前号のギタリスト特集を見ていて、ふと20年近く前に読んだ短編小説を思い出した。題名はずばり「ジェフ・ベック」。作者はルイス・シャイナー……といってもあまり馴染みがないかな。ほら、ドアーズやビーチ・ボーイズの未完成アルバムを完成させることができたらっていうお話、そう『グリンプス』(93年/創元SF文庫)を書いたあの人です。長編だけではなくて、短編でも以前からロック・ネタを取り上げていたんですね。『スマイル』がとうとう発売された今、同作の重要性にフィクションの側からいち早くアプローチしていたシャイナーにもっと注目が集まってもいいのではないかという気もしますが、ひとまず話を戻して、当時のシャイナーは新進SF作家として知られるようになったばかり。今となっては意外な話だけれど、ウィリアム・ギブスンやブルース・スターリングと並ぶサイバーパンク派の一人とみなされていた。

 この短編も邦訳はSFマガジン86年11月号のサイバーパンク特集に掲載されている。話の筋は単純で、何でも希望を叶えてくれるドラッグを手に入れたジェフ・ベック・マニアの男が「ジェフ・ベックのようにギターをうまく弾きたい」と願うとその通りになってしまうというもの。他の作家が書けばコメディになりそうな設定だが、そこはシャイナーだけあってどんどんシリアスな方に話が進む。せっかくの腕前を持ちながらなぜか自分と趣味の合わない若者たちとリハーサルをすることになってしまい、主人公はまったく才能を生かせずに空回り。突然の変化についていけない恋人にも逃げられ、彼はようやく最後に気づくのだ。いくらギターがうまく弾けても中身が変わらなければジェフ・ベックのようにはなれないのだと……。

 SFというより主流小説に近い地味な話だが、おそらくサイバーパンクとロックの関連性を意識して翻訳されたのだろう。正直に言ってそれほど成功した作品とは思えない。ただしジェフ・ベックに関する描写はさすがに細かく、このあたりに『グリンプス』へとつながる作風がはっきりと示されていた。ロックに詳しいという触れ込みは本当だと思ったことをよく覚えている。

 似たような話をもう一つ。電脳ハードボイルド三部作で知られる故ジョージ・アレク・エフィンジャーに「グッドナイト、デュアン・オールマン」という短編がある(「ミステリマガジン」96年1月号)。ストーリーはこんな具合だ。20年間刑務所に入っていた男が出所して悪魔と契約を交わすことになった。最初に考えた条件はデュアン・オールマンのようになりたいということだったが、故人の場合自分の命も危なくなる可能性があるので、代わりに「エリック・クラプトンのようにギターを弾きたい」と申し出る。こうして念願のテクニックを手に入れたはいいのだが、重大な問題に彼はまだ気づいていなかった……。クロスロードの伝説を踏まえた、いわゆる悪魔との契約もの。前半は少しくどいけれど、こちらの方が僕の好みである。皮肉なオチがおかしくも悲しい。

 さて、こうした物語から何がわかるか? 誰かのようになりたがっても意味がない? 確かにそうかもしれない。だが、ありふれた教訓よりもここでは男たちの願望の共通点に注目してみよう。せっかく希望が何でもかなうのに、金も女も願わずにギター・プレイヤーになりたがる男たち。それはもちろん書き手の願望を反映していることもあるだろうが、もう一つ、人間はそれが野球選手であれ音楽家であれ、いつも自分以外の誰かに憧れる生き物だということを物語っている。物欲だけでは満たされない悲しい性というか、そういった人間特有のこだわりの描写が僕には面白く感じられた。たまたま今回はギタリストの名前を並べてみたけれど、個人ではなくバンドが憧れの対象になるのもよくあることだ。前号の本欄を思い出してほしい。たとえばビートルズ「のような」音楽を作りたい、そう思っているバンドは世界に何十、何百とあるだろうし、実際に成功しているバンドもたくさんある(おそらくそれ以上に失敗しているバンドも)。

 そこで僕はデヴィッド・グレアムのことを思う。彼の音楽を聴いていると、希望が現実になるドラッグを飲むか、あるいは悪魔と契約を交わすか何かしたのではないか−−そんなことさえ考えてしまうのだ。もしそうだとしたら、願いの内容はもうおわかりだろう。ポール・マッカートニーのように曲を作りたい−−彼はおそらくそう願い、先に紹介した小説とは違って、見事に成功を果たしたのではないだろうか。

 前号で名前を出してから、例の発売延期になっていたアルバムはどうなったのか、気になって調べてみたところ、04年にちゃんと発売されていることが判明した。そればかりか、次のアルバムまで出ているではないか。あわててオフィシャル・サイト(www.davidgrahame.com)で購入手続きをとる。それにしても手続きが異様に面倒くさい。これから見に行く人のために書いておくが、まずサイトを閲覧するだけでも登録をしなくてはいけないというのは異例といってもいいだろう。初回は名前や住所等を記入し、返信メールが来るのを待って、ようやくログインできるのだ。それから購入ページへ。支払いはPaypalを通してすることになっており、そのアカウントを持っていなければここでまた登録の必要がある。幸い僕はebay用に登録済だったので問題はなかったが、取得には結構手間がかかるはずだ。しかし、他で売っているのを見たことはないので、面倒でも何とか作業をクリア。こうして年末ぎりぎりに入手できたのが『DT AND THE DISAGREEABLES』と『ERIC』である。ただし例によってCD−Rだし、パッケージも貧弱。後者に至ってはジャケットもついてこない。よほどのファンでないと、この値段(1枚$15)はつらいところだろう。

 前者は以前紹介したように、一度予告されたにもかかわらず発売延期が続いていたアルバム。内容は前作『EMITT ROAD』同様、穏やかなメロディーをじっくり聴かせる方向でまとめられている。ただ冒頭にビートルズのカヴァー(「ハロー・グッドバイ」)を持ってきたのには少し疑問が残った。というのは彼にビートルズへの愛情が人一倍あることは他の曲を聴けばわかることだから。今さらどうしてと思ってしまうのだ。ここでちょっとつまづいてしまったせいか、その後のオリジナル曲にもあまりのれず、個人的には今ひとつという印象。その点後者は全曲オリジナルだし、曲調も前作よりメリハリが効いていて気に入った。どちらか一枚ということならぜひ後者をおすすめしたい。また、今までのところ1位セカンド、2位『ERIC』、3位『EMITT ROAD』というのが僕の評価なので、ご参考までに。

 それにしても『YELLOW PILLS』でその存在を知ってからもう八年。この間に編集盤を含めて七枚のアルバムを出しているのだから、寡作というわけではない。もっと欲を出してもいいような気がする。せっかく全部のアルバムを購入できるようにしているのだから、サイトも一般の音楽ファンが買いやすいようにもう少しオープンにするとかね。いや、真剣にこれは検討したほうがいいと思いますよ。

1)DAVID GRAHAME/Emitt Road (Dog Turner/CD-R)2002

2)DAVID GRAHAME/DT and The Disagreeables (Dog Turner/CD-R)2004

3)DAVID GRAHAME/Eric (Dog Turner/CD-R)2004