近年の再評価により、アレックス・チルトンおよびビッグ・スターは今では洋楽ファンにはすっかりお馴染みの存在になったと言っていいだろう。それに比べて、チルトン周辺、特に70年代のメンフィス・ポップに関する情報は残念ながら日本にはほとんど伝えられずにきてしまったように思う。

 しかし、今年に入ってからいくつか面白い動きが出てきている。グラッドハンズの『ラ・ディ・ダ』日本盤にヴァン・デューレンのカヴァーが収録されたことは前号でもお伝えした通りだが、四月にはそのヴァン・デューレンとトミー・ホーエンの共作アルバム『Hailstone Holiday』(@)がリリースされ、一部で注目を集めているのだ。これは彼らのことを取り上げるには絶好のタイミングではないかというわけで、今回は知られざるメンフィス・ポップの系譜を俯瞰してみたい。

1)アーデント・スタジオ

 一般的にメンフィスといえばサン、スタックス/ヴォルトの本拠地であり、ブルース、ロカビリー、ソウルの聖地として有名であることは今さら言うまでもない。その一方、アメリカ全土を襲ったビートルズ旋風は南部にもいくつかの種を蒔き、その中から従来のイメージとかけ離れた音楽に挑戦する一群が現れた。彼らはジョン・フライが66年に設立し「メンフィスで唯一レコードをイギリスらしいサンドに作ることができた」(チルトン談)アーデント・スタジオを活動の拠点とし、独自のルールを作っていったのだという。やがてスタックスの配給によりレーベル活動もスタートさせたアーデントは、カーゴ『Cargoe』(72年)、ビッグ・スター『#1レコード』(72年)『レディオ・シティ』(74年)、ホット・ドッグス『Say What You Mean』(73年)といったアルバムをリリースし、新たな潮流を生み出そうと挑戦を続けたものの、セールス的には惨敗。今となってはビッグ・スター以外は忘却の彼方状態だが、ソウル風味を効かせたメロウなポップ・バンド、カーゴの影響力にも見逃せない点はあり、代表曲「Feel Alright」は後にdB'sがカヴァーしたことでも知られている。

 その後アーデントはスタックス側の問題も絡んで、一旦レーベル活動を停止。94年に復活するまでは録音スタジオとして運営を続け、70年代にはトミー・ホーエン、スクラフズ、80年代にはトミー・キーン、リプレイスメンツ、90年代にはジン・ブロッサムズ、トッド・スナイダー等がアーデント録音の傑作を生み出している。メンフィスのポップ・シーンを牽引してきた功績が大きいだけでなく、このように「アーデント・マジック」を求めて訪れるアーティストが大勢いることも重要なポイントの一つである。ジョン・ハンプトン、ジョー・ハーディー、ジェフ・パウエル等、優秀なエンジニア群が作り出すアーシーなポップ・サウンドは、パイオニアの誇りとノウハウの蓄積があって初めて可能となった、メンフィスの新たな遺産なのだ。

2)トミー・ホーエン

 カーゴやビッグ・スターが報いなき栄光を追い求めていた頃、メンフィスには他にも無謀な若者たちが潜んでいた。トミー・ホーエンとリック・クラーク(後にチルトン・バンド。現在はライターとして有名)、スティーヴン・バーンズ(後にスクラフズ)の3人は72年頃からリックのガレージで練習に励んでいたが、やがてアーデント・スタジオに出入りするようになる。ちょうどその頃ビッグ・スターのサード・アルバムを録音中だったアレックス・チルトンとは自然と交流が深まり、中でもトミー・ホーエンはチルトンと急接近。76年には同じ家に住むほどの仲になり、当時チルトンのガール・フレンドだったリサ・アルドリッジ(ビッグ・スターの『シスター・ラヴァーズ』というタイトルの元になった双子姉妹の片方。ガール・バンド、クリッツのメンバーでもあった)も当然のように交友の輪に加わった。

 デビューを夢見るトミーのもとに幸運が訪れたのは77年のこと。地元のパワー・プレイというインディー・レーベルが彼の曲を気に入り契約を申し出たのだ。パワー・プレイは早速『Spacebreak』というアルバムをリリースしたが、またも幸運なことにこれがメジャーのロンドン・レーベルの目に止まる。翌78年、タイトルを変更し、1曲加えた形でリリースされたのが『Losing Your Steps』(A)というわけだった。

 チルトンやリサとの共作を含み、アーデント・スタジオで録音されたこのアルバムは残念ながらまだ一度もCD化されたことがない。後にライノのパワー・ポップ編集盤『Come Out and Play』に収録された「Blow Yourself Up」に代表されるようなポップでリズミックな曲と、メロウでムーディーなスロー・ナンバーを組み合わせた、高い完成度を誇る1枚であり、パワー・ポップかどうかはともかく、洗練されたメンフィス流「モダン・ポップ」アルバムである。

 しかし、彼の幸運はここまで。この後の不運と沈黙の理由を全部書いているとそれだけでかなりの量になってしまうので省略するが、お蔵入りになったセカンド、NYの生活、リサとの再会/結婚、ナッシュヴィルへの移住、アルコール中毒、離婚、メンフィスへの帰還……こういった紆余曲折を経て、96年に音楽界に復帰できたのは奇蹟に近い出来事だったと言っていいかもしれない。  冷静に見れば復帰後のアルバムはいずれもデビュー作の水準に達していないかもしれないが、編集盤『Of Moons & Fools』(96年)、『The Turning Dance』(97年)、インタナショナル・ポップ・オーヴァースロウにおけるヴァン・デューレンとのジョイント・ライブ(98年)、そして出たばかりの共作アルバム(これはヴァン・デューレンの貢献もあって、両者の持ち味がうまく生かされた好盤に仕上がっている)と、20年近い沈黙の穴を一気に埋めるようなハイ・ペースの活動には頭が下がる。これぞ代表作と言えるようなリリースを今後に期待したい。

3)スクラフズ

 トミー・ホーエンと同じくパワー・プレイからデビューを飾り、その後長く不遇の時代が続いたスクラフズも最近のパワー・ポップ再評価の動きを受けて、見直しが進みつつある。英国ビート・ポップを基本にしながらソウルやR&Bの影響がちらほらとうかがえるところはトミー・ホーエン同様だが、ロックンロール・テイストはこちらの方が強め。幸いスクラフズは自らのレーベルからCDをリリースしているので、今でも割と簡単に聞くことができる。ライノの編集盤『Come Out and Play』に「My Mind」が収録された93年当時は中古盤を探すしかなかったことを考えると、いい時代になったものだ。

 さて、現在入手可能なCDは(a)『Wanna' Meet The Scruffs?』(B)(b)『Angst』(97年)(c)『Teenage Gurls』(98年)(d)『Midtown』(98年)の4枚(レーベルは全てノーザン・ハイツ)。このうち(a)は77年にパワー・プレイから発売されたデビュー作の再発(録音はもちろんアーデント)。(b)は74年から76年にかけて録音されていた初期未発表音源を集めた編集盤(トミー・ホーエンも参加)。(c)は78年のシングルに同時期の未発表音源を合わせて収録したもの。(d)は80年代の未発表音源をまとめた編集盤。いずれも悪くないが、最初に聞くなら(a)か(c)をお薦めしておく。

 中心人物スティーヴン・バーンズは90年以降ヨーロッパに移住して音楽活動から遠ざかっていたが、最近メンフィスに戻り、7年ぶりに地元の若手ミュージシャンと一緒に活動を再開した。新バンド、メッセンジャー45名義のアルバムも同じレーベルから発売されているので、興味のある方はどうぞ。

4)ヴァン・デューレン

 この人の経歴については詳しくはないのだが、才能という点では明らかにトミー・ホーエンやスティーヴン・バーンズ以上と言えるのがヴァン・デューレンである。今までのリリースは僕の知る限り、ソロ名義の『Are You Serious?』(C)、グッド・クェスチョン名義の『Thin Disguise』(86年)の2枚しかなく、今度のトミー・ホーエンとの共作が多分3枚目という寡作ぶり。しかし、77年に発表され、ジョディ・スティーヴンスとの共作を含む前者は、ポール・マッカトニー直系の優しいメロディーがぎっしりとつまっており、エミット・ローズのファーストに比べても遜色のない名盤だと思う。メンフィスのインディー・レーベルからリリースされた後者は時代を感じさせるシンセ・ポップ中心で、出来の方はもう一つだったが、前者は時代を超えて語り継がれるにふさわしいクォリティの高さを誇る。一度ベスト盤という形でインディーからCD化されているらしいが、現物は未確認。是非どこかで再度のCD化をお願いしたいものだ。

5)ジョン・ティヴン

 ヴァン・デューレンの77年作でギターを弾き、78年にはトミー・ホーエンとの共作をプリックス名義のシングルで発表(後にライノの編集盤『Shake It Up』に収録)しているジョン・ティヴンはコネチカット出身の評論家兼ミュージシャンであり、厳密にはメンフィス出身ではない。しかし、一時期NYでチルトン・バンドのメンバーも務め、メンフィスとは関連が深いので取り上げておく。ミュージシャンとしての代表作は、ヴァン・デューレンやチルトンがゲスト参加したヤンキーズ名義の『ニュー・ヨークの英雄(High 'N' Inside)』(78年)。パンク/ニュー・ウェイヴの一枚として日本にも紹介されたが、音の方は明らかにパワー・ポップだった。  最近は批評活動やトリビュート盤の編集(アーサー・アレキサンダー、オーティス・ブラックウェル、グレアム・パーカーなど)、プロデュース活動(ドニー・フリッツの復帰作、カナダ出身のデイヴ・レイヴなど)等の傍ら、ブルース色の濃いアルバムをエゴ・トリップ名義でリリースしている。南部サウンドに造詣が深く、知識を生かしたプロの仕事に定評がある。

6)現在

 70年代から80年代にかけてのメンフィスには、この他にもアラモ、ランディ・バンド、サスピションズ等、触れておかなくてはならないバンドがまだあるのだが、ひとまずこの位にしておこう。トミー・ホーエン、ヴァン・デューレンなどベテランの復活に加え、このところ若手の活躍も目立っているので、最後に新しいバンドを紹介してまとめとしておきたい。

 まずポップ系では『イエロー・ピルズ Vol.4』の冒頭を飾ったハー・マジェスティズ・バズ、トミー・ホーエンと同じフランケンシュタインからデビューしたミア・カルパ、アーデント録音の『From Blind to Blue』を今年リリースしたばかりのクラッシュ・イントゥ・ジューン等がお薦め。いずれもメロディアスなポップ・サウンドを持ち味とし、今後に期待できそう。

 ルーツ系ではパウタケッツ、リヴァーブラフ・クランの二組に注目。中でもパウタケッツのセカンド『Rest of our Days』(98年)はウィルコやサン・ヴォルトに通じる新世代カントリー・ロックの躍動感を感じさせ、オルタナ・カントリー好きには堪えられない内容となっている。

 また、94年に復活を果たしたアーデント・レーベルは、ノース・キャロライナのオルタナ・カントリー・バンド、ジョリーン(その後サイアーに移籍)、ペンシルヴァニアのハード・ポップ・バンド、アイドル・ワイルズ等、特にメンフィスにこだわらず新バンドに門戸を開き、その傘下であるフォアフロント(クリスチャン・ミュージック専門)からは、ジン・ブロッサムズ風のビッグ・テント・リヴァイヴァル、スモールタウン・ポエッツ等、気になるバンドが続々と登場している。機会があったら是非耳を傾けてみてほしい。

@Tommy Hoehn & Van Duren/Hailstone Holiday (Frankenstein/FR1124)99

ATommy Hoehn/Losing You to Sleep (London/PS179)78

BThe Scruffs/Wanna' Meet The Scruffs? (Power Play/HLPP5050)77  (Northern Hights/NHM-40210)97

CVan Duren/Are You Serious? (Big Sound/BSLP-019)77