6月号でもうじき出ると紹介したウィル・キンブロウのソロ・アルバムが、少し遅れて7月にリリースされた。そのときも書いたように、ナッシュヴィルの優良ソングライターが16年以上の音楽歴(ウィル&ザ・ブッシュメン、ビス・キッツ、トッド・スナイダーのバック・バンドなど)を経てついに完成させた初ソロとして、こちらが一方的に過剰な期待を寄せていたわけだけれど、届けられたアルバムは意外なほど気負いがなく、いい意味であっさりとした仕上がりだった。もっとルーツ色の濃いアルバムになるのかと思っていたら、思ったよりポップだったし、幅広いファンにアピールしそうな力作だ。

 冒頭を飾る哀愁パワー・ポップ"Closer to the Ground"の出来がまず抜群にいい。他にもバーズ、ニール・ヤング、ビートルズなどの影響が垣間見える、もしくはキンブロウのルーツを物語るかのようなナンバーが次々に登場し、飽きの来ない構成が工夫されているうえ、控えめなストリングスやホーン、それに女性コーラス(主にキム・リッチー)をうまく使って、オーソドックスに仕上げたアレンジにも好感が持てる。本誌読者にお薦めなのはジョージ・ハリスン風の泣き節が光る"We're All For Sale"(この曲だけブラッド・ジョーンズ参加)だけれど、僕が気に入ったのはアルバム中最も田舎臭い"Diamond in A Garbage Can"。ジャンキーのたむろする裏通りで見かけた少女を歌ったスケッチ風のナンバーで、取り立ててすごいという作品ではないが、映画のワン・シーンを切り取ったようなキンブロウのクールな視点がシンプルな演奏ゆえに際立っており、味わい深さではアルバム中随一だろう。全体的に軽めで口当たりが良すぎるというのは長所でもあり短所でもあるけれど、僕は十分満足することができた。

 それにつけても、こうした好盤に接するたびに思い知らされるのは日本における情報の乏しさだ。ナッシュヴィルのポップ・シーンについてはこの連載で何度か触れてきたし(ビル・ロイド、スワッグ、アイドル・ジェッツ等)、オウズリー、シャザム、ブラッド・ジョーンズなどについては今月号の「ビートルズの遺伝子」特集でもしっかりと取り上げられ、日本でもそれなりに認知されているように思う。

 しかし、その一方でナッシュヴィルにおけるルーツ派の新しい動きについては、残念ながらほとんど知られていないのが現状である。もっともウィル・キンブロウのポジションは実に微妙で、ポップともルーツとも言い切れない音楽性を持っているのだが、これから紹介するのはもっとルーツ寄りのアーティストばかり。今回は知られざるナッシュヴィルのネオ・ルーツ・シーンに焦点を当ててみたい。

 まず、キンブロウとはビス・キッツ時代からの仲間であり、『This』にも全面的に協力しているトミー・ウォマック。ブラッド・ジョーンズのプロデュースによるセカンド・ソロ『Stubborn』(本号P.??参照)を今年初めに発表しているが、軽めのブルース感覚を中心にしながら粗っぽいポップ・センスも兼ね備え、全盛期のストーンズにも通じる風来坊的な魅力を漂わせている。

 続いては、サイアーから没にされたアルバムを『Not For Sale』という皮肉なタイトルでリリースしたティム・キャロル(元ブルー・チーフタンズ)。自主製作CD-Rというのが泣けるけれど、以前から伝えられていた通りアンディ・ペイリーのプロデュースによるアーデント録音。僕がサイアーの担当者なら間違いなく「ニール・ヤングやトム・ペティの系譜を継ぐ大型新人登場!」「これこそ正当派アメリカン・ロック!」なんてコメントをつけて大々的に売り出すのにな。どうして没だったのか理解に苦しむ傑作だ。

 そのティム・キャロルと一緒にライブ活動をしているデュエイン・ジャーヴィスは、長年LAでルシンダ・ウィリアムスのバック・バンドを務めていたが、現在はナッシュヴィルで活躍するアーティストの一人。既にソロ・アルバムを三枚発表している。最新作『Combo Platter』は過去の未発表音源を集めた編集盤ながら、ビル・ボンクやティム・キャロルとの共作を含み、ジャーヴィスの渋い魅力を満喫できる。

 デレヴァンテス名義で二枚のアルバムを残した後、ソロ活動に移ったボブ・デレヴァンテも昨年『Porchlight』をリリースし、マーシャル・クレンショウにも通じるレトロ感覚と泥臭いルーツ・センスを融合したレベルの高さはもちろん、ゲスト陣の豪華さでも話題を呼んだ。デュエイン・ジャーヴィス、バディ・ミラー(Pヴァインから国内盤が出ている)、グレッグ・トルーパー、ケヴィン・ゴードン(新作がシャナーチーから出たばかり)など、どこが豪華なの? と不思議に思う人もいるだろうけれど、個人的にこのあたりの面子が今のナッシュヴィル・ルーツ・シーンの核だと思っている僕のような人間には、もうたまらないラインナップなんですね。

 その他、同地を代表するプロデューサーとしてスティーヴ・アレン(20/20)、デレヴァンテスやデュエイン・ジャーヴィスを手がけたゲイリー・タレント(E・ストリート・バンド)らの活躍も見逃せない。また、ここでは名前を挙げておくだけにしておくが、この秋にようやく『Transcendental Blues』(個人的に2000年ベスト3入り確定済)の日本盤がリリースされるという(遅すぎる!)スティーヴ・アールを筆頭に、キム・リッチー、ロンサム・ボブ(元ベン・ヴォーン・コンボ)、ボーンポニー、ジョッシュ・ロウズ、ヘイシード、フィル・リーなど、この地では他にも才能豊かなアーティストが数多くの傑作をものしている。

 一つ強調しておきたいのは、これらのアーティストがルーツ派といっても、いわゆるカントリー色はそれほど強くなく、ずぶずぶのスワンプでもないということ。日本人のイメージするディープな南部サウンドに比べれば、かなりライト・テイストということになるのだろう。キンクスの『マスウェル・ヒルビリーズ』あたりを思い浮かべてもらうと話が早いかもしれない(ウォマックやジャーヴィスは実際自分のアルバムにキンクスのカヴァーを収録している)。逆に言えばそうした英国ポップ・ファンでもすんなり入っていけそうな世界なのだ。

 ナッシュヴィル・ポップの実体がようやく浮き彫りになってきた今だからこそ、そのシーンと地続きになっているルーツ・ロック・シーンにもっと注目が集まってもいいはずだ。ちょうど両者の間に位置するようなウィル・キンブロウの存在を足がかりにして、彼らの音楽を是非一度体験してもらいたい。

1)Will Kimbrough/This (Waxysilver/WS002)2000

2)Tim Carroll/Not For Sale (self release)2000

3)Duane Jarvis/Combo Platter (Glitterhouse/GRCD462)1999

4)Bob Delevante/Porchlight (Relay/99-0001)1999