「よう!」
アパートの前で立っていた男の人。
待ち人は自分ではないと素通りしようとしていたは、その声に足が止まった。
最後に別れてから、実に8年ぶり。
ずいぶんと大人びた彼、鈴鹿和馬がそこにいた。
「ワリぃな、突然来ちまってよ。」
ニット帽をかぶって、コートを着た上にマフラーでさらに防寒。
両手はコートのポケットに入れているが、見るからに寒そうに身体を揺らしている。
かけている黒縁のメガネは、変装のつもりの伊達だろう。
「なんでこんなところに・・・?」
「びっくりしたぜー。いきなり雪降るなんて聞いてねぇーよ。」
差し出したの傘の中に身体を滑らせて、和馬が笑った。
傘を持つの手を、和馬は上から包むようにして傘を支えた。
「部屋、あがれば?」
あまりの手の冷たさに、の口から思わず出た言葉。
「おう・・・。」
少し驚いた顔をしつつも、和馬は答えた。
〔 第2クォーター 〕
「う〜ん。やっぱコタツいいよなぁ。」
大きな冷えた身体を小さくコタツの中に沈めながら、和馬が幸せそうに言った。
「簡単なものしかできないからね。」
の前で鍋がコトコト音を立てている。
相変わらず噛み合わない会話が続いたままだ。
「なにか手伝うか?」
「いいよ。あったまってて。」
「ワリぃな。仕事帰りで疲れてんのによ。」
「自分のためでもありますからねー。」
やがて運ばれてきたのは、ごくごくシンプルな鍋料理。
それでも雪ですっかり冷えきってしまっていた和馬には、最高のご馳走だった。
「鍋にウインナーって入れるか?フツー。」
「ウチの実家ではこれがフツー。おいしいよ?」
「・・・・。あ、ウマい。」
和馬の反応に機嫌をよくして、は立ち上がる。
「ビールおかわりいる?」
「あぁ。って、まだ常備あンのか?!」
空いた缶を手渡しながら和馬が目を丸くした。
すでに和馬は四本目、も三本空けている。
「仕事から帰ってきて、冷えてないときほどショックなことはないんだから。」
言いながらはひょいひょいまたビールを冷蔵庫に入れている。
和馬は「おいおい」と思いながらもそれを見守った。
冷たいビールが喉下に流れこんできたときに、「あぁ、そうか」と納得する。
和馬の脳裏に、恐ろしいほど美形の同級生が浮かんだ。
「そっか、あいつがくるからか。」
に聞こえないように、和馬は口の中でつぶやいた。
こくこくビールを飲みながら、和馬は感慨深げにの姿を追った。
「?なに?」
自分にも新しいビールを追加で置いて、が対面に座った。
「いや、別に。」
和馬は不自然に視線をそらすと、また鍋の取り皿に手を伸ばした。
8年。
26歳になったと和馬。
過ぎていった月日の長さを、和馬はビールの苦味と一緒に飲みこんだ。
***
食事が終わって後片付けがすむと、二人はまたコタツに向かい合って座った。
手持ちぶたさに時間が流れる。
時計を見れば、9時30分。
部屋にあげて食事を一緒にして、それでもまだ和馬から今日の訪問の理由は告げられていない。
本当にただ一緒にご飯を食べようとしただけだったりして、ともは考えていた。
あえて深い理由を避けようとする、自分の意志も働いていた。
「見たよ、引退セレモニー。」
最初こそはぎこちない会話をしていた二人だったが、時間とともにそれは解消されて。
の中で最初に和馬を見たときに「禁句」と思ったことを言ってしまった。
「・・・そっか。」
和馬は伏目がちに短く答えた。
「NBAの全国ネット放送なんて、考えられなかったよね。」
高校野球は春夏ともに全国放映。
なのにバスケのインターハイはニュースですら流れることは稀。
高校時代、日本のバスケのマイナー扱いは嫌というほど味わった。
高校に入学してから中学時代の友達に「マネージャーやってるの」と言うと必ず「野球?」と返ってきた。
そのたびにはふくれて「バスケ!」と言い返してきた。
そんなマイナーなバスケットの扱いを一気にひっくり返したのがの目の前にいる和馬。
高校卒業と同時にアメリカへ留学し、3年後にはアメリカバスケのトップリーグ、NBAデビューを果たした。
最初は小さなスポーツニュースで扱われる程度だった。
が、和馬がレギュラーメンバーとなりチームがNBAリーグ優勝を決め、MVPに和馬が選ばれると、日本のテレビ各局はてのひらを返した。
NBAの全国ネット放送により、日本国内のバスケットも注目された。
今ではインターハイも放送されるようになり、和馬に続く日本人のNBAプレイヤーも出てきた。
「ケガ、もう平気なの?」
「痛くはねぇよ?・・・寒い日は思い出したみたい少し痛むけどな。」
「じゃあ今日は痛いんだ?」
「・・・そんなでもねぇよ。」
「・・・鈴鹿くんらしいなー、って思ったよ。」
「ん?」
「テレビ局はこぞってまだやれるのにって言ってたけど、鈴鹿くんはやめちゃうだろうなって思ってた。」
「なんで?」
「試合にはいつでも自分の身体を、100%戦闘状態に整える。・・・高校のときそう言ってたから。」
試合中の事故だった。
選手生命を絶たれるほどのケガではなかったが、その後の練習でも足の違和感が消えなかった。
ケガをする前までの自分の身体と変わってしまった。
不器用な和馬は、ケガに合わせたプレースタイルに変えることもできずに引退を決めた。
「よく覚えてるな、そんなこと。」
「マネージャーですから。」
感心したような和馬に、笑いながらが言った。
「マネージャー・・・、ね。」
つぶやいて和馬は、残りのビールを飲み干した。
時間はすでに10時をすぎていた。
「本当は直接言いたかったんだ。目標達成おめでとうって。・・引退後になっちゃった。」
「いいよ。サンキュー。」
「これから、どうするの?」
「・・・指導者になろうと思ってよ。俺が今まで学んできたこと、役に立ってきたこと、そういうのを次の世代に、何か残していきたいと思ったんだ。」
「・・・すごい。うん、すごいいいと思う!」
「来年から、はば学でコーチすることになった。」
「ホントにー?!」
「実はいろんなガッコから誘いはあったんだぜ?でもよ、母校っつーの?俺の基礎をつくってくれたとこに、恩返ししたくてよ。」
「うん。わかるな、その気持ち。」
「お前は?は今、どうしてるんだ?」
いきなり話題が自分に変わって、はきょとんとして和馬を見た。
「私?私はOL。可も不可もなく日々事務仕事。」
「いや、あー・・・。そうじゃなくて・・よ。」
「んぅ?」
近況の話をしていたと思ったのに、違うといわれてはよくわからない。
和馬ほどに飛躍した話なんて、自分にはない。
「そのー・・、いや、・・葉月、元気か?」
葉月、と言ったとたんに声がひっくり返った。
自然に聞こうと思ったのにボロが出た。
和馬は「やっちまった」とドキドキしながらを見た。
一方のはきょとーんとして和馬を見ていた。
「・・・元気、じゃないの?」
逆に聞かれてしまった和馬も、と似た顔になる。
「じゃないのって・・・。会ってないのかよ。」
「去年の同窓会のときは元気だったよ?あとは・・・だって彼、トップモデルだし、そうそう会うなんてことは・・・。ねぇ?」
「いや俺に『ねぇ?』とか聞かれても。・・だって、お前らつ・・・付き合って・・んだろ?」
「別れたのか?」と出かかって、言葉を飲み込む。
さすがに一気に踏みこみすぎだ。
和馬の問いに、ますます目を丸くする。
聞いた和馬自身も、わけがわからない。
「・・・なんで?」
「・・・なんでって、だから俺に聞くなよ。」
「じゃあ質問変える。なんで私と葉月くんが付き合ってると思ってるの?」
「だってお前ら卒業式の日に教会で話してただろ?!」
あんなの見たら、誰だって二人が付き合っているのだと思う。
あの葉月がにむかってほほ笑みかけていた。
その葉月の制服の袖口をつかんで、は葉月の目を見つめていた。
嬉しそうにほほ笑む二人の姿は、まぎれもなく恋人同士に見えた。
だから和馬は、偶然を装ってを校門で待ち伏せし、たった一言告げたのだ。
「じゃあよ!」と。
すぐにから電話がきたが、留学の準備があるからと会うことはしなかった。
和馬はを避けた。
そしてそのまま、アメリカへ渡った。
確かには男友達が多かった。
和馬の悪友の姫条とも、親友の守村とも、一風変わった三原とも仲が良かった。
誰からも距離を置く葉月とだって、一歩踏みこんで会話してるなと感じていた。
でも、自分だってと放課後はいつも部活で一緒だった。
休日に二人で出かけたりもしたし、誕生日のプレゼントももらったし、バレンタインのチョコはいつも手作りだった。
「あぁ、俺はが好きなんだ。」
そう自覚したときには、卒業は目の前だった。
アメリカ留学も決まっていた。
けじめをきちっとつけたくて、卒業式の日に告ろうと決めた。
だけど・・・。
葉月が完璧なだけに、太刀打ちできないと諦めた。
まだまだ自分は発展途中だから。
いつかNBAで、日本でも有名になるぐらい活躍して、立場が確立できたら同じ土俵に立てると思った。
その日まで、和馬は想いを封印しておくことにした。
NBAで活躍中は帰国もままならず、今日まできてしまった。
自分が考えていた時期はだいぶすぎてしまったけど、今しかないと思った。
今言えなかったら、多分一生言えない。
言えないまま、未練だけを引きずるのは嫌だった。
もしかして、もう葉月と一緒に暮らしてるかもしれない。
最悪、名前までから葉月に変わってるかも・・・。
引越しを手伝ったという姫条から住所を聞いた。
まだだったことにほっとした。
「ハクジョーやな、ジブン。帰ってきたと思ったらオレより女か?」
笑いながらも姫条は背中を押してくれた。
待っている間に、またいろいろ考えた。
葉月と一緒に帰ってきたら、なんて言おう?
まさか忘れられてたりはしないよな?
自問自答を繰り返して、雪が降っていることにもしばらく気づけなかった。
「葉月くんとは、思い出話をしてたんだよ。」
がぽつ、と言った。
「小さい頃、あの教会で会ったことがあるの。私と葉月くん。何度かあの教会で会って、絵本を読んでもらった。
でもすぐに葉月くんはドイツへ行っちゃって、私もこの街から引越しして。でも、あんなキレイな人、忘れるわけないでしょ?
入学式のときに再会して、すぐに思い出して・・・。懐かしくてあの教会にも二人で何度か行ったんだけど、いつも鍵がかかってて入れなくて。
・・・卒業式の日に、やっと鍵が開いてて入れたの。」
***
『・・・懐かしい。思い出のままだな、ここ。』
『ほんと!変わってない。・・・ステンドグラスもきれいだね。』
『も、きれいになった。』
『あ、昔はとても見れたもんじゃないって聞こえた。』
『違う。・・・今のは、恋をしてるから。』
『もー!恥ずかしいことさらっと言うんだから、葉月くんは。』
『しょうがないだろ?本当に、きれいだなんだ。・・・思い出と一緒に、輝いてる。』
『・・・ありがとう。』
『行けよ。とここにこれて、俺、よかった。・・・これで卒業できる。』
『大げさだなぁ。葉月くんの成績で卒業できないんじゃ、誰も卒業できないよ。』
『そうじゃない。・・・いいんだ、はわからない。』
『???』
『ほら、鈴鹿、帰っちゃうぞ。』
『うん。行ってくる!』
そうして葉月を教会に残して、は鈴鹿を探した。
やっと校門で会えたのに、彼はたった一言だけ残してのことを振り向きもせずに帰ってしまった。
そのまま、8年がすぎた。
***
「つきあって、・・・ない?」
一通りおとなしく話を聞き終えた和馬は、最後に呆然とつぶやいた。
は大きく「うん」とうなずいた。
「はっ・・・ハハハッ!・・・うそだろ?」
乾いた笑いのあと、自分に確かめるように和馬が言った。
「だいたいその指輪。それ、葉月からのじゃねーの?」
和馬が指さしたのは、右の薬指に存在感を示すクローバーの指輪。
もそれに視線を落として、「あぁ」と自嘲めいた笑いを漏らした。
「これは牽制。・・・確かに葉月くんからもらったけど。」
『ほら!みろ!やっぱりそうなんじゃねぇか!!』
叫びたくなる気持ちをぐっとこらえて、和馬はの言葉を待った。
「大学入ったらさ、あからさまなアプローチが多くて参っちゃって。すぐにはば学の同窓会があったかららそんな話をして。
そしたら葉月くんがこれくれて。つけてればよってこないんじゃないかって言われたから。・・・これ、葉月くんが作ったんだって。すごいよね。」
絶対に葉月は確信的にやってる。
相変わらず姿だけでなく、いたるところで完璧な同級生を和馬は恨む。
ここにきてからもずっと躊躇していた理由の一つが、その指輪だったからだ。
「じゃあなにか、俺はずっっっっとありもしない葉月の影を見てたってことか・・・!」
「なに?葉月くんの影がどうしたの?」
床に拳をつけて、そこにむかってつぶやく和馬。
どこにぶつけていいかわからない怒りが、ぐるぐる心の中をめぐっている。
「おーい、鈴鹿くーん?」
が下を向いたままの和馬の顔をのぞきこむ。
和馬はゆっくり顔をあげて、を見かえした。
「指輪・・・、牽制ってどーいう意味だよ。」
心なしかドスかぎいてる。
「え?・・だから、彼氏がいると思ってくれるじゃない?」
「なんでいないのにいるって思わせるんだ?」
「は?だって、つき合う気ないもん。」
「なんで。」
「えぇ?!」
「な・ん・で!」
「〜〜〜・・。言わない。」
はぷい、と横を向いてだんまり。
和馬は地団駄を踏みそうな勢いでを見ている。
が横目で和馬を見る。
「それよりさ、鈴鹿くんは何しにきたの?」
「おっ・・俺ぇ?!」
「そう。ご飯食べにきたの?はば学就職の報告にきたの?なんで?」
「俺・・俺は・・。その・・・・・・だから・・・・・。・・・・を、言いに・・・。」
「聞こえない。」
「・・・だからぁ〜・・・、俺、ずっと・・・。そのっ、・・・が好きだ!
・・・って、卒業式の日、言えなくて・・・、だから、いまさらだけど・・・。
あー、俺、てっきりお前が、葉月とつき合ってるとばっかり・・思ってて。」
最後のほうはごにょごにょと言い訳がましくなってしまってはっきりしなかった。
でも、言いたい部分はきちっと言えた。
柄じゃない。
こんなのは本当に柄じゃないと思うけど、どうしても言いたかったこと。
「・・・に、告白しにきた。」
あとは答えをもらうだけ。
心がだんだんと晴れていくようだった。
引退、と決めてそれを口にしたときに似ていると和馬は思った。
「・・・・遅いよ、もぉ〜・・・。」
しぼり出すように言って、は大きなため息をついた。
「そんなものなの?高校時代を返してよっ!って、本気で恨んだんだから。」
「お・・ぅ?」
「休日に二人で出かけたりもしたし、誕生日のプレゼントももらったし、バレンタインのチョコだって手作りあげたのに!
『じゃあよ』の一言で終わりにできるわけないじゃない・・・!」
マネージャーは、部員全員を見なければいけないのに、いつからかは試合中、和馬しか見られなかった。
最初は、その綺麗なフォームにひかれて、それから泥臭いほどのボールへの執着心にひかれた。
やがて、彼自身へ惹かれていくがいた。
一緒に花火へ行った2年生のときに、初めて手を繋いだ。
はぐれないため、と和馬は言った。
も、それ以上のことを考えないようにして手を繋いだ。
でも、そのあとのデートでも和馬は手を繋いでくれた。
友達以上、恋人未満。
そんなふわふわの関係でも、嬉しかった。
「・・・私、ね。テレビの中にいても、ずっと鈴鹿くんが好きだった・・!」
顔を赤らめて、一生懸命言葉を返す。
答えを聞いて、和馬の肩の力がふっと溶けた。
右手をそっと伸ばしての頬に触れると、たまらずそのまま抱きしめた。
「・・・・懐かしい。お前の匂い。」
「すっ・・ずか、くん・・・。いきなりコレは反則・・!」
「いきなりじゃねぇよ。・・・2年のときの花火大会で手ぇつないでから、ずっとこうしたかった。」
の胸が、きゅうっと締めつけられた。
覚えていてくれた。
自身、あのことで気持ちが完全に固まった大切な思い出を。
「・・・あのよ、これもいきなりじゃねぇから、・・・キス、・・ても、いいか?」
は抱きしめられたままで、声も出ない。
和馬は一度束縛していた身体を離すと、そっと顔を寄せた。
重なった唇。
卒業式に始まらなかった二人の恋が、ようやく今日動き出す。
END
【あとがき】
予想より遙かに長くなりました、和馬夢。
だらだら感が否めません・・・。
両方の気持ちを入れて書いちゃったからですね(苦笑)
だめ原因もわかっているのに、このまま完成としちゃうあたり、もう・・・。
ごめんなさい。
でも実はもっとだらだらな設定がありまして(笑)、せっかくなので書いておきます。
高校時代は葉月親友EDで終了。
つまり、葉月は親友状態でした。
葉月が思い出の男の子だとわかっても、和馬に惹かれた主人公。
ちょっとここは原作ムシでごめんなさい。
何度も二人で教会にきてたって、和馬にしたらプチショック?
なので教会告白EDは、葉月を覚えているので他キャラクターでは発生せず。
それでも伝説にすがって告白して、永遠の約束をしてからアメリカに和馬を送り出したかったです。
メール友達のちはに聞いていたきらめき学園へ和馬と行って、告白しようとしていたため、校門で待ち伏せ。
なのに「じゃあよ!」はないだろう、和馬ー!!(書いたのはライナ)
葉月はすでに親友なので、和馬が読んだほどの深い意味は指輪にありません。
ただ、のために作っていた部分はあるのであげられて満足。みたいな。
だって葉月くんが親友からスイッチ切換えて親友告白ED目指してきたら、すでにちゃんは落ちちゃいますって。
だから葉月くんはちゃんと思い出に卒業しています。
って、そんな葉月の伏線ばかりが浮かんで大変でした。
最後までありがとうございました。