ワイルド・シーズというバンドをご存知だろうか? 80年代の米インディー・シーンに興味のある人なら名前ぐらいは聞いたことがあるはずだ。当時のカレッジ・ロック・バンドを振り返ったとき、アセンズ代表がR.E.M.で、LA代表がドリーム・シンジケートだとしたら、テキサス州オースティンを代表するのは間違いなくこのワイルド・シーズになるだろう。人によってはレイヴァーズやトゥルー・ビリーヴァーズ、あるいはドクターズ・モブの名前が挙がってきても不思議はないけれど、僕にとってはやはりワイルド・シーズなのだ。リーダーであるマイケル・ホールのソロ活動が、オースティンの音楽シーンに目を向けるきっかけになったという個人的な理由も大きいし、やはり大好きなクリス・マッケイが後期に参加していたことも大きなポイントの一つである(もう一つつけ加えておくと、ドラム担当は現ファストボールのジョーイ・シャフィールドだった)。しかし、それだけではワイルド・シーズの魅力を説明したことにはならない。

 先ごろリリースされたベスト盤には、彼らの残した一枚のEP、二枚のアルバムから18曲、おまけに未発表曲が四曲収録されている。演奏や歌が特にうまいわけでもないし、正直な話、後のソロ活動に比べるとマイケル・ホールの曲も切れ味が鈍い気がしないでもない。改めてベスト盤を聴き通してみると、ジャングリーなギター・ポップ風でもあり、ガレージっぽくもあり、古風なロックンロールやルーツ・ロック寄りのアプローチを見せる瞬間があるかと思えば、ダークでアシッド・サイケな味わいもあり……と、よく言えば多彩、悪く言えば器用貧乏、なかなかつかみどころのないバンドではある。だが、知的でシャープな切り口は今聴いても新鮮だし、不思議な存在感を持っていることも確かだ。アルバム・タイトルにもなった代表曲が「ごめんね、一晩中君をロックすることが僕にはできない」なんていう題名で、にもかかわらず曲自体はクールにロックしているという屈折具合もなかなかユニーク。

 ある種のパンクが持っていた破壊的な衝動をくぐり抜け、理知的にロックを再構成していたというか、荒々しい波が通り過ぎた後の穏やかな海を航海しながら、決して洗練されず、どこかにプリミティヴな部分を残していたというか、うまく表現できないけれど、要するに中途半端であることを肯定してしまえる開き直りの魅力、とでも言おうか。いずれがいいとも言えないが、原初的なパワーと突進力で一本筋を通したトゥルー・ビリーヴァーズや、ポップな方向にまとめようとしたレイヴァーズとの違いがそこにあったような気がする。

 80年代が終わると共にワイルド・シーズを解散させたマイケル・ホールはソロ活動を始めた。最初のアルバム『QUARTER TO THREE』(90年)には、気の合う友人とのセッションから生み出された、素朴なスケッチ風の小品が並んでいる。このうち二曲のワイルド・シーズ版(もちろん未発表)が今回のベスト盤で陽の目を見ることになったが、「I'm Gonna Get Drunk」はともかく「Leaving Egypt」の方はアレンジがかなり異なり、ソロの静謐なヴァージョンと比較して、バンド時代にはこれほどハードに演奏されていたのかと驚いてしまった。この事実から推測すると『QUARTER TO THREE』の特徴でもあるシンプルなサウンドは、意図的にワイルド・シーズと距離を置こうとした結果のようだ。実際にバンド時代のどこか混沌とした音作りは姿を消し、簡素なバッキングにより曲の骨格が表面に浮き出てきて、ソングライターとしての魅力を印象づける佳作だった。参加メンバーは、この後長いつきあいとなるウォルター・サラス・ヒューマラ(サイロズ)、ドワイト・ヨーカム・バンドのベーシストで、当時はサイロズのメンバーとしても活動していたJ・D・フォスター(プロデューサーとしても知られ、本作とデヴィッド・ハリーを皮切りに、グリーン・オン・レッド、ショルダーズ、サイロズ、ダン・スチュアート、最近ではリチャード・バックナーやマーク・リボー等を手がける)、ドワイト・ヨーカムと並んで、西海岸のポスト・パンク/ルーツ・ロック界を代表する女性ロッカー、ロージー・フローレス(元スクリーミング・サイレンズ)など。

 続くセカンド『LOVE IS MURDER』は前作の素朴な味わいに、力強く切れ味の鋭いナンバーが加わった傑作。オースティンきっての名ギタリスト、ジャド・ニューカム(元ルーズ・ダイアモンズ)が随所で味のあるギターを聞かせてくれるほか、ワイルド・シーズ時代からゲスト参加していたランディ・フランクリンもスライドやマンドリンでルーツ風味に大きく貢献し、ヴォーカル面ではクリス・マッケイ、リサ・メドニック(アコーディオンやピアノも担当)の参加を得て、どこかふっきれたようなサウンドと、生き生きとしたホールの歌声が印象的だ。

 アレハンドロ・エスコヴェードやウォルター・サラス・ヒューマラと組んだセッターズのアルバム(93年)を挟んで発表された、次の『ADEQUATE DESIRE』(94年)にも前作の好調ぶりは受け継がれ、ゲストはさらに多彩になる。ジャド・ニューカム、ランディ・フランクリンはもちろん、ヴォーカルにキム・ロングエーカー(元レイヴァーズ)やヴィッキー・ピータースン(元バングルス、現コンチネンタル・ドリフターズ)、共作陣にビル・ロイド、ビーヴァー・ネルスン等を迎え、ポップなナンバーに磨きがかかっている点も見逃せない。

 95年のEP『FRANK SLADE'S 29TH DREAM』(38分にも及ぶタイトル・トラックは圧巻)、シカゴに移ってポイ・ドッグ・ポンダリングやミーコンズのメンバーをフィーチュアした四作目『DAY』(96年/かなり内省的)と順調に作品を発表した後、しばらく沈黙が続く。古巣のオースティンに戻ってジャド・ニューカムをプロデューサーに迎え、四年ぶりにリリースされた『DEAD BY DINNER』(00年)は『ADEQUATE DESIRE』に通じる、充実の復帰作。土臭さを持ちながら決してしつこくない、乾いた肌触りのロックンロール、飄々とした軽み、ポップで哀愁味のあるメロディ−−後半にはやや物足りなさが残るけれど、これぞマイケル・ホールといった要素に満ちあふれ、ファンの渇望を癒やすには十分な仕上がりを見せていた。

 そんな復活劇を演じた後に発表されたワイルド・シーズのベスト・アルバムは、近作でホールの名前を初めて知った新しいファンには格好の贈り物と言えそうだ。今回初めて彼を知ったという人には、オースティンの音楽シーンを代表する存在として是非名前を覚えておいてほしいし、まずは入手しやすい『DEAD BY DINNER』あたりから聴いてみることをお勧めしたい。

WILD SEEDS/I'm Sorry, I Can't Rock You All Night Long; Wild Seeds:1984-1989 (Aznut/03)2001

MICHAEL HALL/Quarter to Three (Record Collect/RC-1191-2)1990

MICHAEL HALL/Love Is Murder (Safe House/SH-2106)1992

MICHAEL HALL AND THE WOODPECKERS/Dead by Dinner (Blue Rose/BLUCD128)2000