今から30年以上前、ニューヨーク州バッファロー近郊の小さな町、ハンブルグからサン・フランシスコに向けて旅立った一人の青年がいた。時に一九七二年。サイケデリック・ロック全盛だった60年代後半の香りを強く残した都会の路上で青年は演奏を始め、最初はフォーク・ソングを中心に歌っていたという。それがやがてある人物との出会いを通じて伝説的パワー・ポップ・バンドへの参加が決まる。ある人物とはジャック・リー、バンドの名前はナーヴス。そして、ここまで書けばもうおわかりだろう。青年の名前はピーター・ケイスといった。

 ナーヴスの曲はほとんどリーダーのジャック・リーが書いていたが、ケイスもキャリアを代表するナンバーをいくつか提供したり、ステージ衣装を三つ揃いスーツにするという重要なアイディアを出したりしている。しかし、最終決定権を持つのはあくまでリーであり、ケイスにとってみれば思い通りにならない苛立ちはあったかもしれない。76年に発表したシングル一枚、77年のLA移住を経てナーヴスは解散してしまい、ケイスはしばらくして自らが中心となったバンド、プリムソウルズを結成することになる。

 プリムソウルズは運動靴を意味するプリムソルズ(Plimsolls)とソウル(Soul)を掛け合わせた造語だとか。ナーヴスの勢いやポップ性、あるいはもっと遡ってザ・フーやキンクスのパワーを受け継ぎながら、ガレージ・ロックからブルースまでを愛好するケイスの硬派な苦味がうまく生かされた好バンドだ。シンプルな中にも奥行きのあるパワー・ポップを聞きたければ、まずこのバンドからどうぞ。最初の活動期間は78年から84年までと短かったが、この間に残した二枚のアルバムは、アメリカ西海岸のポップ・シーンのみならず、その後の影響も含めてロック・シーンを語る際に欠かすことのできない作品だと思っている。

 そんなプリムソウルズについてよく言われるのは、ライブにこそ彼らの真髄があるということだ。じゃあ体験してみようか、といっても実現は難しい。幸い90年代に入ってから彼らは再結成を果たし、ライブを何度も行なっているので、少し前なら後追いファンの多くは新生プリムソウルズを体験することができた。だが、初期のライブを見ようと思った場合は、タイムマシンでも発明されない限り不可能である。それならあきらめるしかないのか、というとそうでもなくて、フランスでリリースされたライブ盤『ONE NIGHT IN AMERICA』を手に入れるという方法がないこともない。所詮は疑似体験でしかないけれど、81年のパワフルなライブを聴くことができる。それほど珍しい盤ではないので、中古屋や海外のオークション・サイトを小まめにチェックしていれば手に入るはず。

 そんな面倒なことはしていられないという人に朗報が。20/20の再発やトランスレイターの編集盤でお馴染みのオグリオからこのライブ盤がリイシューされた。今のところ初期の彼らが残した唯一のライブ音源であり、1stアルバム・リリース直後のパワフルなステージを収めた貴重な記録だ。「A Million Miles Away」「Hush Hush」等の代表曲はもちろん、ジミー・リード、マーヴィン・ゲイ、アウトサイダーズ、キンクス、さらにリイシューの目玉ともいうべきボーナス・トラック(イージービーツの「Sorry」)などのカヴァーも興味深く、彼らのルーツがよくわかる点も見逃せない。短いながらもツボを押さえたケイス本人のライナーがついており、既に仏盤を持っていた人も、これなら買って損はないだろう。

 ところで、このライブが収録された81年前後は、パワー・ポップの全盛期といってもよく、シングル数枚で消えていったバンドが山のようにあった。ライノの『D.I.Y.』シリーズ二枚を皮切りに、最近では復活した新『YELLOW PILLS』まで、この時代の埋もれたパワー・ポップ・ナンバーを集めた編集盤は数多い。スウェーデンのポップ・レーベル、サウンド・アスリープが01年に始めた『HOME RUNS』も同じ傾向の作品集だ。三作目となった今回も今までと同じく、無名バンドの名曲が多数収録されている。アルバムを出しているアクション・ナウ、スティヴ・ベイターズ、ナウ、クレイヨラズ等はこの中でいえば知名度がまだある方だが、シングル収集の趣味がない僕にとっては、ネイムズやラグジュアリー、サージャント・アームズ等はまだしも、たとえばエイプリル・ダンサーやファン・アット・ザ・ズーあたりになると、もう未知の世界である。曲がさほどでもなければ、忘れてしまえばよいのだけれど、そういうバンドに限っていい曲を書いているので、つい調べることが増えて、嬉しい悲鳴を上げることになってしまう。今回一番気になったのはスロッブズ。アセンズのバンドなのかな? オールディーズっぽい哀愁味がずばり好みです。

 古いバンドの話題ばかりでは何だから、最近の(といっても十年選手だが)アーティストも紹介しておこう。このところ気に入っているのは男女デュオ、ケネディーズの新作である。早いものでピート&マウラ・ケネディ名義の95年作から数えてこれが八枚目になる。フォーキーでナチュラルな魅力に加えて、瑞々しいポップ感覚も健在だ。パワー・ポップの話題からフォーク・ロックに移るのは唐突だと思う人がいるかもしれないが、両者にそれほど隔たりがあるわけではない。何と言っても名曲「A Million Miles Away」に対するピーター・ケイス自身の見解は「マキシマム・フォーク・ロックの新しい形」だと先ほどのライブ盤に書かれているくらいだから……。

 最後にボブ・コラムの最新作を。オクラホマ州タルサ出身、現在はイギリス在住のポップSSWによる三枚目であり、ウェルフェア・マザーズを率いての第一弾となる。リリースは昨年だが、最近ようやく聴くことができたので、遅まきながら取り上げておきたい。ルーツ・テイストをまぶしながら、親しみやすいフォーク・ロックをメインに据えているところは前の二枚同様。ただし、初期バーズを思わせる佳曲「Merry Go Round」を筆頭に、曲ごとの完成度もポップ度も今回はかなり高く、その一方で渋さも兼ね備えている。今までのところ彼のベスト・アルバムと言えるのではないか。入手は難しいかもしれないけれど、ケネディーズのようなルーツ・ポップが好きな人なら探してみる価値はあると保障します。手に入らないという人は下記のサイトへどうぞ。

 そういえば、以前ボブにメールでインタビューしたとき、ソロ活動へのアプローチはピーター・ケイスから来ていると書かれていたことを思い出した。ケイスがロック・シーンに与えた影響というと、プリムソウルズ時代に偏ってしまいがちだが、その後のソロ活動にも注目すべき点は多い。長い活動歴全体を視野に入れた正当な評価を今後に期待したいところだ。  

THE PLIMSOULS/One Night In America (Oglio/OGL82030-2)1988/2005

V.A./Home Runs: Songs That'll Take You All The Way: Volume 3 (Sound Asleep:Play Ball/no number)2005

THE KENNEDYS/Half A Million Miles (Appleseed/APRCD1090)2005

BOB COLLUM & THE WELFARE MOTHERS/The Boy Most Likely to... (Atomic Powered Records/A.P.R.006)2004