2009.05.04

    免疫の話はややこしいので、昔読んだ多田富雄の「免疫の意味論」(青土社1993年)を再読した。殆ど記憶に無かった。今となっては判りやすい入門書ではないだろうか?これは「現代思想」に12回に亘って連載された記事なので、12章になっている。

    免疫は自分の細胞は攻撃しないがそれ以外は攻撃する、というシステムなので、そもそも「自己」をどうやって認識しているのか?というのが一貫した問題意識である。そういう意味で「現代思想」に連載されたのであろうが、結局のところ原理原則というほどのものは引き出せていない。そもそも生命現象というものは行き当たりばったりで形成されてきたシステムなので、いろんな手段が継ぎ足され抑制されながら何とか環境に対応しているだけなのである。

    第1章は導入部としての移植免疫の話題である。基礎知識を整理するには第2章の T細胞 の記述と第3章の B細胞 の記述、第4章のインターロイキンの記述、第5章の免疫システムの記述が有用である。

    多田さんの趣旨としては免疫のネットワーク理論の意義ということなのだが、どうも抽象的過ぎるような気がする。理論というのはまとめてみればそうも言えるというだけではなくて、予言しなくてはならない。一応すっきりとした獲得免疫のシステムとしては、以下にように纏められる。

    まず細胞は MHC抗原というものがあり、これは個体に特有のものである。ヒトの場合は HLA 抗原と呼ばれる。2種類あって、Class I は全ての細胞に表現されていて、Class II は白血球や皮膚の細胞に表現されている。このタンパク質の構造は籠を形成していてその中に9残基程度のペプチドが嵌りこんでいる。(ペプチドは HLA が細胞内に還流して拾ってくるのであるが、このとき細胞内で生じた、あるいは消化途中の異物由来のペプチドを拾う。細胞表面に持ち出すことを「提示」と呼んでいるが、特にマクロファージなどが異物を消化して提示することになる。)提示されたペプチドが自己のものであるかどうかを認識しているのが T細胞で、そのために、T細胞は TcR というレセプターを持っている。これは HLA に嵌め込まれたペプチドしか認識しない。利根川氏の発見したやり方で多数のペプチドを認識するのであるが、自己のペプチドに対しては過激な応答をしないように選別されている。その為の組織が胸腺である。さて、T細胞にはヘルパーT細胞という種類があって、これは Class II の方だけ認識し、自己以外のペプチドを見つけると、インターロイキン(IL、これはいろいろあるが)を放出して他の白血球を刺激することになる。とりあえずはIL2によって キラーT細胞を刺激し、これが Class I の方を認識して、その細胞を攻撃する。サプレッサーT細胞を刺激すれば免疫応答を抑制する。(ペプチドの認識にはヘルパーであればCD4、キラーとサプレッサーであればCD8というタンパク質が必要ということになっている。そもそも TcR というのは免疫グロブリン Ig と同じような構造をしているが、それよりは短く、刺激を細胞内に伝達するための CD3 というタンパク質を備えている。なお、エイズウィルスは CD4に取り付いてヘルパーT細胞の中に入っていく。)

    T細胞というのは基本的には免疫の制御を主たる任務としているが、B細胞は 抗体 Ig を作って異物を中和攻撃することを主たる任務としている。B細胞がどこで教育されるのかはヒトの場合よく判っていないが、消化管全体に亘ると考えられている。B細胞もペプチドを認識するためのレセプターを持っており、それは Ig そのもの(IgM と IgD)である。抗原によってB細胞は直接刺激されるし、取り込んで 提示もする。しかし、抗体を生産するようになるには ヘルパーT細胞からのインターロイキンによる刺激が必要である。IL4、IL5、IL6、がその伝達物質である。抗体生産状態の T細胞はプラズマ細胞に変化する。また一部の B細胞はその刺激を記憶して免疫系に残る。T細胞とは異なり B細胞は 自己や他者のペプチドを区別しないので、絶えずある程度は活動状態にあり、むしろ T細胞による制御を受けながら活動している。(この辺りがシステム論に到る契機であるが興味がないので説明しない。) Ig の内血液中に多いのは IgG であって、これが異物排除の主役であるが、粘膜中には大量に IgA が存在する。これは激しい反応を起さないが、抗原に取り付いて中和する働きがあると考えられている。IgA はリンパを伝って、呼吸器、涙腺、唾液腺、尿管、生殖器などの分泌器官に流れていく。アレルギーの原因となる IgE は T細胞の刺激だけでは説明できない、かなりな程度遺伝的因子によってさまざまな因子で生産されてしまう。細菌感染では抑制されることから、あまりに清潔な環境で育つと敏感となる。IgE は肥満細胞や好塩基球を刺激して激しい反応を引き起こす。さて、重要な情報伝達物質であるインターロイキン類であるが、実は殆どが免疫系以外でも機能を持っている。つまり免疫系は適当に使えそうな伝達物質を選択しただけなのである。従って免疫反応以外のいろいろな反応を引き起こすし、免疫系以外(神経系、内分泌系)から免疫応答が影響されることになる。(IL1 はマクロファージや単球が作り、T細胞を活性化すると共に炎症と発熱を引き起こす。IL2 はT細胞が作り、増殖因子となる。IL3 はT細胞が作り、造血系細胞や肥満細胞の前駆細胞の分化を促す。IL4,5,6はT細胞が作りB細胞の増殖、分化を誘導する。IL10 はTh2、Ts細胞が作り、Th1細胞のIL2やIFNγの生産を抑制する。IFNγはT細胞が作り、がん細胞やウィルス増殖抑制、MHC分子の発現促進、等。)

    第6章は老化に伴う胸腺の縮小について、第7章はエイズについて、第8章はアレルギーについて、第9章は消化管について(ヒトにとっての外界との境界の殆どは消化管であり、免疫細胞の殆ども消化管にある)、第10章は自己免疫(免疫疾患)について、第11章は寄生虫と癌について、である。

    癌については、1993年の段階ではまだよく判っていなかったようであるが、一応纏めておく。細胞の癌化が起きたときに最初に働くのが NK細胞で、自然免疫である。このとき何を認識しているのかはよく判っていない。勿論獲得免疫システムも働こうとするのであるが、必ずしも上手く行かない。キラーT細胞が働くには HLA Class I 分子にペプチドが捕まって、キラーT細胞に認識されるだけでなく、Class II 分子にも捕まってヘルパーT細胞に認識され、更にサプレッサーT細胞が働かないような条件が整う必要がある。癌化さた細胞はまず HLAを失うことがある。これは胎児が母親からの攻撃をさけるために胎盤上で取る戦略である。またT細胞に認識に必要な細胞表面の接着因子を消してしまうことがある。癌細胞の抗原には胎児性癌抗原があり、これは胎児が作っていたタンパク質であるから当然自己として認識されてしまう。殆どの癌抗原はタンパク質ではなくて多糖類であるために、B細胞を刺激する事は出来てもT細胞には何の意味もない。このように癌に対しては獲得免疫を働かせるのは難しいのであるが、手術で摘出した後については獲得免疫が働くことが判っている。(インターネットで調べてみると癌の細胞免疫療法としては、NK細胞を活性化させる方法と何らかの癌抗原を使って抗原提示させる方法に分類される。)

    最後の第12章は「自己」とは何か?という考察であるが、いろいろ定義してみても例外が生じる。そもそも自己とは固定したものではなくて、環境との相互作用で変化していくと考えざるを得ないし、あえて定義するとすれば免疫学的な行動様式で定義するしかないわけなので、自己の行為そのものが自己である、としか言えない。そもそも全ての抗原由来のペプチドがHLAに捕まって提示されるわけでもないから、自己はまさに自己の能力に応じてその場で定義されている、ということである。

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