ヴェルヴェット・クラッシュとマシュー・スウィートの来日が八月に決まったと聞き、大いに喜ぶ。本誌のどこかに告知も載っているだろうから詳細はそちらでご確認を。それぞれ単独で見たかったという気もするが、あまり贅沢をいってはバチが当たるというものだ。今はとにかく七月にリリースされるヴェルヴェット・クラッシュの新作と、合同ライブを楽しみに待ちたい。

 それにしてもヴェルヴェット・クラッシュのデビュー・アルバムやマシュー・スウィートの『ガールフレンド』に衝撃を受けたのはもう13年前。随分昔の話になってしまったものだ。91年から92年にかけては、ちょうど個人的にアメリカのインディー・ポップに開眼し、輸入盤を買いあさっていた時期で、リチャード・X・ヘイマン、アダム・シュミット、スポンジトーンズなどなど、聴くものすべてが面白くてしかたがなかった。もちろん今のシーンだって面白いことに違いはないのだが、出会った頃が一番新鮮なのは、どんな分野でも同じだろう。当時愛聴したアルバムの一つが元dB'sの二人、ピーター・ホルサップル&クリス・ステイミーによる『Mavericks』だった。自然体のアコースティック・ポップがやたらと気持ちよく、それまでまともに聴いていなかったdB'sをあわてて買い集めるきっかけとなった思い出深い一枚だ。

 そのコンビの一人、クリス・ステイミーが六月に久しぶりのアルバムをリリースしてくれた。ソロ名義のフル・アルバムとしては実に13年ぶり。内容も期待を上回る出来だったし、今回は彼のことを詳しく取り上げておきたい。日本ではdB's時代を含めて、あまりに過小評価されていると思うからだ。近年はプロデューサーとしても活躍し、地元のルーツ・ロック派からも絶大な信頼を寄せられているステイミー。その歩みをたどってみれば、70年代のビッグ・スター(アレックス・チルトン)と90年代のパワー・ポップ勢との間をつなぐポジションが見えてくるだけでなく、さらにはライアン・アダムスのように新しいルーツ・ロッカーへと相関図を広げることもできる。アメリカのポップ・シーン、ルーツ・ロック・シーンを語るときには忘れてはならない重要人物の一人であることがよくわかるはずだ。まずは簡単な経歴から。

 クリス・ステイミーは54年12月生まれ、ノース・キャロライナ州出身。ウィンストン・セイラムにあるレイノルズ・ハイスクールに通っている頃にいくつかのバンドに関係する。同じ学校にはミッチ・イースター、ピーター・ホルサップル、ジーン・ホルダー、ウィル・リグビー等、錚々たるメンバーが揃っていて、離合集散を繰り返していたという。72年にはホルサップルやイースターと組んだリットンハウス・スクエア名義のミニ・アルバムがリリースされているが、これは習作というべきものらしい。本格的なキャリアは続いてミッチ・イースターと組んだスニーカーズからということになるだろう。76年頃に録音された音源は、シングルやミニ・アルバム『In The Red』として発表され、そのポップ・センスは高く評価される。その頃盛んになり始めていたパンク・ロック、中でもテレヴィジョンに大きく影響を受けたステイミーはイースターと袂を分かちNYへと移住。77年には以前からファンだったアレックス・チルトンと活動を共にする。やがて、ホルダーやリグビーをNYに呼び寄せて始めたのがクリス・ステイミー&dB’sである。78年にはホルサップルも参加し、翌年本格的にdB’sとしての活動がスタートした……。

 ううむ、こんな調子で書いていたら終わらない。少し先を急ぐことにしよう。最初の二枚をイギリスで発売し、順調に見えたdB’sの活動だったが、内部ではメンバー間の緊張が高まり、創始者だったステイミーは脱退することになる。後を受け継いだホルサップルを中心にバンドは89年まで活動を続けるが、ステイミーはソロ活動に移り、82年から91年までの間に四枚のアルバムを残した。初期の作品は、最初のアルバムとEPを併せリミックスを施した編集盤『It's a Wonderful Life』と『Christmas Time』の二枚に整理され、90年代初期にCD化されているので、今でも入手は難しくないはず。初期のステイミーが目指した方向は実験精神とポップ性の両立だったようだが、80年代を代表する傑作『It's Alright』(87年)ではポップ風味を強めている。

 その他この時期の注目すべき活動としてはゴールデン・パロミノスへの参加、ヨ・ラ・テンゴやピーター・ブレグヴァドのプロデュースなどがある。そうした課外活動を経て、前述の『Mavericks』、四枚目のソロ『Fireworks』(共に91年)、カーク・ロスとの連名アルバム(95年)等を発表。90年代半ばには故郷のチャペル・ヒルに戻り、一時期アラスカというバンドを組んでいたが、これは実を結ばず、スタジオを経営する傍ら、本格的にプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせた。地元のルーツ派を中心にウィスキータウン、フラット・デュオ・ジェッツ、アレハンドロ・エスコヴェド、ケイトリン・キャリー(ウィスキータウン)など、ポップ・バンドではメイフライズUSAなどを手がけ、実力派プロデューサーとしての評価を確立してきている。

 こうした中での今回のソロ・アルバムだから、もっとルーツ色を強めるのかと思っていたらそうでもなく、従来の路線から大きくはずれてはいないし、今までのファンも安心して聴くことができる。僕自身はdB’s時代を含め、ホルサップルのロッカー的な佇まいにひかれていた口だけれど、メロディー・センスという点ではステイミーの才能に一目置いているので、新作のようにポップ性重視のアルバムは大歓迎だ。

 冒頭を飾る「14 Shades of Green」はアラスカのEPで発表済みのナンバーだが、今回の録音ではより力強く生まれ変わっているし、「Alive」も93年のシングル・ヴァージョンに比べてエモーショナルなギターが大きくフィーチュアされ、一回りスケールが大きくなっている印象を受けた。落ち着いたムードは今までの流れを受け継ぎながら、曲によって瑞々しさを前面に押し出したり、アダルトな味付けを施したり、メリハリをきかせつつ、ドン・ディクソン、ピーター・ホルサップル、ジェフ・ハート、ライアン・アダムス、ティフ・メリット等、豪華なゲストをバランスよく配して、艶のあるアルバムに仕上げている。このあたりのセンスは優秀なプレイヤーであると同時に頭脳的/指揮者的な才能を兼ね備えたステイミーの面目躍如というべき部分だろう。内容がいいだけに、プロデュース業の傍らでいいから、これからも二年に一度くらいはこうしたソロ・アルバムで僕らを楽しませてほしいと切に思わせる、罪作りなアルバムなのだった。ヴェルヴェット・クラッシュやマシュー・スウィートの少し年上の先輩として、この新作をきっかけにもっと注目が集まってくれることを願う……。