このところシンコーから出る予定のディスク・ガイド『パワー・ポップ』の仕事にかかりきりで、新譜を聴いている暇がない。つんどく状態の本はたくさんあるけれど、CDまでそんなことになるとは思ってもいなかった。ジェイ・ファーラーもライアン・アダムズ(祝日本盤発売)も一度耳を通しただけで、置きっぱなし。ノット・レイムから届いた封筒は封を切っただけでまったくの手つかず。来月にはまた新しい音に戻るつもりだが、今回はそんなわけで前回に引き続き、旧譜の紹介を。

 ずっと洋楽を聴いてきて、個人的なターニグ・ポイントというのはいくつかあるけれど、僕の場合は90年代初期(ってもう十年前になるのか……)におけるヴェルヴェット・クラッシュの1st『イン・ザ・プレゼンス・オブ・グレイトネス』とマシュー・スウィートの三枚目『ガールフレンド』の衝撃はかなり大きなものだった。作品として優れていたことはもちろん、シーンの主流が面白くなく旧譜やイギリスものばかり聴いていた僕にとって、アメリカのインディー・ポップに目覚めるきっかけとなり、音楽はラウドなギターとメロディーだと改めて基本を確認させてくれた点で、この二枚は忘れられないアルバムだ。その後ファンジンを作るようになってさまざまな出会いがあったわけだが、原点にはいつも彼らの音楽があった。ここにこうしてアメリカのポップ音楽に関する原稿を書いているのだって、彼らの影響があればこそなのである。

 さて、そんな懐かしの90年代前半を今振り返ってみると、ヴェルヴェット・クラッシュ、マシュー・スウィート以外にもたくさんポップなバンド/アーティストが存在した。ジェリーフィッシュ、レッド・クロス、ポウジーズあたりは本書読者にもすっかりお馴染みだろうが、マテリアル・イシュー、グリーンベリー・ウッズ、アダム・シュミット、リチャード・X・ヘイマン等、知名度では先のバンドに及ばないものの、内容的には決してひけをとらないアルバムをメジャーから発売していたことは忘れられない。このあたりは今でも探せば簡単に入手可能だし、ちょっとでもアメリカのポップ・シーンに興味のある人なら既にその素晴らしさはよくご存知だろう。

 これから紹介するのは、同時期にリリースされ、同じようにポップだったにもかかわらず、インディーであるがゆえにほとんど話題にならなかった埋もれた名作(の一部)である。僕自身、後追いで知ったバンドがほとんどだが、前記のバンドが好きだという人なら探す価値はあるアルバムばかりだ。

 まずは以前この連載でも88年のEP『Film at 11 EP』を紹介したことのあるロックフォニックス。唯一のアルバム『Get the Picture?』を89年の作品と書いてしまいましたが、今回よく見直したらクレジットは90年でした。彼らはNYを拠点に活動したロックンロール/パワー・ポップ・バンド。その音楽性は90年代のノイジーなギター・バンドとは一線を画し、70年代後半のオリジナル・パワー・ポップ・バンドにも似たストレートな魅力を持つ。ナーヴスやプリムソウルズにも通じるシンプルでパワフルなビート感覚を持った好バンドだ。『Get the Picture?』は、後に『Bam Balam Explosion Vol.5』に収録された「It's No Crime」以外にもポップなナンバーを含んだ力作。東海岸の重要レーベル、インカス(ダンプトラックやミラクル・リージョン、ハロー・ストレンジャーズ等でお馴染み)からのリリースで、アナログ盤しか発売されなかったようだが、EPと併せたCD化を是非希望したい。中心人物トム・コンテが現在ヒップ・リッパーを率いて活動を続けていることは以前にも触れた通り。アルバム『Let's Go Out』もリリースしている(未聴)。

 続いては ニュー・ハンプシャー州を拠点にするポップ・バンド、ヘヴンズ・トゥ・マルガトロイド。こちらはロックンロールというより、典型的な90年代型パワー・ポップを聴かせる4人組。92年のデビュー作を含め、98年までに3枚のアルバムを発表しているが、1st『!』の鋭い切れ味が一番印象に残っている。オリジナルもよいのだが、ここではジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」をパワー・ポップ仕立てに料理し直したカヴァーに注目しておきたい。これって、ジェイソン・フォークナーが94年頃に録音したカヴァー・ヴァージョン(エアー・メイルの『エヴリワン・セッズ・イッツ・オン』収録。本誌2001年6月号付録CDでも聴けます)と全く同じ発想なんだよね。仕上がりもほとんど同じだし、同年代なんでしょうか。90年代前半の奇妙なシンクロニシティ。

 お次はオースティンのビートソニックス。ずっとアルバムを探していたのだが、最近ようやく入手。以前取り上げたヒッポドローム(クリス・リチャーズ)同様、編集盤『Hit The Hay』に収録されていたジム・ダイアモンドから遡って知ったバンドだけれど、唯一のアルバム『Mass for Shut-Ins』は想像通り、軽快なビート・ポップをメインに、オールディーズ風の味付けをうまく効かせた佳作だった。テキサスの大先輩、バディ・ホリーやその正当な後継者、マーシャル・クレンショウをワイルドにしたようなポップ・センスが特徴。ダイアモンド(G)のリーダー・バンドかと思っていたら、半分はエリック・Apczynski(B)作でした。どちらもいい曲書いてます。

 最後にノース・キャロライナのトゥー・パウンド・プラネット。正統派ギター・ポップに60年代風味をプラスした、いかにもプロデュースを手がけたミッチ・イースター好みのバンドだが、ゲーム・セオリーよりはサムラブズというべき甘酸っぱいメロディー・センスが売りだった。数年前に入手したアーバン・エッジのアルバムがあまりに素晴らしかったので、いろいろ調べた結果、以下の事実が判明している。(1)ミッチ・イースターと同郷、ウィンストン・セイラム出身の4人組。(2)最初はアーバン・エッジと名乗って活動していたが途中から改名。(3)アーバン・エッジとしては『Songs from Hydrogen Jukebox』を90年にリリースしている。(4)トゥー・パウンド・プラネットとしては93年のEP『Whispering Delicious』が唯一の作品(オルタナ色強し)。(5)彼らの作品を気に入ったオルタナティヴ・レーベルがトゥー・パウンド・プラネット名義で『Songs from Hydrogen Jukebox』を93年に再発。3曲追加、曲順変更あり。(6)ジェリー・チャップマン(B)はその後クリスチャン・ロック・バンド、ライフ・イン・ジェネラルで活動中(よって本作もクリスチャン・ロックの可能性が高い?)。ただし、中心であるジェイソン・バス(Key)、トム・ショウ(G)のその後は不明。誰か詳細を知っている人は是非教えてください。

 以上、東部2組、南部2組を今回はピック・アップしてみました。機会があれば他の地域もまた。

ROCKPHONICS/Get the Picture? (Incas/1802)90年

HEAVENS TO MAGRATROID/! (Prospective/PRCD-560)92年

BEATOSONICS/Mass for Shut-Ins (Freedom/DIDX015147)92年

TWO POUND PLANET/Songs from Hydrogen Jukebox (Alternative/ES4010)93年