米インディー・ポップ・シーンにおけるこの春一番の話題は何といっても『YELLOW PILLS』の復活に尽きる。わかる人にはこれだけでわかるのだが、何だいそれはという人に少し解説を。93年から97年にかけて四枚がリリースされた編集盤CDの名前というのが一番わかりやすい説明だろうか(99年には日本盤も出た)。もともとはジョーダン・オークスが編集していたファンジンの名前であり、もっと遡れば20/20のデビュー作に収録された曲のタイトルでもある。ファンジンにしてもCDにしても大きな特徴は、新旧のパワー・ポップを紹介するという狙いがはっきりしていたこと。今でこそ珍しいコンセプトではないかもしれないが、グランジ・ブームだった90年代前半にこうした方向性を打ち出すのは珍しく、ポップなメロディを待ち望んでいた潜在的なファンから大きな支持を得ることになったのだ。その後も一般的ではなかったパワー・ポップという言葉や概念を確かな視点で提供し続けた功績は誰しも認めるところだろう。

同種のCDは他にも出ているけれど、公式なものとしてはルーツ・ロックを取り混ぜたユニークな視点が売りの『HIT THE HAY』を例外として、このシリーズを超えるものはなかったと思う。理由はいくつもある。ひとつは収録曲が多数の候補作から厳選され、その分水準が高いこと。シューズや20/20、フラッシュキューブスなど、当時はすっかり埋もれていたバンドにスポットを当てて再評価への道を作ったこと。そして何より次々に登場する無名の新しいアーティストのナンバーが実に魅力的だったということも忘れてはならない。ヴァンダリアス、マーク・ジョンソン、グラッドハンズ、ブラッド・ジョーンズ、デヴィッド・グレアム等々、ここで教えてもらったアーティストは数多い。−−何かが始まるというわくわくした気持ち、期待、あるいは予感。そこにこのシリーズ最大の魅力があったといえるかもしれない。『VOL.1』を初めて聴いたとき、僕は間違いなくその予感を感じることができた。

 そんなわけで、『YELLOW PILLS』は僕にとって新しいポップ・シーンの重要な水先案内人でもあったのだが、発売元であるビッグ・ディール閉鎖の影響もあったのか、97年以降は名前を聞くことがなくなった。もちろんそれ以降も、ポップ・シーンの密かな盛り上がりはずっと続いており、オークスの蒔いたポップの種は着実に育っていた。それを指してもう『YELLOW PILLS』は役目を果たし終えたのだという見方をする人がいても不思議はない。この間にネット環境の整備が進み、情報も手に入れやすくなったことだし。しかし、その一方でこのシリーズならではの出会いや発見をもう一度味わってみたい−−そう願っていたファンは僕だけではないはずだ。

 そして今年、ついにその願いが叶うときがきた。いや、厳密にいえばきたと思われたのだが……。八年ぶりに届いた続編には『PREFILL』という副題がつけられている。なぜ『VOL.5』ではないのかというと、コンセプトに大きな変更が加えられているからだろう。そう、今回は70年代末から80年代初期のオリジナル・パワー・ポップ・バンドが中心になっており、「今」を紹介するという側面はばっさりと削られてしまったのだ。もっともこれには理由があり、ライナーでも触れられているように、同時代のポップ・バンドについては他でも紹介される機会が増えているからとのこと。たとえば最近のトリビュート盤をみれば、その多くが注目のポップ・アーティストをメインに据えている。オークスが方向性を絞ることにしたのは、ある意味では妥当な選択といっていい。それはわかる。

 ただ、重複してもいいから彼が今のシーンをどう切り取るか、どこを掬い上げるのか、それを見たかったという思いが強くあっただけに、聴く前はCDを前にして何とも複雑な心境だった。まあしかし、この路線は今回だけかもしれないし、とにかく聴いてみることに。すると、どうだろう。八年前と同じとはいかなくても、ぐいぐい引き込まれていく自分がいるではないか。オークスの好みは過去や現在といった区分に関係なく、ポップ・ミュージックへの敬意という点で一貫していることがよくわかり、いつしか僕のこだわりは消えていった……。

 まず個人的に注目したいのは三曲収録されたバッツだ。バッツは、今をときめくジョン・ブライオンが80年代初期に結成していたポップ・バンドで、一枚だけインディーからアルバムを出して解散してしまった。そのアルバムをずっと探し続けているのだが、未だに入手できずにいる当方としては、一部でもこうして聴けるのは実にありがたい。いずれもブライオンの才気を感じさせるナンバーで、ますますバンドの全貌が知りたくなってきた。続いてはトレンド。こちらはジョン・マクマラン(36号参照)がかつて率いていたポップ・バンドで、やはりインディーからアルバム『THE TREND IS IN!』をリリースしている。バッツと同じく長年の探求盤だったが、こちらは昨年ようやく手に入れて、その魅力にはまっていたところなので、こうして広く紹介されるのは嬉しい。

 その他、シューズやトムズといったお馴染みのバンド、LMNOPやフィンズといった比較的最近のバンドも含まれているが、メインはシングルやアルバム一枚で消えていったマイナー・ポップ・バンドである。カラーズ、トウィーズ、スピーディーズ、スポンサーズ、ランディ・ウィンバーン、キッズ、トレブル・ボーイズ、トミー・ロック等々。無名といってもなかなか侮れず、たとえば冒頭に収録されたラグジュアリーの「Green Hearts」にも感動させられた。こんなにいい曲がまだまだ眠っているのだから、このシーンは本当に奥が深い。また、巷にあふれる海賊盤と違ってきちんと権利関係をクリアしているところも立派で、そのためにかかった手間を考えると素直に頭が下がる。聴く前は勝手な期待から不満もあったのだが、聴き終わってみればさすがジョーダン、貫禄を感じさせる内容だった。

 最後に他の注目作を駆け足で。かつて『YELLOW PILLS』にも登場したことがあるノース・キャロライナの大ベテラン、スポンジトーンズが新作を届けてくれた。日本盤も出た『オッド・フェローズ』以来五年ぶりの七枚目。もっとも01年にはCD−Rで二枚の自主制作盤を出しているからそれを含めるとちょうど九枚目となる。というわけでビートルズ・マニアの彼らとしては当然こういう題名で来る『NUMBER 9』は、相変わらず60年代テイストあふれるポップなナンバーが目白押し。ここ数年では一番の充実作といえそうだ。

 また、95年のデビュー以来着実に支持層を広げつつある東海岸の四人組、モッカーズの新作はスペインから。前作(01年)同様キュートで力強いポップ・センスが楽しめる好盤。おまけに収録されたブッシュ批判ナンバーのビデオ・クリップが痛快で笑える。

V.A./Yellow Pills: Prefill (Numero Group/004)2005

THE TREND/The Trend Is In! (Garden/GR-888)1982

THE SPONGETONES/Number 9 (Loaded Goat/LG2155)2005

THE MOCKERS/The Lonesome Death Of Electric Campfire (Zebra Records/ZE-010-CD)2005