のっけから他誌の話で申し訳ないのだが、先日『THE DIG』誌のチープ・トリック・インタビューを読んでいて、ちょっと嬉しかった、また、ちょっと寂しかった箇所がある。というのはリック・ニールセンがこんな発言をしていたのだ。

「実は昨日リチャード・オレンジからメールをもらった。ザイダー・ジーにいた人なんだが、あれも素晴らしいバンドでね。何ら実績を残せず、彼はいまだに苦労している。本当にすごいバンドだったのに……」(『THE DIG』34号)

 嬉しかったのは、ニールセンもまたオレンジの才能を買っている一人なんだという事実が改めてわかったこと。寂しかったのは「彼はいまだに苦労している」という部分。この世界では、才能があっても報われることのないことがいくらでもあるのは承知しているけれど、お気に入りのアーティストが苦労していることを知らされるのは、結構つらいものがある。及ばずながら日本における数少ない(?)オレンジ・ファンの一人として、できるだけのことをしておかなくてはと思った次第。そんなわけで、今回はリチャード・オレンジについて。

 とはいうものの、僕がザイダー・ジーとリチャード・オレンジの名前を知ったのはそれほど古い話ではない。七年ほど前にトミー・ホーエンのアルバム『OF MOONS & FOOLS...』を購入してライナーを読んでいたとき、ザイダー・ジー(オランダのゾイデル海のことらしい)という聞きなれない名前を目にしたのがそもそもの始まりだった。もちろんただ変わった名前というだけならそれほど気になるわけがなく、ビッグ・スターやヴァン・デューレンと共に、メンフィス・ポップを代表するバンドとして扱われていたのである。早速僕がアルバムを探し始めたのは言うまでもないだろう。

 ほどなくして手に入れた唯一のアルバム『ZUIDER ZEE』(75年)はビートルズやスタックリッジにも通じる英国ポップ風味を持った佳作で、たちまち愛聴盤の一枚となった。このアルバム、以前本誌9号の「ビートルズの遺伝子/マッカートニー・メロディーズ」でも紹介させていただいたので、ご記憶の方があるかもしれない。曲作りの中心であるリチャード・オレンジの名前もそのとき初めて知り、いろいろと調べているうちに、彼自身のサイトを見つけた。詳しい経歴を知ることができたし、今も曲を作り続けていることがわかったのは大きな収穫だった。特にMp3のサイトで聴くことのできた「Beatlesque」という新曲は、タイトル通りビートルズへの見事なオマージュとなっており、彼のポップ・センスが今も侮れないものであることを十分物語っていたのである。

 簡単にプロフィールを紹介しておこう。70年代に音楽活動を始めたリチャード・オレンジは、まず四人組ポップ・バンド、ザイダー・ジーの中心人物として頭角を現した。バンドは前述のアルバム『ZUIDER ZEE』によってデビューを飾り、メンフィスを拠点にして活動を続ける。78年にはマーキュリーのためにシングルを作り(発売はされなかった模様)、79年にDJMからシングル「Supernatural」を発売するが、大きな成功を得られず、バンドは自然消滅。オレンジは84年にイギリスへ、その後はNYへと拠点を移し、ソングライターとして、さまざまなアーティストに曲を提供していくことになった。中でもシンディー・ローパーが取り上げ、映画『バイブス秘宝の謎』(88年)の主題歌にもなった「Hole in My Heart」は、この時期の代表作である。映画が興行的にふるわなかったせいもあり、オレンジにスポットが当たらなかったのは返すがえすも残念だった。他にはジェーン・ウィードリンが『TANGLED』(90年)で彼の「Paper Heart」を、ブラジル出身のシンガー、デボラ・ブランドが『A DIFFERENT STORY』(91年)で「Other People's Houses」を取り上げている。また、これら以外にもさまざまなプロジェクトに参加しているが、細かいチェックをするには彼のサイトを一度のぞいてみてほしい。現在オレンジはオクラホマ州タルサに腰を落ち着け、地道に音楽活動を続けている。02年には自主制作CDRではあるけれど、待望の初ソロ『BIG ORANGE SUN』がリリースされ、今後の活躍に一層期待が高まっているところだ。

 次に、気になる初ソロの内容だが、アルバムはまずマッカートニー色の濃い「Mental Dentist」で幕を開ける。曲でいえば「カミング・アップ」からテクノ色を抜いて、もう少しラフにした感じだろうか。ザイダー・ジー時代と比べて声は少しハスキーになっているが、エネルギッシュな唱法からはブランクを感じさせない気迫が十分伝わってくる。続く「All The Way to China(Hole in My Heart)」はシンディー・ローパーに提供したナンバーのセルフ・カヴァー。スライド・ギターの効果的な使い方に工夫の跡がうかがえ、スピーディーでクールなシンディー版もよかったけれど、こちらの武骨な肌触りと温かみも悪くない。この後も荘厳なムードで迫るポップ・バラード「Fall Off The World」、伝説のサン・スタジオ録音を大きく謳うのも納得できるワイルドなロックンロール「Absolutely Positively」など、独自の多彩な魅力をアピールする仕上がりを見せている。

 とはいっても、やはり奥まで染みこんだビートルズからの影響は隠しようもなく、ピアノとストリングスが印象的なマジカル・ポップ「Big Orange Sun」や「Ballad of Captain Morgan」あたりのムードはまさしく67年頃のビートルズそのもの。そして、この傾向を代表するのが、ボーナス・トラックとして収録された「Beatlesque」だろう。「アイ・アム・ザ・ウォーラス」や「ストロベリーフィールズ・フォーエヴァー」の影がちらつくこのナンバーからは、ビートルズ(特にここではジョン・レノン)への深い敬意と、彼らの技法を自家薬籠中のものとしているオレンジ自身の才能がひしひしと伝わってくる。こうした実験性とポップ性をうまく組み合わせたナンバーに対して、30年以上も前のアプローチをゴールにしてしまっていては意味がないという批判は簡単にできるけれど、ここは素直に優れた愛情表現として評価しておきたい。

 スクラフスやトミー・ホーエンの場合、アーデント絡みの話題やアレックス・チルトンとの結びつき、あるいはパワー・ポップという観点から再評価もしやすかったのだが、オレンジの場合は彼らと同時期にメンフィスで活動していたにもかかわらず、人脈的な結びつきが不思議と見当たらず、音楽的にもカルトと呼べるほど強い個性がないため、再評価のポイントが見つけにくいという問題は確かにある。しかし、だからといってこのまま埋もれた存在にしておくのはあまりに惜しい。ザイダー・ジーのアルバムをまずソニーがCDで再発すること。さらにオレンジの新作が正式な形で配給されること。取りあえず、この二点の実現を強く願う次第です。

・ZUIDER ZEE/Zuider Zee (Columbia/PC33816)1975年

・CYNDI LAUPER/A Night to Remember (Epic/Sony/25-8P-5230)1989年 *日本盤のみ「Hole in My Heart」収録

・RICHARD ORANGE/Big Orange Sun (Oak Media/505-1)2002年 *www.richardorange.com を通して購入可能

・RICHARD ORANGE/Big Orange Sun (DVD/Oak Media/No Number)2002年 *キャリアをかいつまんで紹介したプロモDVD