Sonata for flute and cembalo in B minor J. S. Bach BWV1030

1st movement "Andante"  (私の演奏よりずっと良いのでYouTubeにリンクしました。右クリックで別ウィンドウで開くにしてからウィンドウを隠せばバックグラウンドモードになります。)


    全部で119小節あって、大きく4部に分かれる。

第I部 0132、第II 3358、第III 5979、第IV 80119小節。なお各部の最後の方は経過的な性格をもつので、この切り方は一意的ではない。第I部では主題Iが提示されて展開され、副主題IIが提示されて短く展開する。いずれもフルートが主導し、チェンバロは殆どオブリガート的な動きをする。これだけでも充分魅力的な音楽である。第II部では属調のF# minor に転調して、第I部でフルートによって示されたメロディーがフルートとチェンバロによってカノン的に扱われている。第III部は下属調のE minor に転調して3連符の滑らかな美しい動きによってフルートとチェンバロが主題と副主題を接続する。第I部で使われたそれ以外のメロディは最後の締めに現れるだけである。最後の第IV部は再びB minorに戻り、主題と副主題と全てのメロディーがフルートとチェンバロによって精密なカノンとして展開される。副主題の後に第III部で使われたメロディーも回想されて終結する。このように全体としては 起承転結 の構成となっている。


    I部の主題(I)はロ短調の厳かな感情的高ぶりが感じられる。出だしを聴くだけで惹きつけられる。F#音の持続をタタターという前打音的な装飾で切っている。短調の音階を明示すると同時にある種の切迫感を与えている。ドイツ的な表現であって、言語としての特徴、子音が重なって母音の前に出る、を反映したものである。拍に乗るのは母音であるから、子音はその前に出ざるを得ない。第2楽章も含めてこのソナタの特徴的なリズムである。チェンバロのオブリガート的な動きはいかにもバッハらしい。和声的には半拍おきにB minor F# major7 を交代させているように見えるが、チェンバロの右手自身が2つのメロディー(D-E-F#-EB-C#-B-C#)を暗示していて、それぞれのリズム形自身がお互いに相手の隙間を突いて飛び跳ねるようである。このようにして16分音符の単調なリズムの中で複雑な和声とリズムを感じさせるやり方はバッハの大きな特徴である。0.5拍、1.5拍、2.5拍、3.5拍はやや不協和の緊張があり、強拍となっているから、これはシンコペーションの趣を持っているし、そのように演奏されるべきであるが、その性格はフルートではなくて、チェンバロによって与えられているのである。今後現れる主題(I)に対しては全てこのオブリガートが付くことになる。

こうして主題が2小節提示された後、チェンバロがソロを2小節
(i)入れる。最初の2小節に対比して、1拍毎に明と暗を交代させて主題を引き継いでいる。このフレーズは後半になってしばしばフルートで登場する。

それに引き続いて再度主題が登場する。このような形で中間部を挟んで主題が
2回登場するやりかたは第IIIIIIV部全てに引き継がれる。


    0710小節(a)(b)は属和音F# minorへの動きであるが、その経過はかなり凝っている。07小節(a)はフルートがGとE、チェンバロの右手がDB、左手が、AE、であるから、完全に独立した6度音程の動きである。08小節(a)ではそれが2度づつ下がってくりかえされ、09小節(b)でフルートが印象的な半音下降によってEGと下がってから10小節(b)EF#に到達する。また同音を繰り返しては飛び上がるという旋律によって緊張感が強調されている。

1114 小節(c)(d)は逆に主和音B minor に戻る動きであるが、こちらもリズムが全く異なるとはいえ良く似た動き方である。つまりタタターというリズムが多用されながら、和声的には0710(a)(b)とほぼ平行した動き方をしている。この何とも複雑な和声進行の中で、13小節(d)の輝かしい上向きのメロディーが印象に残る。

1516小節(e)の繋ぎを介して、タタターを挟みながら1718小節(f)DC#CBと下り、19小節(g)でこれを高速に繰り返した後、20小節(g)で主和音B minorに落ち着く。(この1720小節(f)(g)は終結のために後々使われることになる。)


    結局、主題の展開部の構成としては、B minorからF# minorに動いて、B minor に帰り、そこから複雑な経路を経て再び B minor で終わっている。フルートだけを聴いていても起伏に富んでいて満腹しそうな感じであるが、チェンバロはそれ自身が独立した美しい進行を見せている。左手が和声的にもリズム的にもフルートに追随しているのに対して、右手は基本的には対比的な動き方をする。フルートが長い音符を繰り返すときには16分音符で対応しているし(a)、フルートが半音進行で下がるときにはジグザグに上がっていく(b)。フルートの旋律を受け取ってカノンとなるのは1718小節(f)のみである。絶妙としか言いようが無い。あたかもフルートで奏される人生の物語と対話しているような感じがする。


    2122小節でフルートによって副主題(II)が提示される。タタターのリズムと32分音符のすばやい動きからなり、エネルギーに満ちている。

経過的な2小節(h)を経て、滑らかな3連符による対比的な旋律を挟んで、

今度はチェンバロが副主題を4度下で繰り返し、フルートと殆ど同じような経過的2小節と滑らかな3連符による旋律をソロで続ける。このように副主題も2回繰り返され、特にフルートとチェンバロで4度の開きで照応させているやり方は第
IIIIIIV部でも同様である。主題とその展開が充実しているので、この副主題の展開部には間奏の趣があるが、曲の展開への機能としては、一旦完結した物語の再活性化である。


    II部は属調のF# minor に転調している。3334小節でフルートが主題(I)を提示し、そのまま第I部ではチェンバロが奏していた間奏(i)を吹くとチェンバロの右手で繰り返され、更にチェンバロの左手で引き継がれる。つまり2拍遅れの3声のカノンである。その後今度はチェンバロで主題(I)が奏され、フルートは伴奏を吹く。展開部は基本的に第I部での0716小節まで(a)(b)(c)(d)(e)5度上で繰り返すわけであるが、第I部ではフルートが奏していたメロディーをフルートとチェンバロの右手とがカノン形式で追いかけあう。

フルートが先行し、チェンバロが追いかけていたかと思うと、逆にチェンバロが先行しフルートが追いかける。間隔も2拍だったり1拍だったり
1小節分だったりするので、なかなか楽しいひと時である。やがて5354小節で副主題(II)が奏されるが、これもチェンバロが2拍先行するカノンである。その後、第1部では主題展開部の終結に使われた1720小節(f)(g)が同じようにカノン形式で使われて第II部を締めくくる。結局、第II部において、副主題が主題の展開の内部に取り込まれた格好になっている。


    III部は下属調のE minor に転調している。中身の方は間奏曲的である。目先を変えるという感じで4小節に亘るフルートによる3連符(3)が流れる。主題が朗誦であり、副主題がちょっと興奮した調子の演説であるとすれば、この3連符は小川の流れである。つまり人の言葉ではなく自然の音を感じさせる。

その中に埋もれるように、また呟くようにチェンバロが主題
(I)をGmajorで2小節奏して、またフルートと同じ3連符を4小節奏すると、今度はフルートが主題(I)をEminorで吹く。7173小節(j)の展開は主題ではなくむしろ3連符の展開である。始まりの部分の53拍に音の跳躍を組み合わせてフルートとチェンバロがカノンによって長かった3連符を振り返り(3連符というのは疲れるものである)、

その後、副主題
(II)に入る。これはフルートが2拍先行するカノンである。第III部の終りは第I部では繋ぎのようにして使われていた1516小節(e)をカノン形式で使っていて、チェンバロの左手は細かい16分音符を刻んで下降していき、フルートの高音B、チェンバロ右手のD、左手のE# の衝突でエネルギーを溜め込んで、、第IV部へと流れ込む。

    IV部は主調のB minor に戻って、チェンバロが主題(I)を奏して、中間部(i)はフルートとチェンバロのカノンで、再度主題(I)をフルートが吹く。後は第II部と同じ(a)(b)(c)(d)であるが、カノンの順序が第II部とはほぼ逆になっている。副主題(II)の提示まで、同じくカノンで順序を変えただけである。その後、3連符のやり取り(3)と第III部での53拍のリズム(j)1拍遅れのカノンで展開される。つまり第III部の一部を回想している。その後第I部の1720小節(f)(g)がチェンバロの方の2拍遅れのカノンで使われる。これは主題の展開の終結であるが、フルートの終結にチェンバロが付いてこなくて(e)に移行するために終わりきれない。それに引きずられて(f)(g)が今度はフルートの方の2拍遅れのカノンで使われて、終結する。このような一旦終わりかけて、また戻って終わる、というじらせるような終り方は古典派以降のソナタや交響曲でお馴染みのものであるが、バッハはカノンを未完にすることで巧妙に組み立てている。

    I部の魅力については既に述べたが、第II,III,IV部については解説が忙しくて(演奏も忙しいが)充分に記述できていない。基本的には第I部の素材を使ったカノン形式の変奏であるので、丁丁発止でやりあう感じであるが、素材に少し手を加えることで、その意味合いを変えたり誇張したりしているところがあって、新鮮さが失われない。特に最後の終結の部分(109〜119)は感情が高まって(f)終結しかけて(g)(e)、再び高まって(f)終わる(g)、という形になっているので、主題に含まれたやや悲劇的な感情が極大化して感じられる。同じ調ということもあるが、マタイ受難曲と類似した感情的意味を持っていると思う。

  最後に全体の構成を図示しておく。眺めながら聴くとよく判ると思う。動機には I, II, a,b,c,,,という記号を付けた。また 3 というのは3連符の動きの部分である。+1や+2というのはその拍数だけ遅れたカノン(基本的には5度のカノン)を意味する。Bはチェンバロの左手であるが、まだ充分解析しきれていないので、殆ど空白である。
第I部
主調
B minor















小節  01  02  03  04  05  06  07  08  09  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20
 Fl  I  I

 I  I  a  a  b  b  c  c  d  d  e  e  f  f  g  g
 Cb

 i  i















 B



















                                         
小節  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  32







 Fl  II  II  h  h  3  3













 Cb





 II  II  i  i  3  3







 B








































第II部
属調
F# minor















小節  33  34  35  36  37  38  39  40  41  42  43  44  45  46  47  48  49  50  51  52
 Fl  I  I  i



 a  a  b  b  c  c+1  c  c+1  c+1  d+4  d+4    e+4
 Cb


 i
 I  I  a+2  a+2  b+2  b+2  c+1  c  c+1  c  d  d    e  
 B



 i














                                         
小節  53  54  55  56  57  58













 Fl  II+2  II+2  f+2  f+2  g+2  g













 Cb  II  II  f  f  g  g













 B








































第III部
下属調
E minor















小節  59  60  61  62  63  64  65  66  67  68  69  70  71  72  73




 Fl  3  3  3  3





 I  I  j  j  j




 Cb



 I  I  3  3  3  3

 j+1  j+1  j




 B



















                                         
小節  74  75  76  77  78  79













 Fl  II  II  e  e  e














 Cb  II+2  II+2  e+2  e+2  e+2














 B



















                                         
第IV部
主調
B minor















小節  80  81  82  83  84  85  86  87  88  89  90  91  92  93  94  95  96  97  98  99
 Fl


 i+4  i+4  I  I  a+2  a+2  b+2  b+2  c+1  c  c+1  c  d  d
 e
 Cb  I  I  i  i  e

 a  a  b  b  c  c+1  c  c+1
 d+4  d+4
 e+4
 B



















                                         
小節  100  101  102  103  104  105  106  107  108  109  110  111  112  113  114  115  116  117  118  119
 Fl  II  II  3

 3  j+1  j+1  3  f  f  g  g  e+2  e+2  e+2  f+2  f+2  g+2  g+2
 Cb  II+2  II+2
 3  3
 j  j
 f+2  f+2  g+2  e  e  e  e  f  f  g  g
 B




















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