古今東西を問わずフィクショナルな企みというものに人は弱い。その証拠に書物の世界では架空の歴史や架空の人物に関する伝記などは当たり前。架空の本に対する書評集や序文集というアイディアから傑作を作り出したスタニスワフ・レムなんていう人までいるくらいだ。こうした手法の狙いは大まかに言って、事実を巧妙にずらすことにより、ものごとの本質をより深く浮かび上がらせる点にある。

 ロックの世界でも架空の世界に遊ぼうという試みは決して珍しいものではない。その中で最も有名なのはラトルズだろうが、記憶に新しいところでは70年代ポップへの憧憬を表明しているダン・サーカによる架空のバンド、ヴァンダリアスや、キャロル・キングの半生を模しながら50年代末から70年代までのロック史をフェイク・バンドで綴った映画『グレイス・オブ・マイ・ハート』なども虚構性をうまく活用し、現実を逆照射したユニークな試みだと言えよう。

 最近リリースされた『Where Has the Music Gone?』もこの系譜に属する一枚だ。副題「The Lost Recording of Clem Comstock」からも明らかなように、このアルバムは60年代に活躍した作曲家兼プロデューサー、クレム・コムストックの作品を集めた編集盤という趣向をとっている。クレム・コムストック? 誰だそりゃ? という人のために付けられている詳細なライナーによれば、クレムはブライアン・ウィルソン、もしくはフィル・スペクターを思い出させる存在であり、「トータルな芸術的ヴィジョンという観点から比較できる唯一の人物はエド・ウッドだろう」なんて語られていたりする。そんな伝説的プロデューサーの作品を演奏しているのはゲイリー・シラントロ、コニー・アイランダーズ、シュルト・シスターズなど、これまた初耳のバンドばかり。実際にアルバムを聴いてみると、ゴフィン=キングやバカラック=デヴィッド、ロネッツやクリスタルズなど往年のブリル・ビルディング・サウンドを思わせる曲から、初期ビーチ・ボーイズ、ザ・フーのようなナンバー、果てはガレージ・インストまで、いかにも60年代風のポップスがぎっしり(中にはモーツァルトの有名曲をガールズ・ポップ風にアレンジしたナンバーも)。

 純真なリスナーはここまで来て驚くわけである。おいおい何だこれは? これほどの才能が今まで全く紹介されていなかったのはどういうわけなのか、と。しかし、現実にはそこまで素朴な音楽ファンがいるわけではない。異様にクリアな音質とライナーのチープな合成写真から大半の人はこれが巧妙なフェイクであることにすぐ気がつくはず。何と言っても仕掛け人自身がしっかりとアルバムの最後に自らの名前を出してネタを割っているのだから。そう、クレム・コムストックなる人物は実在しない。実際の曲作り、演奏を手がけている黒幕は編集担当という触れ込みのロジャー・クラッグその人なのだ。

 ロジャー・クラッグはオハイオ州シンシナティを拠点にするポップSSW。90年代初期にウィリーズというバンドで活躍した後、95年にソロ・デビューを飾り、97年にはセカンドをリリース。今度のアルバムが3枚目ということになる。少年時代は両親のレコード・コレクション(ハーブ・アルバートやクラシック)を愛聴していたが、ビートルズに出会って演奏活動を始めた。その後スウィート、クィーン、10CC、ELO、ムーヴなどブリティッシュ・ポップに傾倒し、ポリス、プリテンダーズ、コステロ、XTCなどがそれに続く。だが、80年代の主流ポップ・ミュージックがあまりにつまらなかったため、しばらくはボブ・ディラン、トム・ウェイツなどのSSWやジャズを聞いていたという。

 今までの2作ではそんな彼の好みを反映してか、スウィート・ミーツ・XTCといった感じのゴージャスで少しひねったポップ・サウンドが中心だった。スタジオで作り込みながら強烈なドライヴ感を持つナンバーの数々からは、『Where Has the Music Gone?』に顕著なポップス・マニアの側面はそれほど感じられない。彼自身の持ち味はもっとソリッドなギター・サウンドとダイナミックな曲作りにある。ただ一つ、凝り性であることは間違いなく、過去において緻密な音作りに向けられていた才能が、新作では架空人物の造型という方向に発揮されているわけだ。

 いずれにしても、今回のアルバムでロジャー・クラッグはクレム・コムストックという人物の創作に全力を傾け、その謎めいたキャラクターと優れた音楽性を作品化することに成功している。発想は簡単でもいざ実行するとなると話は別で、リスナーを納得させるだけのリアリティを持たせるには相当の手間がかかるし、成功したらしたで今度は実作者としてのエゴはどうなるのかという問題も出てくるだろう(映画『ワグ・ザ・ドッグ』のプロデューサーを思い出してほしい)。このあたりについてもロジャーはうまくクリアしており、監修者として自分が背後に存在することをほのめかしながら、詐欺師とクリエイター、双方の立場を大いに楽しんでいるように見える。

 だが、それよりも重要な点は、単なるお遊び、単なるノスタルジーという衣裳をまといつつ、このアルバムが結果として今のポップ・シーンに大きな疑問を投げかけているところにある。タイトル・ナンバー「音楽はどこへ?」が象徴するように、それは30年以上前にあれだけ豊かな実りを見せていたポップ・ソングがどこに行ってしまったのかという素朴な疑問であると同時に、表層的な流行にばかり囚われている今のシーンへのさりげない批判でもある。21世紀を目前にしたこの時代に何を言ってるんだと切り捨てる前に、新作でも旧作でもいいからロジャーの作品に是非一度耳を傾けてほしい。そこには彼の信じるポップ・ソングの魔法とエッセンスがいやというほど詰め込まれているのだ。逆説的な言い方をすれば、クレム・コムストックの精神は今もロジャー・クラッグに受け継がれている……。

(Web Site: http://www.mentalgiant.com)

1)Where Has the Music Gone?: The Lost Recordings of Clem Comstock (Mental Giants/MG9003)99

2)Mama,Mama,Ich bin in dem La La Land (Mental Giants/MG9001)95

3)Toxic and 15 Other Love Songs (Mental Giants/MG9002)97