2023.06.26
    夜、エリザベト音大「大学院公開講座」を聴きに行ってきた。デニス・ブリアコフさんはクリミア出身で、現代最高のフルーティストの一人と言われている。エリザベト音大の客員教授ということで、3人の大学院生を公開指導した。

・・・G. ユーの「ファンタジー」はこの間のフルートフェスティバルで初めて聴いた曲である。オーケストラパートはこの間と同じくフルートオケでやっていたが、今回は学生だけでやった。オケとソロの音のバランスが難しいので、そのことがメインとなった。ソロは指揮も兼ねているので、ついつい自分が歌うことがおろそかになり勝ちで、それも注意されていた。曲の変わり目での音色の変化を明確にして、オケをリードする、というような指導もあった。

・・・F. プーランクの「フルートソナタ」は馴染みがある。メランコリックな曲想なのに、元気よく吹ききってしまうので、いろいろと具体的にどうしたらよいかという指導があった。

・・・S. プロコフィエフの「フルートソナタ」も馴染みがある。これも表情に欠ける演奏だったので、随分と指導があった。これは第二次世界大戦さなかのソ連で書かれた曲で、プロコフィエフらしい独特のファンタジーとも聞こえるフレーズには怖い意味がある。ロシアのどこまでも広がる大地を象徴するようなゆったりとした音の動きの中にスタッカートが入っているのだが、これは機関銃の音である。あるいは遠くから響く戦車の隊列の音も聞こえる。こういうのはある程度曲の背景を知った上で想像力を働かせる必要があり、それが判れば演奏のやり方も自然に決まる。

・・・一つ一つのフレーズに丁寧に表情を付けていくことで、凡庸な演奏が魅惑的な演奏に変わるものだなあ、ということがよく判った。問題は音色の多彩さをどうやって実現するかであり、かなり丁寧な指導があった。その一つは息の角度であり、上向きにすれば歌口から入る息の割合が少なくなり、柔らかい音になり、下向きにすれば多くなり、強い音になる。けれども素人がそうすると、歌口の覆い方が変わるので音程が変わってしまう。音程は息の速度に依存するので、速度を意識する。当然アンブシュールは変わるのであるが、それは唇の筋肉を使って意識的に変えてはいけない。アンブシュールというのは息の流れに任せて自然に出来るものであるから、できるだけ唇周辺の緊張を緩めなくてはならない。緩めることによって息のたまり場が出来る。これがクッションとなって、息の方向が制御される。プロコフィエフの曲で使われる強い音は唇の両端を緩めることで上唇を広く膨らませるのであるが、多少頬っぺたを膨らませるような感じにするとよい。これは尺八を吹くような形であり、フルートの頭部菅を取り去って、ジョイント部分を歌口にして練習するとよいかもしれない。

・・・最後にブリアコフさんがバッハの無伴奏フルートパルティータを演奏してくれた。解釈が極めて明晰で、その解釈を忠実に表現していることに驚いた。今まで聴いたこの曲の演奏の内では最高だったような気がする。

・・・Bouriakov氏のお連れの方もフルーティストで、韓国出身である。講習会などを一緒にやることが多いみたいで、これはそんな機会でのデモ演奏らしい。イエスを裏切ったペトロが自責の念に暮れるのを(作者が?)優しく抱擁する有名なアリア。
中島みゆき『誰のせいでもない雨が』の中の、
・・・
されど 寒さに痛み呼ぶ片耳は
されと 私の裏切りは
・・・
という一節を思い出した。
こういう寄り添い方が共通している。

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