先日5作目が出たばかりの『HIT THE HAY』というコンピレーション・シリーズがある。編集しているのは、スウェーデンでサウンド・アスリープを運営するJerker Emanuelson(誰か読み方教えて!)という人物。スウェーデン人のくせになぜかアメリカのロックが大好きで(僕も人のことは言えないが……)、話題になりにくい現在進行形のアメリカン・ミュージック(主にパワー・ポップやルーツ・ロック)をメインにした編集盤を作り続けている。スタートしたのは94年。同時期に始まった『イエロー・ピルズ』(93年−)と並んで、アメリカン・マイナー・ロック・リーグという大海原を航海するリスナーにとって、なくてはならない羅針盤の一つであり、個人的にも随分お世話になっている。『イエロー・ピルズ』がパワー・ポップの王道をいく作りだったのに比べて、『Hit the Hay』はオルタナ・カントリー/SSW系も大きく扱っているのがユニークで、両者に興味のある僕にはそうした編集方針が頼もしく、またこの上なく好ましく感じられたのである。

 もう何度目になるだろうか。『Vol.1』のライナーを引っ張り出して眺めてみる。クリス・ヴォン・スナイダーン、ビル・ロイド、ティム・キャロルと続く冒頭の印象がやはり強烈だったが、ヤング・フレッシュ・フェロウズ、ボビー・サトリフ(ウィンドブレイカーズ)と続くセレクションから、この編集盤が新しいポップ・シーンだけでなく、80年代のアメリカン・インディーズを視野に入れて作られていることがよくわかる。さらにスレイド・クリーヴス、トマス・アンダースン等、ルーツに根ざしたSSWの、70年代で時間が止まったかのような本格派ぶりにも感動したし、ある雑誌でレビューを見かけて以来気になっていた、NRBQ風のドリーミーな感覚を持つ偉大なシンガー、レイ・メイスンもここで初めて聞くことができた。また、エディ・ローレンスやピケッツ、パイン・ドッグス、ボブ・ルーター、ボビー・スミス、スカッド・マウンテン・ボーイズらの収録曲は、いずれもカントリー・テイストを上手く取り込んだものばかり。そこからは編者のアメリカン・ロックに対する愛情や、すぐ後に来るオルタナ・カントリー界の隆盛を予告するかのような先見性が強く感じられたものだ。添えられた短いコメントを頼りに多くのアルバムを探し回り、ガーフ・モリックスのプロデュースによるパイン・ドッグスのCDを手に入れたときの嬉しさも、ここ数年リリース攻勢が続くレイ・メイスン関連を全部追っかけようと思う原動力も、すべてはここから始まったのだ。

 もちろんポップ勢においても同様に発見の連続が楽しめる。アイディアの哀愁と疾走感に心打たれ、アンドリュー・チャルフェン(ウィシュニアクス)の素朴な魅力を再確認し、ジム・ダイアモンド(ビートソニックス)の押さえたビート感覚にもしびれた。中でも印象的だったのはクリス・リチャーズという初耳のアーティストが持つ瑞々しいパワー。クリス・ヴォン・スナイダーンをもう少し硬くしたようなハイトーン・ヴォイスに、往年のバッドフィンガーを思わせるメロディ……収録されていた「You Wear It Well」はリチャーズの才能が遺憾なく発揮された佳曲だったと思う。コメントには、同時に収録されていたキース・クリンゲンスミスと共にヒッポドロームというバンドを率いていたと書かれている。出身はどうやらミシガン州デトロイト近郊らしい。個人的にはストゥージズやMC5のイメージが強かった工業都市と、ピュアなポップ・ソングとでは随分イメージにギャップがあったが、そうした固定観念が覆されるところも、この手の編集盤が持つ面白さの一つ。

 それにしても、また探索アイテムが一つ増えた、トホホ……と必死になってヒッポドロームのCDを探すこと数年。ようやくネットを通して入手したウサギ犬−−『DOGBUNNY』(89年)はジャケットが象徴しているように、チープでアマチュア臭の強いアルバムだったけれど、初期R.E.M.やスミスに影響を受けたとおぼしき80年代流フォーク・ロックに多少のガレージっぽさを加え、野暮ったいチュー・チュー・トレイン、はたまた演出抜きのスリー・オクロックとでもいうか、シンプルなギター・ロック的佇まいには、どこか憎めない部分があって、少なくとも僕は気に入っている。

 どうやら編者のJerkerにとってもヒッポドロームはお気に入りバンドの一つだったようで、メンバーのソロが編集盤に収録されただけでなく、クリス・リチャーズとキース・クリンゲンスミスの2人による新バンド、フィナメナル・キャッツは、サウンド・アスリープからCDをリリースすることになった。96年に発表された『SEAGIRL AND 5 OTHER DOGS』はヒッポドローム時代に比べ、ずっとパワフルでメロディアスになった2人の才能が結実した佳作といっていい。特にタイトル・トラックになった「Seagirl」は、ルビヌーズや20/20等の元祖パワー・ポップにも通じる明るさと勢いを持ち、今後に大きな期待を抱かせたが、残念ながら公式なリリースは結局このEP一枚のみで終わってしまった。

 リチャーズが新しく始めたパントゥーカス(クリンゲンスミスも協力はしている)は、97年にアルバム『SALAD』を発表してくれたものの、そのサウンドは、僕の好みからするともう一つ。よく聴けば部分的にキャッチーなメロディ・センスを感じ取ることは可能だけれど、フィナメナル・キャッツ風のパワーと風通しのよさを期待していたところに、アダルトでムーディーな線を狙ったと言えば聞こえは良いが、悪く言えば、お洒落路線とグラマラス路線がうまくかみ合っていない中途半端な作品が届けられたので、余計にがっかりしてしまったのかもしれない。楽曲の弱さを補うためなのか、ボーナス・トラックとして「Seagirl」を収録したのも、あまりいいアイディアとは思えなかった。

 そんなわけで、ちょっと追いかけ続ける気力をなくしていた98年、スペインの編集盤『BAM BALAM EXPLOSION VOL.5』にパントゥーカスの新曲「Easy Come Easy Go」が収録される。これには正直驚いた。『SALAD』の弱点と僕が思っていた部分はすっかり姿を消し、以前のしなやかなパワーが戻ってきているではないか。コンピ中一、二を争う名曲というだけではなく、リチャーズの作品としては個人的にこれがベストではないかと思わされる、見事な出来栄えだった。

 起死回生の一打(?)を放ったリチャーズは、先ごろ十年間の軌跡を振り返る編集盤をリリースしてくれた。ここで名前を挙げた曲をすべて収録し、レフト・バンクのカヴァーや未発表のナンバーも満載の『PATHETIC HISTORY』は、彼の歩みを手軽に一望できる優れもの。ストレートなパワー・ポップ/ギター・ポップのファンなら、購入して損はないと思う。

HIPPODROME/Dogbunny (Dogbunny/no number)1989

THE PHENOMENAL CATS/Seagirl and 5 other dogs (Sound Asleep/ZAX200)1996

THE PANTOOKAS/Salad (Dogbunny/DB-026)1997

CHRIS RICHARDS/Pathetic History(1990-2000) (Futureman/FMCD002)2001