とうとうウォーレン・ジヴォンが死んでしまった。以前からガンであることを公表していたので、驚きはなかったが、それにしても、残念というしかない。遺作となった『WIND』については既にあちこちで紹介さられているから、ここではあえて触れず、個人的にいくつか思いつくことを雑然と書き留めて、追悼に代えたい。

 その1)ミステリとの接点。ジヴォンが一時期ロス・マクドナルドに凝っていたのは有名な話(マクドナルド本人からアル中を治すよう忠告されたという話もある)。もともと僕はハードボイルドと言われるジャンルにそれほど興味がなかった。大昔にチャンドラーを読んでピンとこなかったことがその理由だが、あるときジム・トンプスンの『内なる殺人者』を読んで、これは違うと感じた。べらぼうに面白いのである。特にラストのぶち切れ具合には圧倒された。続いて手をのばしたジェイムズ・エルロイ『ブラック・ダリア』にも感心した。トンプソンほどの狂気は感じられないが、異様なまでの熱気と密度の濃さはただごとではないと思わされたものだ。なるほど、自分が求めていたのはこうした犯罪小説、すなわち「暗黒小説(ロマン・ノワール)」だったのかと納得した次第。いわゆるハードボイルド小説の中でも、私立探偵が法や正義を代弁するパターンから離れて、犯罪の奥に潜む狂気や情念に焦点を当てた小説を特にこう呼ぶらしい。当然のことながら映画の「フィルム・ノワール」とも関連が深い。では、音楽の世界にも「ソング・ノワール」が存在するのではないか? と思った人は正解です。

 ジヴォンの二枚組ベストに寄せたコメントで、ジャクソン・ブラウンは彼のことをこう評している。

「ソング・ノワールを最初に支持した男であり、一番の擁護者だね」

 確かにその通りだろう。ジヴォンは歌の中で暴力や死について、繰り返し語っている。たとえば無法者たちが政府に楯突き(「フランクとジェシ・ジェイムズ」)、傭兵の銃が火を吹く(「ローランドの首」)といったように。中でもすごいのは「エキサイタブル・ボーイ」。ここでは一人の少年が少女を強姦して殺したあげく死体を家に持って帰るばかりか、最後には彼女の墓を暴き、骨で籠を作り上げるという、かなり猟奇的な内容が歌われているのだ。このあたりの感覚はロス・マクドナルドよりもむしろトンプスンやエルロイに近く、まさしくロマン・ノワールの世界と言っていい(当時の言い方を借りれば「ロック界のサム・ペキンパー」か)。サイコ・ホラー全盛の今でもちょっとやり過ぎという気がするのだから(僕だけ?)、70年代当時のファンが驚いただろうことは想像に難くない。

 こうしたノワール感覚に加えて、シニカルなユーモア感覚もジヴォンの魅力の一つだ。そもそも代表作「ロンドンの狼男」の冒頭は狼男が中華街でヤキソバ(?)を探している場面だし、他にも自殺しようとしてレールに頭を置いても列車が来ないから「俺はついてない」とぼやく男とか、「眠るのは死んでから」と語る酔っ払いとか、逆説的なおかしさが漂っている。

 何作かジヴォンと共作もしているカール・ハイアセンは、一風変わった作風で知られるミステリ作家であり、ノワールというわけではないが、独特のユーモア感覚の方に共通点を見出すことができる。彼の出世作『殺意のシーズン』(86年)を見てみよう。フロリダの自然破壊に反対するテロリストの集団が観光客を誘拐する、という出だしはまともなサスペンス風だが、その方法はというと、自然破壊をもたらす原因である観光客とその最大の犠牲者である鰐を戦わせて、どちらが生き残るべきか決定しようという、常軌を逸したもの。この勝負、もちろん鰐が勝つのである。

 その2)SFとの接点。88年に来日を果たしたジヴォンは次作について、こんな発言を残している。

「ウィリアム・ギブスンやトマス・ピンチョンなど、サイバーパンクの作家たちに影響を受けたアルバムなんだ。大きなテーマというほどのものではないけど、近未来社会を素材にしている」(「ミュージック・ライフ」88年9月号)

 これを見たときには正直驚いた。確かにサイバーパンクはSF界のみならず、当時の最新トレンドとして、あちこちに浸透し、音楽界でもその影響を受けた動きが結構あったけれど、まさかジヴォンがと最初は思ったのだ。だが、よく考えてみるとサイバーパンクを代表するギブスン『ニューロマンサー』(84年)自体が暗黒小説の影響下に書かれており、主題のいくつか(権威に組しないアウトロー、グローバルな視点など)はもともとジヴォンの描いてきたテーマと重なり合っている(中近東への興味はエフィンジャーとも共通)。ピンチョンについては、むしろサイバーパンクに影響を与えた側というべきだが、ヴィジョンが通底すると見抜いたあたりは慧眼というべきか。完成した『TRANSVERSE CITY』(89年)は狙い通り、退廃した未来社会を描写しながら従来のファンを置き去りにせず、いかにもジヴォンらしい仕上がりとなった。ネットワークやハッカーを出せばサイバーパンクだという表面的な模倣に比べて、ノワール的感性やピンチョンという先駆者からサイバーパンクに接近するというジヴォンのアプローチは、SFサイドから見てもかなりユニークだったと思う。

 思ったより長くなってしまった。本当はこちらを本題にするつもりだったのだが、ジヴォンに続く「ソング・ノワール」の支持者たちを最後に駆け足でまとめておきたい。

1)モーフィン/元トリート・ハー・ライトのマーク・サンドマン(こちらも故人)が新たに結成し、90年代のロック・シーンに独自の地位を築いたオルタナ・バンド。サンドマンはかなりの読書家で、トンプソン、エルロイはもちろん全作読んでいたという。フィルム・ノワールにも造詣が深く、音楽にもこうした嗜好が色濃く反映されていた。

2)スタン・リッジウェイ/元ウォール・オブ・ヴードゥーのヴォーカリスト。86年から91年にかけて発表した三枚のソロはいずれも映画的、散文的な歌詞が特徴。ノワールという点からのお薦めはハードボイルド・タッチがほとんどを占める『MOSQUITOS』(89年)だが、SF風のナンバーを含んだ『PARTYBALL』(91年)も面白い。

3)スティーヴ・ウィン/ドリーム・シンジケート時代からトンプスンを愛読し、『DAZZLING DISPLAY』(91年)ではエルロイに影響を受けたナンバーも収録。クリス・カカヴァスをメンバーに迎えた最新作『STATIC TRANSMISSION』でも独自のソング・ノワールをたっぷり聞かせてくれる。『俺たちの日』(96年)が日本でも話題となったミステリ作家、ジョージ・P・ペレケーノスはウィンの大ファンとしても有名。  他にも名前を挙げたいアーティストは多いが、今回はここまで。しかし、この連載だんだんポップから離れてきてるな……。

1)WARREN ZEVON/I'll Sleep When I'm Dead(An Anthology) (Rhino/R2 73510)1996

2)MORPHINE/Cure for Pain (Ryko/10262)1993

3)STAN RIDGWAY/Mosquitos (Geffen/2-24216)1989

4)STEVE WYNN & THE MIRACLE 3/Static Transmission (Blue Rose/BLUCD0300)2003