90年代に登場したSSWの中で、最も印象的なのは誰か? という問にはさまざまな答があるだろう。アメリカ、カナダに話を絞るなら、日本でもお馴染みのロン・セクスミスやジェフ・バックリイだという人があれば、フリーディー・ジョンストンやジョー・ヘンリー、あるいは渋いところでヴィック・チェスナットの名前を挙げる人がいてもおかしくはない。コンスタントに力作を発表し続けているリチャード・バックナーも忘れてはいけないし、女性に目を移せば、ギリアン・ウェルチ、ダー・ウィリアムス、ジュリー・ミラーなど、いくらでもリストは続いていく。ここまでは比較的日本での知名度が高い名前を挙げてみたつもりだが、もっとマイナーな存在でもかまわないということであれば、個人的にぜひ名前を挙げておきたいSSWが一人いる。それが今回紹介するニール・キャサールだ。

 僕がニール・カサールの名前を覚えたのは95年のこと。デビュー作『FADE AWAY DIAMOND TIME』を店頭で見かけて買ったのが最初の出会いだった。当時全く無名だった新人のアルバムをなぜ買ったのかというと、一つにはこれがズーのリリースだったからである。当時このレーベルはマシュー・スウィートだけでなく、オッズ、ウェッブ・ワイルダー、サニー・ランドレス等、好みのアーティストが結構所属していて、大きなはずれはないだろうと思ったのだ。もう一つの理由はプロデューサーのジム・スコットという名前に何となく聞き覚えがあったこと。後で確認したら、その頃気に入っていたローエン&ナヴァロ、ヴィジランティズ・オブ・ラブらのアルバムでもプロデュースを担当していたので、それが記憶に残っていたのだろう(ウィスキータウンやジェイムズ・イハを手がけて有名になるのはもっと後の話になる)。さらにいえば、ギターを抱えた、セピア色の素朴なジャケット写真にも好感を持った。

 早速家に帰って聴いてみたところ、ジャケットのイメージ通り、ずばり好みの、マイルドでアーシーなアメリカン・ロックがぎっしり詰まっていて、たちまち愛聴盤の仲間入りを果たすことに。昔も今も、僕はこういうオーソドックスな歌を作る人に弱い。パワー・ポップも大好きだが、ほっと一息つきたいときにはやはりこうした、適度にアーシーで適度にフォーキーな音楽が自分にはぴったりくる。ニールの作る曲の良さはもちろん、参加メンバーにはドラムにドン・ヘフィントン、スライド・ギターにグレッグ・リーズ、ベースにボブ・グラウブと西海岸の一流どころをずらりと揃えており、演奏は当然のことながら完璧。旧友ジョン・ギンティの奏でるハモンド・オルガンのノスタルジックな音色も見逃せない。くせのないヴォーカルと正統派のサウンドから、僕が真っ先に連想したのはジャクソン・ブラウンだったけれど、グラム・パーソンズや『ハーヴェスト』の頃のニール・ヤングを連想させるところもあり、70年代のカントリー・ロック、もしくはウェスト・コースト・サウンドを思わせる落ち着いた仕上がりは、とても新人のデビュー作とは思えなかった。

 ここで簡単に彼のプロフィールを紹介しておこう。68年、ニュー・ジャージー州デンヴィル生まれ。子供の頃に大きな影響を受けたのは、13才の誕生日にプレゼントされたストーンズの『メインストリートのならず者』。同時に買ってもらったアコースティック・ギターで、一生懸命コピーに励んだというエピソードは彼のルーツを理解する一助となるに違いない。その後はストーンズを通してマディ・ウォーターズ、フレッド・マクドウェル、あるいはグラム・パーソンズなどのブルース/カントリーに傾倒するようになったという。90年にはレイナード・スキナードのメンバーが組んだサザン・ロック・バンド、ブラックフットにギタリストとして参加したものの、すぐに脱退。ソロの道を模索しているとき、デモ・テープにズーが興味を持ち、前述のデビューに至る。

 ちょっと話はそれるが、アメリカの小さなレーベルやローカル・シーンを追いかけていると、意外なところでストレートなサウンドに驚かされることがよくある。僕の中で90年代前半から中頃にかけてのネオ・ルーツ・ロック(当時はまだオルタナティヴ・カントリーやアメリカーナという言葉はなかった)というのは、実はこうした出会いを基本にしている。それは例えばヘルス&ハピネス・ショウであり、サイロズやシュラムズだった。あるいは、キャンパー・ヴァン・ベートーヴェン〜クラッカー、dB's〜コンチネンタル・ドリフターズといった、ポップ・バンドからルーツ・ロックにつながる流れをここに加えてもいい。実際の前後関係は別にして、そこに初期ウィルコ/サン・ヴォルト、ジェイホークスらが合流し、大きく盛り上がったのがこの時代だったと自分では思っている。ズーを経由したニール・カサールの登場はその意味で、まさに象徴的だった。少なくとも僕にとって『FADE AWAY DIAMOND TIME』は、90年代のネオ・ルーツ・ロックを代表する、重要な一枚であり続けるだろう。

 さて、デビュー後のニールに話を戻すと、残念ながら契約直後、ニールを推していた人物がズーを去ってしまう。予定通りアルバムは発売され高い評価を得たものの、レーベルの協力はほとんど得られないまま契約は打ち切り。前作から一転してアコースティックな弾き語りをメインとした『RAIN,WIND AND SPEED』(96年)は、NYのインディーからひっそりと発売された。その後は1stの大ファンだったという代表者からの申し出によりドイツの優良レーベル、グリッターハウスと契約がまとまり、高レベルのアウト・テイク/デモ集『FIELD RECORDINGS』(97年)、1stの路線を受け継いだ『THE SUN RISES HERE』(98年)、ホーム・レコーディングを主体にした『BASEMENT DREAMS』(99年)、ケニー・ロビー(6ストリング・ドラッグ)と組んだ『BLACK RIVER SIDES』(99年)と順調にアルバムを発表し続けている。中でもソロ最新作『ANYTIME TOMORROW』(00年)は、ホーン・セクションを導入して、南部風味を大きく表面に出した「Willow Jane」のように力強いナンバーを含んだ力作だった。

 ここしばらくは他人のアルバム(エイミー・アリスン、ダンカン・シーク等)やツアー(ルシンダ・ウィリアムス、シェリル・クロウ等)への参加など、サポート活動が忙しかったようだが、昨年はNY出身の女性SSW、シャノン・マクナリーとのデュエットEP、彼女のツアー・メンバーと組んだ新バンド、ヘイリー・メラーゼのアルバムをリリース。後者ではロック色の濃いアプローチを示し、今後の展開にファンの関心が高まっているところだ。

 そんなニールの単独来日公演がこの10月に予定されている。日本で彼の歌が聴ける日が来るとは思ってもいなかっただけに、嬉しいニュースである。詳細は告知欄(P.??)を参照のこと。ファンならずとも、これはお見逃しのないように。

1)NEAL CASAL/Fade Away Diamond Time (Zoo/72445-11110-2)1995

2)NEAL CASAL/Field Recordings (Glitterhouse/GRCD429)1997

3)NEAL CASAL/The Sun Rises Here (Glitterhouse/GRCD430)1998

4)NEAL CASAL/Anytime Tomorrow (Glitterhouse/GRCD478)2000