カナダにブルズアイ(Bullseye)というレーベルがある。ここはカナダのアーティストだけでなく、米インディー・ポップ関係のリリースも数多く、中でもトリビュート盤に力を入れているのは有名だ。以前このコラムでも紹介したクラトゥへのトリビュート盤(99年)を皮切りに、ベイ・シティ・ローラーズ、スウィートへのトリビュートも編集し、ポップ・ミュージックに人一倍の愛情を持ったレーベルだということは、こうしたセレクションや参加ミュージシャンの顔ぶれを見ていれば納得できるに違いない。さて、そのブルズアイがこの夏、ついに決定版ともいうべきトリビュート盤をリリースしてくれた。敬意の対象は大物中の大物−−ビートルズである。

 僕くらいの年代になると、ビートルズのカヴァーと言われてすぐ思い出すのはスターズ・オンだったりして気恥ずかしいのだが、70年代もので個人的に印象深いのは『第二次世界大戦』のサントラだ。ロイ・ウッドやジェフ・リン目当てで購入したにもかかわらず、がつんとやられたのはヴォーカルのパワーが圧倒的だったフォー・シーズンズの方だったというのを今でもよく覚えている。他にも80年代から90年代にかけて、パット・フィア(ホワイト・フラッグ)を中心としたテイター・トッツのアルバムやNYのアンダーグラウンド派によるカヴァー集など、個性的なビートルズ・カヴァーはたくさんあったし、最近では何といっても『アイ・アム・サム』のサントラ(01年)が強力だった。だから、今回の企画を知ったとき、正直いって今さらビートルズ? と思ってしまったのも事実である。しかし、聴いてみて一安心。当たり前かもしれないが、ブルズアイならではの長所があちこちに感じられる力作トリビュートに仕上がっているのだ。

 二枚組、全50曲に及ぶ本作の大きなポイントとしては、ヴァラエティ豊かな参加バンドが挙げられる。カナダのレーベルだから、地元ゆかりのミュージシャンが数多く顔を出しており、ディー・ロング、テリー・ドレイパー(共にクラトゥ)、セガリーニ、キングズのようなベテランから、トム・フーパー(グレイプス・オブ・ラス)、デイヴ・レイヴ、ポール・マイヤーズまで、他ではなかなか揃わないセレクションはさすがだし、中核を担うモダン・パワー・ポップ勢も豪華な面子が集まっている。もはやこのコラムでは紹介不要のビル・ロイド、スポンジトーンズ、新作も最高だったマイクル・カーペンターといったあたりは貫禄たっぷりのストレートなカヴァーを聴かせてくれて文句なし。加えてロラスの「グッド・モーニング、グッド・モーニング」、アイタン・マースキーの「ドント・バザー・ミー」、ウォルター・クレヴェンジャーの「アイ・ウィル」といったところもそれぞれ持ち味のポップ/ロックンロール風味を生かした、ご機嫌なカヴァーに仕上がっているので、是非一聴を。

 さらに不案内な分野なので詳しくは触れないが、ヒップ・ホップやパンク、ハード・ロック等の異ジャンルからも何組か参加させて、アルバムが一本調子にならないよう工夫している点も評価できるし、ひねったカヴァーがなくちゃ駄目というマニアには、ブルース風に「エリナ・リグビー」を料理したアル・クーパー、聴いてびっくり、「シーズ・リーヴィング・ホーム」に大胆なアレンジを施したスティーヴ・バートン(元トランスレイター。この人はむしろオリジナルにビートルズっぽい曲があるので、ソロを聴いてみてほしい)等を推薦しておこう。

 また、これは初回限定サービスなのかどうかよくわからないけれど、僕が購入した盤には「NOT For Sale」と題された三枚目のディスクがおまけについてきた。おまけといっても全23曲の堂々たる内容で、本編と比べても遜色のない楽曲がそろっている。ドリーミー・ポップが得意のジェレミーなどは、ディスク2の収録曲よりこちらの「グッドナイト」の方に持ち味がよく出ている気がするし、エド・ジェイムズやブランブルズらの完成度も高く、なぜ本編に収録されていないのか不思議なくらい。これはやはり最初から三枚組の予定で制作されていたと考えるべきなのだろうか。−−それにしても、三枚で全73曲というヴォリュームはすごすぎる。彼らの残した曲を百八十曲程度とするなら、半数以上をカヴァーしている計算だ。もう少し厳選してスリムにできたのではと思う一方で、まだ少ないと思う自分がいたりして。ここまでやるならいっそ全曲カヴァー集でも作ればよかったのに……なんていう要望は財布と相談してからにしなくてはね。

 しかし、こうした米インディー/モダン・パワー・ポップ派を中心にしたトリビュート盤は一体何枚目になるのだろう。バッドフィンガーやラズベリーズ(共に96年)を始めとして、日本編集のボビー・フラー(99年)、ノット・レイムがリリースしたジーン・クラーク(00年)以降も、ポール・マッカートニー、シューズ、ジェフ・リン(以上01年)、ジョージ・ハリスン、スティッフ・レーベル、バブルガム・ポップ、ジーン・ピットニー(以上02年)、レッツ・アクティヴ(03年)等々、次から次へとよく出るものだと感心してしまう。今年に入ってからもティーンエイジ・ファンクラブ(日本盤はウィザード・イン・ヴァイナルから発売中)、ザ・フー、ヤング・フレッシュ・フェロウズらに捧げたアルバムが発売され、さらには11月にカーズへのトリビュートも予告されている。この傾向はまだまだ続きそうだ。後半はこれらを取り上げようかとも思ったが、同系列のアルバムを並べるよりも、僕の守備範囲である80年代米インディー・ロックと90年代のネオ・ルーツ・ロック、それぞれの大物に対するトリビュート盤が出ているので、そちらを紹介しておきたい。

 まず春に二枚組でリリースされていたのが、スティーヴ・ウィン(元ドリーム・シンジケート)へのトリビュート盤である。パット・トーマス、クリス・カカヴァス、シド・グリフィン、ロバート・ロイド、コンクリート・ブロンド、チャック・プロフィット、ラス・トールマン等、ウィンと関係の深いミュージシャンを中心にした28組が愛情溢れるカヴァーを寄せている。

 続いてオルタナ・カントリー/アメリカーナ・ファン必聴の二枚組−−アレハンドロ・エスコヴェドへのトリビュート盤も出ている。98年に一度だけ体験したライブの迫力は筆舌に尽くしがたいものがあった。シスコのパンク・バンド、ナンズに始まり、ランク&ファイル〜トゥルー・ビリーヴァーズ〜ソロに至るキャリアと音楽性はもっと日本でも語られるべきである。ルシンダ・ウィリアムス、スティーヴ・アール、キャレキシコ、ジェイホークス、サン・ヴォルトら全32組のカヴァーを収めた本作がそのきっかけになってくれればと切に思う。

 最後になったが、このトリビュート盤を楽しんだ人なら名前をご存知だろう、現在のオースティンを代表するロッカーの一人、ビーヴァー・ネルスンの来日が11月に決定したことをお伝えしておく。出たばかりの新作もよかったし、興味のある人は是非足を運んでみてほしい。詳細は本誌の告知欄をどうぞ。  

1)V.A.『It Was 40 Years Ago Today: A Tribute To The Beatles』 (Bullseye/BLR-CD-4060)2004

2)V.A.『From A Man of Mysteries: A Steve Wynn Tribute』 (Blue Rose/BLUCD0353)2004

3)V.A.『Por Vida: A Tribute To The Songs Of Alejandro Escovedo』 (Or Music/804022)2004