前号のサイロズに続いて、今回も懐かしいバンドの名前から。80年代の米インディー・シーンにおいて、並ぶものがない個性派ポップ・バンドとして知られたキャンパー・ヴァン・ベートーヴェン(以下CVB)が実に15年ぶりとなる復帰作をリリースしてくれた。正直言ってそれほど期待していなかったのだが、一聴してびっくり。いや、これほど素晴らしいとは思わなかったね。短いプロローグに続くインストのかっこよさに思わずひざを乗り出し、その後もハイ・テンションを維持した緩急自在のCVB節を堪能しながら、これは傑作だと確信する。とにかく気合の入り方が違うのだ。演奏面だけでなく、題材的にも架空の戦争を主題にした、一種のコンセプト・アルバムになっているというから面白いではないか。

 ある若い兵士の目を通して描かれたその内容はといえば、幾つかの国に分断された並行世界のアメリカを舞台にして、ファシストの集団でもあるテキサス・キリスト教共和国がカリフォルニア共和国に侵攻を開始……という設定のようだ。時節柄ついブッシュ批判と我々は考えがちだが、バンドの中心人物、デヴィッド・ロワリーによればそうではなく、保守派と自由派、原理主義者と世俗主義者、信仰と科学−−こういったもっと根本的な対立をテーマにしているのだとか。

 こうしたアルバムが生まれた背景には、ロワリーの読書体験が一役買っていると考えられる。というのも彼は以前からトマス・ピンチョンのファンとして知られているからだ。歴史の暗部から新しい科学概念まで、膨大な情報量を駆使して謎や驚きに満ちたストーリーを紡ぎあげていくピンチョンの諸作は新たな古典として世界中に影響を与え続けている。『HARP』誌の最新インタビューで、ピンチョンの『重力の虹』を繰り返し(14回も!)読んだばかりか、CVBではいつも『重力の虹』やフェリーニ『8 1/2』のような音楽を生み出そうとしていたとロワリーは語っており、影響力の大きさは容易に想像できる。また、最近読んだ本としてニール・スティーヴンスン(『スノウ・クラッシュ』『クリプトノミコン』等の邦訳あり)の新作『QUICKSILVER』の名前を挙げ、「楽しくて読みやすい。僕らの世代のピンチョンだ」と至極まっとうな評価を下しているのも印象的だった。さらに、別のインタビューでは新作の説明にカート・ヴォネガットを引き合いに出しており、今回のようなSF仕立てのコンセプト・アルバムが生まれてくるのは自然な流れだったといえるだろう。

 では、ピンチョンやフェリーニのような音楽を目指したCVBとはどんなバンドなのか。83年にカリフォルニア州サンタ・クルーズで結成され、85年から89年にかけて五枚のアルバムを残して解散というのが大まかな流れなのだが(三枚目と五枚目は日本盤あり)、主な特徴は次の二点だと思う。一つはそのサウンド。結成当初はロシア民謡を取り上げていたという話からもわかるように、カントリー、パンク、ポルカ、スカなど多彩な音楽性を取り入れて、新作でも大活躍しているジョナサン・シーゲルのヴァイオリンを演奏の要とした独自のスタイルを作り上げていた。ルーツとしては60年代のサイケ・バンドやアヴァンギャルドなアーティストたち、たとえばキャプテン・ビーフハート、フランク・ザッパ、チョコレート・ウォッチ・バンドなどを挙げることができ(実際にピンク・フロイドやサイケ時代のステイタス・クォーをカヴァーしている)、一歩引いた批評眼を感じさせるあたりに個性があったといえるだろうか。そしてもう一つはブラックすれすれといってもいい、シニカルなユーモア感覚。初期の代表曲「Take The Skinheads Bowling」からしてLAパンク・シーンで流行したスキンヘッドをからかいの種にしており、題を見ただけで笑ってしまう「ZZ Top Goes To Egypt」なんていうナンバーもあった。

 バンド解散後はロワリーがクラッカーを結成し、CVBよりもオーソドックスなロック路線を歩むことになり、CVBの風変わりな側面はロワリー以外のメンバーが組んでいたモンクス・オブ・ドームに引き継がれていく。しかし、ここ数年クラッカーのライブにかつての仲間が一人、また一人と加わり、ある日気がついたらゲストがみんなCVBのメンバーだったということになったらしい。こうしてまず02年に再結成ライブが行われ、自然な流れの中で生まれてきた新作だけに、充実した内容も当然といえるのかもしれない。スティーヴ・ライヒのカヴァーやエスニックなインスト等を含んだ音楽的なユニークさと旺盛な風刺精神という結成以来の伝統を守りながら、バンド史上最高のアルバムを作り上げたCVB。今後も要注目だ。

 調子に乗って書いていたらもう字数がない。続けて80年代復活組のアルバムをあと二枚挙げておこう。まず、やはり今年13年ぶりの新作が話題を呼んだクリス・ステイミー(60号参照)。同じレーベルから早くも次のアルバムが届いた。しかも、これまた久しぶりの顔合わせとなるヨ・ラ・テンゴをバックに従えての共同作業だから、両者のファンにとってはこれ以上うれしい贈り物はないはず。内容は選挙の投票を呼びかけるタイトル曲に加えてヤードバーズ、クリーム、テレヴィジョン等のカヴァーが半分、「Summer Sun」のセルフ・カヴァーも含むステイミーのオリジナルが半分といったところ。楽しんで演奏している様子が伝わってくる好盤だ。日本でのヨ・ラ・テンゴ人気はかなりのものだから、これをきっかけにしてステイミーに興味を持ち、ソロ〜dB'sと辿っていく人が増えると嬉しいのだが……。

 もう一枚はティム・リーの一年ぶりとなる新作を。昨年久しぶりの『UNDER THE HOUSE』をリリースして健在をアピールしてくれたのはこのコラムでも紹介した通り。ただ、前作は年輪が刻まれたというか、年相応の渋さを持ったアルバムで、悪くはないのだが、正直言って少し寂しいという気持ちもあった。それが今回はどうだろう。プロデューサーには往年の名コンビ、ミッチ・イースターも復帰。ここにきて、かつて率いたウィンドブレイカーズの全盛期に迫る力強さが戻ってきているのだから驚くなという方が無理というものだ。CVBほどではないとしても、こちらも聴く価値は大いにありと言っておきたい。

 最後に再発状況も駆け足で。一枚目だけでは物足りないと53号で不満を表明しておいた、ライノ・ハンドメイドのガダルカナル・ダイアリーだが、その後ちゃんと三枚目が再発されている。ひとまず安心すると同時に、残り二枚も早くと強く希望。今年のライノは同じくハンドメイドからハウス・オブ・フリークスの初期二枚やビート・ファーマーズのデビュー作など、他にも意欲的に米80年代の再発を続けているので、個人的に点数は高い。ただし、注目の四枚組80年代裏編集盤『LEFT OF THE DIAL』は編集にもう一工夫ほしかったところ。掘り起こしはまだまだこれからだ(?)。

1)CAMPER VAN BEETHOVEN『New Roman Times』 (Vanguard/Pitch-A-Tent/79779-2)2004

2)CHRIS STAMEY WITH YO LA TENGO『V.O.T.E.』 (Yep Roc/2089)2004

3)TIM LEE『No Discretion』 (Paisley Pop/POP102559)2004

4)GUADALCANAL DIARY『2×4』 (Rhino Handmade/RHM2 7873)1987/2004