ザフトと地球軍の戦争区域を大きく外れたところで、小さな事件が起こる。
ザフトのモビルスーツを載せた輸送機と、地球軍の戦闘機が鉢合わせした。
双方ともに大きな被害は受けなかった。
が、ザフトのモビルスーツはパイロットを乗せてパージされ、地球軍の戦闘機も墜落した。
その場所が同じだった。
〔 赤と青 〕
「なんでこんなことに・・・。」
は雨まで降ってきた曇り空を見あげてぼやいた。
確かに最初はのほうが有利だったはずなのだ。
先にザフト兵を見つけたのは、のほうだったのだから。
すぐにザフト兵の拳銃を撃ち武装解除したものの、相手はさらにナイフを持っていた。
撃ち落した拳銃を物珍しく観察していたのがいけなかった。
その隙をつかれて押し倒され、ナイフを振りあげられた。
その瞬間発してしまった、悲鳴。
その声に驚いたザフト兵はぎょっとして、押さえつけていたはずのから手を離した。
まさか女だとは思わなかったらしい。
そりゃ、キラと同じ男物のパイロットスーツだし、髪も縛ってスーツに隠してたけど。
失礼な話だ。
命は取り留めたが、そのまま両手両足を拘束され今に至る。
雨が本降りになってきたので、は拘束された足でぴょんぴょんと跳ねモビルスーツの下に避難した。
モビルスーツを雨よけにして足元に座ると、変に居心地が良かった。
「そっか、キラのガンダムと似てるんだ。」
フェイズシフトも落ちていて、色を失ったガンダム。
確かX−101、デュエルガンダムと標記されていた機体。
乗っているのはザフトの兵士なのに、なぜか安らいでしまうのはキラの顔が浮かぶから。
「今頃・・探してくれてるのかなぁ、キラ。」
ガンダムによりかかった途端、激しい眠気に襲われた。
「ふ・・わぁ・・。やばいかも。」
度重なる戦闘で、緊張感と疲れから身体が悲鳴をあげている。
加えてこの状況なのに、一瞬でも安らいでしまった自分に眠気がとまらない。
「乗ってるのは・・キラじゃない・・ぞー。」
心の中でも口に出して言ってみても、閉じかけた目は開いてくれない。
はそのまま落ちるように眠ってしまった。
***
「なんなんだ、コイツは。」
目を疑うような光景に出くわしたイザークは、そう言うなり固まった。
まさか捕らえていた地球軍の兵士が、寝てしまっているなんて思わなかった。
Nジャマーの影響で、救難信号もろくに飛ばせない。
近くにまで救助に来ない限り、こちらの位置はわからないだろう。
日も沈みかけている今、救助が来るとも思えない。
だんだんといらだってきたイザークがたどりついた結論。
「あの女のせいだ!」
そう思うといてもたってもいられなくなり、その元凶の所へ来たのだが。
「コイツは、敵の手に落ちた自覚すらないのか?」
手も足も拘束されているのに、平然とデュエルによりかかって寝息をたてている。
「・・・おい。」
思い悩んだ結果、イザークは彼女を起こすことにした。
***
「おい。」
イザークの声に、熟睡しているはすぐに反応しない。
「おい!」
完全に短気の部類に入るイザークは、すぐに声を大きくした。
「んー・・?」
少し反応するものの、の目が開く気配はない。
「おい、起きろ!」
イザークがの身体を揺すると、ようやくの意識が戻った。
「んぅ・・?キラ・・?」
「誰だソイツはっ!?お前、自分の状況把握してるのか?!」
怒鳴られてようやく目を覚ましたは、イザークに対して二度目の悲鳴をあげた。
「〜〜〜・・!お前えぇっ!!」
「きゃーっ!きゃーっ!ごめんなさーいっ!!」
静かな小さな島に、二人の声だけがこだまする。
「自分の状況を理解しているのか?!お前本当に軍人か?!」
「いっぺんにいろいろ言わないでよ!わからないから。」
がそう言うと、イザークは見下すように笑った。
「所詮ナチュラルには理解できないか。」
はむっとしながら答えた。
「私、コーディネーターなんだけど。」
その答えにイザークは心底驚いた。
「はぁ?だってお前地球軍じゃないか。」
「確かに地球軍機には乗ってるけど。でも私は地球軍じゃないの。」
「じゃあどうして地球軍機なんぞに乗っている?」
「・・・・さぁ。」
「おまえぇ・・・!」
の回答にイザークはまた怒りをにじませたが、は本気だった。
「だって、どうしてこうなったのかわからいもん。私は友達を守りたくて、アレに乗っただけ。」
「志願兵・・というわけでもないのか?」
「内部ではそう処理されていたとしても、私は志願して戦争に参加してるわけじゃない。
・・・ねぇ、ザフトの兵隊さん。私はここで殺されるの?」
「・・・・。」
「死ぬとか、あんまり考えてなかったなぁ。ただ守りたくて、それだけだったのに。」
はぴょこ、と立ち上がると本降りになった雨の中へ飛び出した。
「お・・おい、なにをする気だ。」
「最後の雨を感じとこうかなぁと思って。」
は空を仰いだ。
さっきから降り出した雨は、止むことを知らずに降り続いている。
あっという間にの身体がびしょ濡れになる。
イザークはその後姿に、声をかけることをためらった。
の表情が雨に濡れて、とても艶っぽく映る。
そんなことを感じてしまう自分に嫌気を感じる。
「はくしゅっ!」
静寂を破ったのは、の色気のないくしゃみだった。
くしゃみをした拍子に、は身体のバランスを崩した。
足場の弱い岩場に立っていたせいもあって、はそのまま海へ転げ落ちる。
「ぅわっ!」
「おい!」
浅い岩場だったが、手足を拘束されていたは、倒れこむように海の中に。
イザークは慌ててを助け起こした。
「なにをやっているんだお前は。」
「あー、助かった・・・。溺れ死ぬのは苦しいから良かったよ。ありがとう。」
にこっと笑われて、柄にもなくイザークは緊張してしまう。
もともと異性に興味のないイザークは、こうして話をすることも稀だった。
「お前は・・・殺さない。」
「え?」
「地球軍でもないし、志願兵でもないんだろう。・・・殺す理由がない。」
イザークはそのままを起きあがらせると、拘束していた手足の縄を切った。
「なんで?」
「お前なんかが暴れたところで、どうにかなるわけじゃない。」
イザークの言い方は冷たかったが、はその言葉の中にイザークの優しさを感じた。
「・・・ありがとう。」
少しこすれて赤くなった手首をさすりながらが言う。
イザークはそれを横目で見ながらきびすを返した。
「行くぞ。」
「どこに?」
まだ岩場に立ったままできょとんとしているに、イザークは心底理解不能だと思った。
「このまま雨に濡れてるつもりか?!」
「え、だって・・・。」
はガンダムを見上げた。
フェイズシフトが落ちているあれも、雨はしのげても寒そうだ。
「それでもない。火を起こせて雨もしのげそうな洞窟を探す。ついてこい。」
言うなりスタスタと歩き出すイザークの後ろを、は慌てて追いかけた。
イザークとはぐれてしまったら、自分はここで凍死するのがおちだ。
***
アウトドアとは縁のなさそうな感じがするのに、イザークはとても手際が良かった。
すぐに火がつきそうな小枝や、火が長く持ちそうな枝を集め、火を起こす。
雨だというのにイザークが集めた枝は、どれもまだ濡れていないものだった。
すぐに小枝に火が移り、やがて大きな炎になった。
「ほら。」
イザークから投げてよこされたのは大きなタオル。
「見てないでやるから脱いで拭いておけ。」
座りこんでいたの頭の上から、すっぽりと身体が包めてしまうほど、大きかった。
言われたとおり、雨と海水とでびっしょりだったスーツを脱ぎ、はそのタオルに包まった。
「すごいねー。ザフトってこんなものまで備えてるんだ。」
「地球軍機にだってあるだろ。標準装備だ、こんなもの。」
「そっか。あの機体のどっかにあるんだ。そんなことも知らなかったな。」
ぱちぱちと炎が二人の顔を照らす。
揺らめく炎に、なぜか切なくノスタルジックな気分になる。
初めて出会ったというのに、普段仲間には話せないことまで、は話し始めた。
「私、そんなことも知らないで、コーディネーターとしての力だけであんな兵器に乗ってるんだね。」
イザークはパイロットスーツの首元を緩めてを見た。
「なにを言っているんだ、今更。」
「ねぇ、あの機体ヘリオポリスから奪ったやつだよね?ヘリオポリスが崩壊したとき、私もあそこにいたよ。
あの日まで私、普通にオーブの国民で普通に学生だったんだよ。」
「裏切り者の国だな。中立とか言って、陰でこそこそと地球軍と手を組んでこんなものを造るからだ。」
「そこにいたから悪い?たまたま工場区に逃げて、キラがストライクに乗って、私が戦闘機に乗ったから?
アークエンジェルに助けられたのが悪い?」
怒るでもなく静かに問うに、いよいよイザークは答えを返せなくなった。
彼女はただ、そこに居合わせてしまっただけ。
そしてただナチュラルの友達を守るために、地球軍機に乗ったのだろう。
『乗れるから』という理由だけで。
「勝手なものだな、ナチュラルなんて。」
コーディネーターの能力を欲しがるくせに、それを敵として排除する。
やはりイザークにはナチュラルのことは理解できなかった。
自分勝手で、人の都合なんか考えない。
自分とは決して考えが一致することはないであろう種族だ。
「・・・それでも、守りたかった。みんな、大切な・・友達だから・・・。」
イザークはコーヒーを一口飲んで、の口調がおかしいことに気づく。
いぶかしげにを見ると、彼女の目は半分閉じていた。
「また寝るのか?!」
「んー・・。だって、できる力があるなら・・・できることしろって。・・ムウさんがー・・。」
返ってきた答えは、どうやらさっきの会話の続きだった。
すでに意識は飛んでいるらしい。
泥酔したときのディアッカとの会話に似てるな。
などとのん気に考えている場合じゃない。
そうしている間にもの目はこて、と閉じた。
「おい・・・」
イザークが何かを言いたそうに声をかけると、の身体がゆらりと揺れた。
「ちょっとまて・・・っ」
ひざを抱えたままで眠りについたが、ゆーっくり横に傾いていく。
そのままだと頭を打つと、イザークが慌てての身体を止めた。
止めた。のはいいのだが・・・。
「どっ・・・どうするんだ?」
の頭を掌で受け止めたは良かったが、そのあとが続かない。
かといって、このまま手首だけでの頭を支え続けるわけにもいかない。
「えぇい、クソ!」
イザークは誰にともなく真っ赤になって照れながら、の頭を自分の肩に寄りかからせた。
すやすやとやわらかな寝息がイザークの耳に届く。
イザークは手に持っていた枝を炎に向けて放り投げた。
枝の燃える音が、とても安らかな気持ちにさせる。
「こんなやつが乗っていたのか。」
イザークは今までの戦闘を思い出していた。
地球に降りてからも、ストライクの他に戦闘機が2機、いつも戦闘に加わっていた。
そのうちの1機が、この少女の操縦するものだったのだろう。
たかが3機をいつも墜とせずに、苛立っていた自分を思い出す。
「こんなやつが・・・。」
その言葉は、討てなかった自分を責める言葉ではなかった。
イザークにはありえないことに『討てなかった自分でよかった』と思っていた。
自分によりかかって無防備に寝ている彼女。
ろくな訓練も受けずに自分たちと戦っていたなんて。
『墜ちろ!』と躍起になっていた自分。
自分はただ、目の前の敵をプラントを守るために撃ち落したかっただけだ。
彼女は、自分たちが生きるために、ただ友達の乗る艦を守るために、その場その場を戦っていたに過ぎない。
戦いたくて、信念があって、戦っていたのではなかった。
「利用されているだけじゃないか。」
強く投げた小枝が、炎を外れた。
イザークはもう一度別の小枝を投げた。
今度はちゃんと炎の中に吸いこまれた。
イザークにはやっぱり理解できなかった。
彼女のことは利用されているだけにしか思えない。
きっと彼女だってわかっているだろうに、彼女は戦い続けている。
戦争なんて、きっと一番縁の遠い国にいたはずなのに。
ただ『友達を守る』ためだけに。
なぜだかはわからないが、イザークに苛立ちがこみあげてきた。
このどうにもならない彼女の状況を、どうにかしたくて。
でも、考えても答えなんてみつからない。
そのもどかしさからくる苛立ちだった。
そこまで彼女に思い入れしている自分自身が、とても不思議だった。
今までこんな風に相手の状況に立って、物事を考えるなんてことは、イザークには初めてだった。
***
枝がばち、とはじけた。
その音の大きさに、も目を開けた。
「あれ?」
頬に感じる人の温もりに、はそのままで顔をあげた。
目のすぐ前に、イザークの顔があった。
「やっと起きたか。本当にお前は状況がわかってるのか?」
イザークが半分呆れながらに言った。
「肩貸してくれたの?ありがと。」
そんなことにはお構いなしで、が答えた。
が身体を起こしてしまうと、イザークの肩から重みと温もりが消えた。
急に肩が寒くなった気がした。
「雨、やんだね。」
が洞窟の外を見て言った。
「あぁ。」
イザークも外を見ると、空はうっすらと朱の色味を見せ始めていた。
夜明けが近い。
このまま夜が明ければ、二人はザフト軍と地球軍に戻る。
また敵として、再会することになる。
そう思うと、予期せぬ言葉がイザークから出た。
「お前、このままザフトにこい。」
「はい?」
「戻ればまた、戦いだぞ。巻きこまれただけだというのなら、わざわざ戻る必要はない。ザフトで保護してやるから、俺と一緒にこい。」
一瞬あっけにとられて黙りこんだだったが、すぐにその顔に笑みを浮かべて言った。
「ありがとう。」
の言葉に、イザークは一度は安堵したもののすぐにその思いをは否定した。
「でも、いけない。私は戻らなきゃ。」
「なぜだ?!お前が戦う必要はないだろう?!」
「守らなきゃ。私が戦わなきゃ、キラが一人になっちゃう。友達も・・・。見捨ててなんていけないよ。」
「利用されてるんだぞ?!お前はコーディネーターとして必要とされているだけじゃないか!」
なにをそんなにムキになって叫んでいるのか、イザークにもわからない。
それでも。彼女を戻らせたくなかった。
ただ、それだけだった。
「・・・ありがとう。本当に。私、あなたに会えてよかった。」
「なっ・・?!なにを貴様・・・!」
の言葉にイザークは動揺する。
言われ慣れていない言葉だけに、の言葉はイザークの気持ちを揺さぶる。
「一緒に墜ちたのが、優しい人でよかった。あなたと話ができて、本当によかった。」
「なんなんだ、お前は!」
「だって、私が今生きてるのはあなたが殺さなかったから。殺されてもしょうがないのに、最後に『一緒にこい』って言ってくれた。
私を、本当に心配してくれてるんでしょ?だから、ありがとう。」
イザークは照れ隠しのようにフン、とそっぽを向いた。
「そんなんだから、利用されるんだ。」
はその言葉に笑った。
空が白々と光差し、世界が色に染まる。
それは二人の別れの時間だった。
イザークの小型無線機が、嫌な機械音と一緒に仲間の声を届けてきた。
イザークはそのままデュエルのところへ走ると、通信を返した。
「別の方角からも一機、接近してきている。おそらくストライクだろう。」
コックピットの中から、イザークがに声をかけた。
「うん。わかった。少し隠れて様子を見るよ。救助されたら、すぐにここを離れるね。」
「あぁ。こんなところで戦闘はゴメンだな。」
「同感です。」
はにこっと笑った。
「じゃあ、もう行くね。」
「あぁ。」
「忘れてた。・・ねぇ、私・って言うの。あなたは?」
「イザーク・ジュールだ。」
名前を聞き出したは、にっこり笑って手を振った。
「いろいろありがとう。イザーク。さようなら!」
「あぁ・・・。」
イザークはコックピットから、遠ざかっていくを見送った。
***
イザークは自問自答していた。
次にと会ったとき、間違いなく戦闘になる。
そうなったとき、自分には彼女が撃てるかわからない。
彼女の、の背負ったものを知って、の笑顔を知ってしまった自分。
自分はもう、そのトリガーを引くことはできないと思った。
「なんでそっちにいるんだ・・・!」
イザークはコックピットの中で一人、拳を握りしめた。
「俺も、を助けたい。を、守りたいと・・・。」
思ってしまった。
この想いを、どうすればいいのだろう。
***
今日、初めて戦ってきた相手を知った。
キラが、砂漠の虎を撃ったあと悩んでいたことを思い出した。
その気持ちが、にもわかってしまった。
イザークに『会えてよかった』とは言った。
キラは虎に『会えてよかったかはわからないがね』と言われたという。
敵がどんな人柄か、知らなければためらいなく銃が向けられるということだろう。
でもはやっぱり『会えてよかった』と思う。
今まで自分の周りのことばかりで、ザフトのことなんて考えたこともなかったから。
敵として自分たちを撃ってきた相手もまた、と変わらぬ年頃の少年だった。
そしてイザークの見せた不器用な優しさは、キラや友人たちが見せるものと何も変わらなかった。
「だって、イザークは・・・。」
心配してくれたね。
私のことを、本当に心配してくれたから。
人を想う気持ちに、嘘はないから。
もしかしたらこの小さな出会いが、何かの変わるきっかけになるのかもしれない。
顔をあげたの前に、海からストライクが浮かんでくる。
はストライクに向かって大きく手を広げた。
「キラー!」
END
【あとがき】
「二人だけの戦争」のイザークとちゃんバージョンでした。
タイトルは二人のパイロットスーツの色から。
はヘリオポリスでキラたちと一緒のラボにいたコーディネーター。
キラとカガリと工場区に行き、キラはガンダムに、は宇宙専用戦闘機に乗ったのです。
生きるために。
イザーク→→キラっぽく映りますかね・・・?(汗)
ライナの中のイメージでは=キラみたいな、同士的な感じです。