先々月号で昨年を振り返ったときに、重要なアルバムを一枚挙げ忘れていた。ヴィニール・キングズの『A LITTLE TRIP』である。何がどう重要かというと、このアルバム、明確にビートルズ路線を狙って作られているのだ。ラトルズとかユートピア(トッド・ラングレン)とか、昔から僕はこの手のアルバムには目がない方だから、かなり点が甘くなるのはご容赦いただきたい。本誌でも最近のポップ・バンドの中から〈ビートルズの遺伝子〉を持つバンドがよくピック・アップされているけれど、そのほとんどは自分たちの音楽を作ることが最大の目標であり、スポンジトーンズやトゥー・リップスのような例外を除いて、一枚まるごとビートルズにオマージュを捧げるという目的からアルバムを作っているバンドは少ないと思う。

 その点、ヴィニール・キングズの目標は最初からビートルズ風のアルバムを作ることにあり、そもそもの成立事情が普通のバンドとは違っているわけだ。ウェッブ・サイトでも、かつてエド・サリヴァン・ショーのビートルズを見た少年たちがその雰囲気をキャプチャーして曲を作り上げた、と説明されている。

 メンバーを見てみよう。共作を含めて13曲中八曲を書いているジョッシュ・レオは、70年代から活躍しているソングライター兼ギタリスト兼プロデューサー。今までに六曲が全米NO.1に輝き、プロデューサーとしてグラミー賞にノミネートされたこともあるとか。一緒に仕事をしたアーティストを挙げると、アラバマ、ジミー・バフェット、キム・カーンズ、グレン・フライ、レイナード・スキナード等、大御所がずらりと並ぶ。続いてはこちらも70年代から活躍し、オザーク・マウンテン・デアデヴィルズのメンバーとして知られるラリー・リー。過去にリタ・クーリッジ、ジミー・バフェットらのアルバムに参加し、プロデューサーとしてアラバマを手がけたこともある。ジョッシュ・レオとはジミー・バフェットのツアーで知り合って以来の友人とのこと。この二人を中心にして、ラリー・バイロン、ジム・フォトグロ、ハリー・スティンソン(元スティーヴ・アール&デュークス)、マイケル・ローズを加えた六人がヴィニール・キングズということになる。

 ノット・レイムで購入したときはてっきり新人なのかと思っていたら、とんでもない。いずれもサザン・ロック/カントリー・ロック界で活躍してきた大ベテランばかり。この内ジョッシュ・レオとマイケル・ローズの二人は、ロドニー・クロウェルが組んだサイド・プロジェクト、シカーダスにも参加している。これは重要なポイントだと思う。前にもどこかで書いたように『CICADAS』(97年)にはビートルズ風の楽曲がいくつか収録されており、スティーヴ・アールの『トランセンデンタル・ブルース』(00年)と並んで、ルーツ・ロック・サイドのビートルズ志向という点では見逃せないアルバムだった。レオとリーがそれなら俺たちだって、と思ったかどうかは定かではないが、『A LITTLE TRIP』は、生粋のビートルズ世代が大きな感謝を込めて紡ぎあげた、見事なオマーシュ・アルバムである。全13曲、いずれもオリジナルでありながら、ギミックをうまく使いこなしビートルズの持っていたマジックを再現するという離れ業を成功させている。メンバー構成から予想されるようなカントリー風でもサザン・ロック風でもなく、まさにビートルズそのままという点が大きな特徴だろう。

 また、これにはナッシュヴィルという環境もプラスに作用しているはずだ。ミュージシャンとしての生計をセッションでたてながら趣味の世界に没頭できるというのは、全米きっての音楽都市ならではの話に違いない。ナッシュヴィル産の寄り合いポップ・バンドというと、最近ではスワッグを思い出すが、彼らはここまでビートルズにこだわっているわけではなかった。それにしてもスワッグより一回り上の世代から、これほど瑞々しくポップなアルバムが届けられるとは。40代、50代のオールド・ファンにも強くお薦めです。

 さて、ビートルズといえば、もう一人この人も忘れられない。マッカートニー風のメロディを書かせたら右に出るものがいないデヴィッド・グレアムである。もっともこの人の場合は意識して作っているというよりは、曲を書くと自然にそうなってしまうというような節があり、その点はヴィニール・キングズとは異なるスタンスを持っているように思う。過去の二枚はいずれも素晴らしいアルバムだったし、このコラムでもプッシュしてきたけれど、その後は編集盤を二枚発表したくらいで、あまり目立った活動がなく、どうしたのだろうと思っていたところ、今年に入ってから大きな動きがあった。まずノット・レイムのリストに過去の四枚全てが掲載され、購入可能に。それだけでなく、全て購入したファンには限定でリリースされていた『EMITT ROAD』が無料で手に入るというおまけつき。正直迷ったけれど、既に持っているアルバムをまた買うのもしゃくなので、取りあえず未入手だった編集盤だけを購入。幸い『EMITT ROAD』単体での購入もその後可能になったので、喜んで11ドルを払う(しかし、これってどうなんだろう。僕は助かったけど、最初に重複承知で四枚買った人は怒ると思うよ。まあ、ノット・レイムのたくましすぎる商魂は今に始まったことじゃないけどね)。加えて四月には新作『DT & THE DISAGREEABLES』が出るというニュースも報じられた(ただし、これは発売延期になる可能性もあるようだ。ノット・レイムのサイトでも三月下旬現在、彼のアルバムは全てリストから消えてしまっている。どうも何かトラブルがあったようなのだが、詳細はまたわかり次第お伝えしたい)。

 それはそれとして、入手した三枚の感想を。『POWER STATION SESSIONS』は名前の通りパワー・ステイションでのセッションを収録したもの。曲自体は悪くないのだが、アレンジは80年代の薄っぺらなデジタル臭が強すぎて僕にはもう一つ。しかし、最近の録音と思われる『ONE BRICK SHORT』の方は素直に楽しめた。マッカートニーのソロ初期を思わせる持ち味がよく出た小品集といった感じ。『EMITT ROAD』は、これが11ドル? と思わざるを得ない、カラー・プリンタで印刷したA4用紙を折りたたみ、むき出しのCD−Rを挟み込んだだけの外見がまず情けない(アビー・ロードしている写真を見てもらいたくて掲載したが、実際はこれ、ただのコピー用紙です)。だが、内容は最高なのだ。最後のインスト15曲は多すぎる気もするが、他の11曲は『ONE BRICK SHORT』と同傾向ながら曲の水準が高く、アレンジもしっかりしている。ううむ。なぜこれが正式発売されないのか? アメリカ人が理解できないのはこういうときだ(むしろビートルズ・マニアの多い日本の方が可能性はありそうな気がする。レコード会社の方いかがですか?)。新作も無事発売されることを願いつつ次回につづく。

1)VINYL KINGS/A Little Trip(Vinyl Kings/VK6401-2)2002 http://www.vinylkings.com/

2)DAVID GRAHAME/The Power Station Sessions: 1982-86(Dog Turner/CD-R)2001

3)DAVID GRAHAME/One Brick Short(Dog Turner/CD-R)2001

4)DAVID GRAHAME/Emitt Road(Dog Turner/CD-R)2002