変わってほしくない時間がある。
同じほどに、大切な関係がある。

けれど、時間は流れる。
だから変化は、起こるべくして起こる。

それが自然の摂理だとわかっていても。
抗いたいのは、あまりにも「今」の居心地がいいから。





〔 valuable 〕





「うわっ、嵐さん早すぎ。」
HR終了後、脇目も振らずに柔道部の部室に駆けこんだはずの新名。
けれどそこにはすでに柔道着に着替えて、鏡の前で打ち込みをしている嵐の姿があった。
「新名も早いな。着替えて身体慣らしたら乱捕りいくか。」
「っす。・・・今日もキツそうっすね。」
トホホと泣きながら着替えに向かう新名。
てっきり早く練習したくて飛びこんできたものと思った嵐は、見当違いな新名の態度にきょとんとして問いかけた。
「なんだよ新名。早く練習したかったんと違うんか?」
「そーりゃ俺が嵐さんならそうなんだけど。俺は普通の男子高校生だからちょっと違うんデス。」
「?何言ってんだ、新名。」
「いいんですー。嵐さんはわかんなくて。・・・ハァ。着替えてきやーす。」


新名が更衣室へ入っていくと、入れ違いのようにが部室へ入ってきた。
「遅くなっちゃった!」
「オス。日直ごくろうさん。」
「みんなはまだ?」
「あぁ、新名がもう来てる。今着替えて――」
ちゃぁんっ!」
嵐が更衣室を指したとき、同時にそこから新名が飛び出してきた。

「ニーナくん。早いね。えらいえらい。」
靴を脱ぎ揃えながら言うに、新名は飛びつきそうな勢いで喜びを爆発させていた。
「1年生にも威厳と示しがつきそう。いい心がけだよ、ニーナくん。」
「誉めて誉めて。」
「じゅーぶん誉めた!」
ぎゃあぎゃあと続く二人の楽しげな様子に、嵐はさっきの新名の様子にようやく合点がいった。

新名は、誰よりも先にに会いたかったのだと。
そうわかったら、なぜだか嵐の心の中がモヤモヤと煙たくなった。
けれど嵐には、その感情の理由がわからない。

わからないけれど、きっと気合が足りないのだと、嵐は自分の頬をぱーんっと叩いた。
その音の大きさに、ぎょっとしてと新名が嵐を見た。


「なにしてるの嵐くん。痛くないの?」
「おう。なんかスッキリしねぇから気合入れた。」
「・・・・嵐さん、ぱねぇ。」
「いいから新名、早く身体つくれ。乱捕りいくぞ。」
「ウッス。・・ね、ちゃん。ストレッチつき合って。」
「はいはーい。」
「『はい』は一回!っすよね?嵐さん。」

そう言って振り向いた新名の真後ろに、嵐が立っていた。
顔の距離数センチのところで拝む、嵐の鬼の形相。
新名は「うわぁっ」と飛び退いた。

「無駄口たたいてねぇで、やれ。」
「わっかりましたーっ!!」


ストレッチを始めた新名を横目に、嵐はまたひとり打ち込みを再開した。
モヤモヤした煙の原因が、すぐ近くまできていそうな気がしていた。
きっと、もうすぐわかるのかもしれない。
「気合」なんかじゃどうにもならない、この煙の正体が。






「嵐さん。」

いつものように3人で帰る夕暮れの中。
「海に触る」と浜へ降りたを、新名と嵐はガードレールにもたれ掛って見守っていた。
ペットボトルから水を飲んだ新名が、嵐を呼んだ。
「なんだ?・・、濡れるぞ!」
嵐はを見たままで新名に返事を返した。
波打ち際ではが嵐の声に「わかってる」と返していた。

新名はそんなやり取りを、もうずっと抱えている複雑な思いと一緒に見ていた。
「あのさ、嵐さん。」
いつもみたいに、軽く聞いてしまえばいい。
最初はそう思っていたけど、やっぱりそんな軽く聞けるような内容じゃない。
新名の顔が引き締まる。


「どうしても手に入れたいものがあって、でも、それを手に入れるには犠牲が必要だったら、嵐さんはどうする?」
「犠牲?なんだか物騒だな。」
嵐は顔をしかめたが、それでも真面目に考えている。
いつだって嵐は真正面から、新名の声を受け止めてくれていた。
今はそれさえも、新名には心苦しいときがある。

嵐はしばらく考えたが、やがて新名の顔をまっすぐに見て言った。
「犠牲にするのも、大切なものなんか?」
新名の目の中で、嵐が新名を見据えている。
お互いの目に映る、新名と嵐。
新名は嵐を目の中に映しながら言った。
「大切。・・・うん、そっちも、すげー大切。」

「それなら犠牲にしない。」
「嵐さ〜ん・・・。それ答えになってない。」
言い切った嵐に、脱力して新名が言う。
けれど嵐は当然だとばかりに言い切った。
「だってそうだろ。そっちだって大切なモンなら犠牲になんてすんな。」
「・・・・っす。」

それ以上、嵐に意見なんてできるはずもなく、新名は納得して見せた。
けれど、当然それで終われるなんて思っていない。
今はまだ可能性でしか示せないけれど、「その日」は確実に近づいているはずだ。





きっと、このままではいられない。
いつか、手に入れたくて暴走する。
・・・・きっと。

大切なものが、ふたつ。
今、その狭間でもがき、苦しんでいる想いがある。



嵐と新名の間を、風が吹き抜けていった。
季節はもうすぐ6月になろうとしている。





   END


【あとがき】
 青春△崩壊寸前話です。来週あたりスチルがでるかな(笑)
 △崩壊イベントは理性で抑えて抑えていたものが、本当に爆発した瞬間があれなんだろうなぁ、と思いました。
 あのスチルはめちゃくちゃツボ。
 カッコイイ!