〔 初雪に 〕
玄関を前に傘をたたむと、白い雪がぱさ、と落ちた。
降り始めたばかりの、やわらかい雪。
下に落ちてほっこりと丸まっている雪に、は思わず笑みを漏らした。
「ただいまー。」
玄関を開けると、外とは比べものにならない暖かい空気。
ほーっ、と息をつくと身体の中にも暖かい空気が染みてくる。
靴を脱いで顔をあげると、廊下の先に見慣れた人が立っていた。
「ただいま、イザーク。」
「ああ。」
リビングの入り口のドアに腕を組んで、もたれかかっていたイザークは、それだけ言うと先にリビングへ戻る。
不器用なイザークからは「おかえり」という言葉が出ない。
それでもこうしてわざわざ廊下に出て、を迎えてくれるのだ。
「あー、寒かった。」
「こんな時期の初雪だからな。」
仕事の最中なのか、イザークはパソコンから目を離さずに答える。
すでに春一番は吹いていて、梅の花も咲き始めているこの季節。
春の訪れを実感しつつある中での、初雪。
「今年はもう降らないと思ってた。」
イザークのとなりに立ってマフラーをはずしながらが言う。
窓の外の庭には、うっすらと雪が積もりだした。
「あれ?」
コーヒーの香りがの鼻をつく。
は不思議に思ってイザークを見た。
イザークはコーヒーを飲まないからだ。
不思議そうな顔をしているに、イザークがふ、と笑みを漏らす。
「そろそろが帰ってくるころだと思っていた。」
そう言って立ちあがると、イザークはコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐ。
「ほら、。寒かっただろ?」
「あ・・り、がとう。」
イザークはがコーヒーを口に含むのを見ると、またパソコンの前に座った。
「仕事?」
カップを片手にが画面をのぞきこむ。
「ああ。議案の調整だ。少し選ばなければ、クライン議長はすべて討論しようとするからな。」
片手でぱらぱらと資料をめくりながらイザークが答えた。
「大変だね。」
カップを手にしたままで、は椅子を移動させてイザークのとなりに座った。
「コーヒーの味はおかしいか?」
不意にイザークがに聞いた。
「ん?おいしいよ。」
答えてはもう一口コーヒーを飲んだ。
イザークはそれを横目で確認しながら、言った。
「ノンカフェインのコーヒー豆だ。・・・そろそろ考えろ。」
口に入ったばかりのコーヒーをこくんと飲んで、は驚きイザークを見た。
「わざわざ買ってきてくれたの?」
「たいしたことじゃない。」
照れ隠しのようにパソコンの画面を見たままのイザークに、はもたれかかる。
「ありがとう。」
「だから、たいしたことじゃないと言っている。」
パチパチをキーボードをたたく音。
それも今はなぜか心地よい音に聞こえてくる。
「身体だけは冷やしてくれるなよ。」
今日は雪が降って寒いんだからな、とイザークは続けて言った。
不器用なイザークからの優しい言葉に、はくすぐったい気持ちになる。
その気持ちをてのひらにのせて、はそっと自分のお腹を撫でた。
END
【あとがき】
ちゃんは妊娠初期でした。(笑)
ほっこりとした雪に、自分のお腹もそうなるのかなぁって笑ったちゃん。
そんなどころでなくスイカになりますよ。(泣)