2024.12.27

「109シネマ」で中島みゆきのコンサート『歌会 Vol.1』の劇場版を観てきた。今日が初日ということだからか、ほぼ満席だった。顔がドアップになるので、実際のコンサートよりは迫力があった。語句の意味に従って次々と移り行く表情で感情が誘導されるので、歌詞の意味が心に染みて、何だか涙が出そうにすらなった。歌の上手さという意味では確かに美空ひばりには敵わないけれども、思いの強さが伝わってくるという意味では日本一の歌姫だろうと思う。それと、72歳なのに、そんな年齢とは関係なく可愛らしい。まあ、全てが演技なのではあるし、映像作品として作りこまれているという感じもあるのだが。

・・・2020年のコンサート『結果オーライ』の代表曲(白眉)が『誕生』であったような意味で言えば、今回のコンサートの代表曲は『ひまわり"SUNWARD"』だろう。戦争に翻弄される人々にとっての支えとなるものを歌っている。→歌詞と採譜はこちら

2024.12.29

    「戦争に翻弄される人々にとっての支えとなるものを歌っている」と書いてしまったのだが、その人々の心に届くのだろうか?判らない。判っていることは、僕の心には届いた、という事だけである。「格好良いことを歌ってやがって、何だ?」と思う人も居るだろう。中島みゆきを「ええ格好しい」という人もいるらしい。歌手としての分際を弁えていないという人もいるだろう。ご本人だって、自分をどう思っているのか、判らないけれども、何しろかれこれ50年以上もシンガーソングライターをやってきたのだから、その経歴から想像すれば、どうみても本気なのだ。YAMAHAの役員にもなっているので、今更簡単に引退するわけにもいかないのだが、それが理由とは思えない。ただ、歌の受け取られ方を気にしていることは確かだろう。この「ええ格好しい」こそが、歌手の使命なんだと思っているのではないだろうか?誰かそんなことが出来る人が「ええ格好」しなくてはならない。確かに彼女はそんなことが出来る人なのだし、それはデビュー当時から見せていた才能ではあるが、単なる才能ではなくて、努力の賜物でもあるのだろう。そういう意味で、彼女がデビュー当時から、演技という観点から、どういう変化をしてきたかを考えてみるのも面白いかもしれない。

    ひとつは彼女のお茶目なふざけ方である。これが公にされたのは「オールナイトニッポン」からだった。それまでのコンサートの私的録音を聞いてみたり、インタビューの録音を聞いてみたりすると、割とストレートに低い声で自分の考えを語っていて、これが普段の中島美雪なんだなあ、と思う。「オールナイトニッポン」でのハイトーンの乗りは、本人も語るように、予め準備された演技である、という意味で歌と同じである。それはいわば歌における「格好良さ」を世間に安心して受け入れてもらうための演技ではないか、と僕は思う。あのシリアスな歌を歌う中島みゆきの実態はこんな芸人じみた、僕たちと一緒に笑って暮らせる普通の人なんだ、と思わせるための演技。というよりも、むしろご本人が自分の格好良さに何となく居心地の悪さを感じていて、そこから距離を取りたかったのではないか、と僕は思う。

    もうひとつの変化は歌う時の顔の表情である。公式のビデオで時系列を追いかけてもその傾向がますます強くなっているし、非公式の若い時の実況映像と比べると一目瞭然なのだが、歌う言葉に応じて忠実に顔の表情を変えている。今回の「歌会 Vol.1」ではそれが何だか究極の形式にまでなったような気がする。歌に感情を籠めるのは歌手として当然のことなのだが、普通はそれほど表情まで変えたりはしない。公演のビデオが作られることを意識している、という側面もあるかもしれないが、やはり表情を作ることで感情没入がし易くなる、という意味で、これも「技術」なんだろうと僕は思う。もともと中島みゆきは歌う時に感情を籠める歌手だった。坂本龍一が参加していた頃、彼が「本当に泣いている!」と驚いていた、というのは有名な話であるし、「生きていてもいいですか」(1980年)とか、ライブ録音「歌麿」(1987年)では泣いているとしか思えない声が収録されている。自分の歌が本当に受け入れられるのだろうか?というのは歌い手のみならず、あらゆる表現者の一番気にするところである。だから、まずは自分の歌の録音を聞いてみたり、世間の評判を気にして見たりするのだが、究極の処、自分の主観として歌っているときにそれを確信するには、自らの感情を籠めるしかない。喜怒哀楽を籠める為のやり方としてその表情を作る、というのは確かに理にかなったやり方(管楽器ではできないが)である。高齢となった彼女にとって、歌う自分を支えるためにもこのような「技術」が必須なんだろうと僕は思うし、彼女はそれほどまでに真剣に歌っているんだと思う。

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