あれはもう六年前−−98年のこと。テキサス州オースティンで毎年行われているSXSWに参加したとき、昼間に行われたドイツの優良レーベル、ブルー・ローズのショウケースにも足を運んでみた。トッド・ティボー、コンチネンタル・ドリフターズ、ラス・トールマン、イアン・マシューズ……次々と登場する豪華面子に胸をときめかせながら楽しんだ数時間、トリを努めたのは地元の注目バンド、レインレイヴンスだった。ほとんどの曲作りとヴォーカルを担当するアンディ・ヴァン・ダイクのハスキーで落ち着いた歌声、それにバンドの堅実な演奏は地味ながらも会場に優しく響き渡り、長時間に渡るイベントの締めくくりとしてはまさにぴったりの余韻を心に刻み込んでくれた。今でもあのときの高揚と安らぎを懐かしく思い出す。忘れられないひとときだった。

 今回はうれしい情報から。そのレインレイヴンスの中心人物、アンディ・ヴァン・ダイクが六月に来日するという。日程は以下の通り。正直に言って彼の歌声を日本で味わえるときが来るとは思ってもみなかった。ソロでの来日だから六年前とはまた違うとは思うが、心落ち着く、優しいひとときが楽しめることだろう。ぎりぎりの情報で申し訳ないのだが、まだ間に合う場合は是非会場まで足を運んでみてほしい。

 出かけてもいいけれど、その前にもう少し説明がほしいというあなた。おっしゃる通りです。日本では、というよりアメリカでも名前を知られているとは言い難いミュージシャンだから、それも無理はないと思う。アンディ・ヴァン・ダイクとはどんな人物で、レインレイヴンスというのはどんなバンドなのか、まずはそこから話を始めることにしよう。

 ドイツに生まれテキサス州フォートワースで育ったというアンディ・ヴァン・ダイクは59年生まれで現在44歳。ソングライターを目指すようになったきっかけは子供の頃大好きだったというジャクソン・ブラウンだという。その後ブルース・スプリングスティーンの音楽と出会って大きな影響を受ける一方、ジョン・プラインのようなSSWのファンでもあり続けた。最初に観たバンドはイーグルス。メンバー全員が平等に曲を書き、歌い演奏するというスタイルに憧れてバンドを組みたいと思うようになる。ここまで名前を挙げたミュージシャンの名前からも想像がつくように、彼の作る曲はどちらかといえばオーソドックス志向であり、シンプルでナチュラルな肌触りを持ったものが多い。昔ながらのアメリカン・ロック・ファンでも抵抗なく入っていける作風だし、若い人にはかえって新鮮な感じを与えるかもしれない。

 そんなヴァン・ダイクがドラマーのハーブ・ベロフスキー他二名と大きな理想を掲げて94年に結成したバンドがレインレイヴンスである。結成二年目にして地元の注目インディー・レーベル、デジャディスクと契約がまとまり、96年にデビュー・アルバムをリリース。僕が最初に聴いた彼らのアルバムがこれだった。かつてのウェスト・コースト派を思わせる風通しのよさが印象的で、何度も繰り返して聴いたことをよく覚えている。

 ここからは余談になるけれど、この二年ほど前−−94年あたりから始まったオースティンの音楽シーンへの興味は当時僕の中でピークに達しており、ウォーターメロンやドスといったレーベルにはまりながら、このシーンを掘り下げている最中だった。当然デジャディスクのアルバムも、手に入るものは全部買っていた。中でも一番気に入っていたのは以前ここでも取り上げたことのあるマイケル・ホール(ワイルド・シーズ)だったが、他にもマイケル・フラカッソ、リサ・メドニック、ベテランのレイ・ワイリー・ハバード、あるいはワナビーズ(レイヴァーズのジョン・クロスリンがプロデュースを担当していた)など、正統的なSSWからちょっとノイジーなギター・ポップまで、これらのアルバムから断片的に伝わってくる、テキサスの素晴らしい音楽シーンに羨望の思いを抱きつつ、いつか行くぞと決意を固める日々を過ごしていたのだった。しかし、内容の充実にもかかわらず、売れ行きはもう一つだったようで、デジャディスクは96年に惜しまれつつ閉鎖。さらにウォーターメロンも次第にリリースのペースが落ちていく。デビューを果たしたばかりだったレインレイヴンス、スティープルジャックといったバンドの行く末を心配したのは僕だけではなかったはずだ。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。前述のブルー・ローズへの移籍がスムーズに決まり、レインレイヴンスは97年に無事セカンドをリリースすることができた(このあたりの流れは作風も併せて、アメリカのズーからデビューした後ドイツのグリッターハウスに移籍、先頃来日を果たしたニール・カサールを思わせる。ドイツ人を尊敬するのはこういうときだ)。もっともこのまま上り調子かというとそうでもなく、ほどなくしてメンバー二人が脱退。ヴァン・ダイクは残ったベロフスキーと共にバンドの存続を図ることに。とりあえず友人−−ガーフ・モリックス(ルシンダ・ウィリアムスとの活動で知られる。ソロもあり)、イアン・マクレガン(フェイセス)等、オースティンの大物ミュージシャンを含む−−をゲストに迎えて三枚目を完成させる。その後メンバーの出入りは続くものの、ヴァン・ダイクの味わい深いソングライティングとベロフスキーの的確なドラミングという二本柱は変わることなく、01年には今のところ最新作である『One Last Saturday Night』を発表。自然体の魅力が健在であることを強く印象づけた。昨年はオリジナル・メンバーのデヴィッド・デュシャーム=ジョーンズ復帰という嬉しいニュースもあり、新たなベーシストも加入したという。現在は新メンバーで新作の準備中というから、音が届くのを楽しみに待ちたい。

 こうした中で、今回の来日が決まった裏には熱心なファンの後押しがあることは言うまでもない。来日記念盤としてレインレイヴンスのベスト盤(過去の四枚から均等に代表曲が選ばれており、入門編として最適)をリリースしたDoveレコーズ、および「Dove World Headquarters」というグループ主宰のI氏は、オースティンに代表される新しいルーツ・ロック・シーンに魅せられ、それを日本でも紹介していこうという強い情熱を持っている。今回の招聘はその第一弾ということだが、うまく軌道に乗り、第二弾、第三弾と続くことを強く願う次第だ。

・RAINRAVENS /Rainravens (Dejadisc/3226)1996

・RAINRAVENS /Diamond Blur (Blue Rose/0049)1997

・RAINRAVENS /Rose of Jericho (Blue Rose/0084)1999

・RAINRAVENS /Travelling Heavy 1996-2001 (Dove Records/DOVE-041)2004