〔 あの日から、どんな恋をしましたか? 〕










「え、それチェックかけたよ。」
「マジ?!うっっわー、ロスかよ。」
「ううん、私見落としあるかもしれないし、助かる。」
「マジで?!そんな優し〜いコト言ってくれちゃうの、ちゃんだけ・・。あ、ナニ?それって俺限定?」
「ちーがいーマース。」
「・・・冷てぇよ・・・。」
が楽しげに笑う。

ディアッカとのやり取りを横目で見ていたイザークは、二人が離れたのを見て、目をパソコンに戻した。
新制度のシステムが稼動するまで、あと12時間。
ひとつひとつ、従来のシステムから情報を引き継がせながら、ミスがないかをチェックする。
本当ならそんなやり取りに目を向けている時間なんてないのに、イザークの目は二人を見てしまっていた。

いけない。
集中しろ。

イザークは他でもない自分にそう言い聞かせた。
確かにこの仕事上、ここにいる人物の中で一番高い地位にいるのはイザークだ。
けれど、イザークはこの部署に配属されてまだ一年目。
知識や才能はあっても、実績では劣る。
こんなわき目を振っていられる状況にない。

イザークは先の数分を取り戻そうと、作業に没頭した。




「チーフ。」
不意にそう呼ばれて、イザークは顔をあげた。
目の前ではがニコニコと笑顔を見せていた。

そして、何気ない様子でイザークに指示を仰ぐ。
この部署に配属されて、一番長い年数なのはだ。
本来指示を出せるほどの知識は、イザークよりのほうが持っている。
けれど、最後の指示をはイザークに仰ぐ。

がそうしてくれることで、イザークにまたひとつ知識が増える。
そしてまるで、それを狙っているかのようなの態度。


上司を頼る部下。
間違いじゃない。
その構図は間違いなんかじゃない。

けど、なんだ。
そんな気遣いができた女だったか?




疲れているくせに・・・!

イザークは、なぜだか腹立たしく感じた。
ここのところ数ヶ月、この新制度の稼動のせいで休みなんてない。
それなのに、のこの笑顔が最後まで変わることはなかった。


疲れているなら疲れていると、そう言えばいい。


そう思うのに、そうとは言えないもどかしさ。
こんな想いを、あのころに感じることはなかった。


「ふっ」
ため息にも似た、息遣い。
その息に気がついたが、ハッとした表情でイザークを見ていた。


「大丈夫?」
「・・・・。」

無言は、肯定でも否定でもない。
はイザークには言っても無駄と、あきらめに似た笑みを漏らした。
「変わらないね。」
その一言を、イザークは聞こえなかったふりで聞き流す。


「あと少し。」
「うん?」

が腕時計を見てそう言ったので、イザークは柄にもなく聞き返していた。
そんなイザークを知ってか知らずか。
がまた笑った。

「ヒミツ〜♪」

どこか楽しげに言って、が仕事に戻っていく。
イザークも時計に目をやると、もうすぐ日付が変わろうかという時間だった。

こんな時間まで仕事をしていることの、どこがそんなに楽しいのか。

イザークは理解に苦しみながら、机の上のカレンダーに目をやった。
その日付を確認したとき、何で今まで気がつかなかったのだろうと、思わず笑みがこぼれた。


「あいつ・・・。」
すっかり仕事へ戻っていったの後ろ姿を、さっきまでとは違う感情でイザークは見ていた。



8月8日。


その日を自分が忘れていたと、別に不思議に思うことはない。
誕生日なんて、そんな特別に考えていた記憶もない。



特別だったのは、昔、恋人がいた数年間。
「お誕生日おめでとう!」
誰よりも先に、そう言ってくれていた記憶がよみがえる。

今となっては子供が優先。
そういえば今の家で自分の誕生日を祝った記憶が、イザークにはなかった。


こんな感情を「懐かしい」と言うのだろうか。



「バカらしい。」
ふっと笑みが漏れたことに、気づかないフリをする。


「あと少しだ。全員、気を抜くな!」

声をかけたイザークに、職場の全員が目を向ける。
その目の中に、懐かしい目をイザークは見た。

カツを入れるイザークに、臆することもなく、どこか楽しげなの瞳。
あのころとはまるで変わった、激情のない瞳。

それでもその瞳に心地よさを感じてしまうのは、まだ、昔の自分がどこかにいるからだろう。
遥か昔においてきた、「昔の自分」が。


けれどイザークだって、違う。
あのころのような感情は、湧きあがってこない。


今はもう、あのころとは違う。
なにもかも。








あのころは。
こんな風におだやかに、話をする日が来るなんて思ってもいなかった。

これ以上なく傷つけて、これ以上なく愛していた。

あんなに感情に揺さぶられた恋愛なんて、あとにも先にもあれきりだ。
あのころの感情を、「若さ」だと言うのだと、今になってみればわかる。



あのときは。
こんなに近くにいるのに終わりだなんて、思ってもいなかった。

が他の誰かと恋をして、イザークがではない誰かと恋をするなんて。
考えることもできないほど、だけを欲していた。


あのころは。

・・・・あのころは。


愛を憎しみと勘違いしてしまうほど、どうしようもなく、を愛していた。





今、とイザークにある指輪が別のものでも。
それが別の誰かとつながるものであっても。




あのころの想いがすべて消えてしまうものではないと、言うことができる。




そこから生まれるものが、なにもなくても。














「誕生日おめでとう。イザーク。」

15年ぶりにがそう言って、イザークの目の前で笑っていた。














   END


【あとがき】

  今年も変わらず愛してるっ!!
  イザーク、誕生日おめでとう。

  でもって、ここから言い訳という名の補足です(泣)
  幸せらっぶらっぶー。なお話じゃなくてごめんなさいっ!!
  昔昔に大恋愛を経験している人には、うなずいてもらえないかなぁ。
  って、思いながら書きました。
  このお話のイザークとには、別の家庭があります。
  でも不倫は全力で否定します。それはないです。
  

  新しい人生をはじめても、あのころに抱いた気持ちは残ると思います。
  大好きだった人は特別。
  あのころ恋した気持ちは特別。

  たくさんの恋をして、たくさんの人を愛して、たくさんの涙を流して。
  その先に、今、私は幸せを見つけたんだよ?
  私は今、幸せだよ。
  
  そんな気持ちを、イザークに代弁してもらった作品です。
  今が幸せでなかったら、昔の恋人(しかも家庭もち)に、こんな穏やかな気持ちは抱けません。