。
  今回も絶対に子供にTVを譲らず、TVの前でトムさんと大興奮。
  そんな柔道を見ていて、不純にも思いついてしまいました。
  ちょっと離れてしまった二人でも、きっとまた柔道が出会わせてくれると思う。

  嵐さんはメダルをとってるけど。
  メダルがすべてじゃない。
  そこにたどり着く道と、そのあとの進み方が結果なんだよ。
  そして私たちは、それに感動させられてる。
  今期もまた、たくさんの感動をありがとうございました。