考えてみれば幸せな偶然の連続だった。池袋のオン・ステージ・ヤマノで「Now Dig This」のCDに出会ったことも、その内容に驚いて本誌2号で年間ベストの1位に挙げたところ、読者の方から思わぬ連絡を頂いたことも。
それによれば、なんとエルヴィス・ブラザーズは95年早々に来日する! しかもこれが2度目とのこと。彼らは以前から日本のファン篠田明子氏と交流があり、2作目収録の美しい曲「Akiko Shinoda」は彼女に捧げたものだという。かつて東京、大阪、和歌山で開かれた来日コンサートはその篠田氏の企画によるもので、今回は同氏の妹さんの結婚式への招待を兼ねた半ば私的な来日。ライヴも地元の和歌山市だけで行われるという。
シカゴまで行くことを思えば和歌山は近い! 一も二もなく心を決め、1月16日朝、東京駅から新幹線の車中の人となった。名古屋で本誌渡辺と落ち合い、そこからは彼の愛車で和歌山を目指す。私たちが持っている唯一の音源「Now Dig This」をカーステレオでガンガン鳴らし、どんなライヴになるかを興奮気味に予想していると、いやが上にも期待が募る。
会場のオールドタイムという店は、和歌山市の中心部のビルの地下1階にあった。狭くて汚いライヴハウスを見慣れた目からすると、広くて明るくて居心地が良く、今回のようなライヴにはうってつけに映る。篠田氏に会って挨拶をし、インタヴュウの際の通訳をお願いする。それから、メンバーが今夜の曲目リストを作っているのを横目に、会場の隅で質問事項を考える。
ミュージシャンのインタヴュウを読んできたことに関しては人後に落ちないつもりだが、自分でするのは初めてである。私も渡辺も他誌のインタヴュウ記事については常日頃から良いの悪いのと難癖をつけているが、実際の手順については漠然と想像していたに過ぎない。期待と不安が胸をよぎるが、今回は千載一隅のチャンスであり、逃す手はない。
演奏は6時半と8時の2セット。わくわくしながら待つことしばし。20分ほど遅れて第1セットが始まった。
まず、80年代のアルバムから勢いのある曲を2曲立て続けに演奏してスタート。とにかく驚いたのは演奏力で、まったくあやうげがない。鋭角的に切り込んでくるギター、よく歌うベース、重くならずシャープに決まるドラム。どのパートも一音一音、音の粒が立っていて、全員一丸となったアンサンブルは、もうむちゃくちゃ気持ちがいい。
レコードは良くても生の演奏はヘロヘロということがアメリカのバンドでもままあって、愛なくしては聴けなかったりするのだが、まったくそういうことのない本物のライヴバンドであることが瞬時にわかる。
ステージは、向かって左がギター、中央にドラム、右がベース。ロブはラフな黒シャツ、グレアムは糊の効いた白シャツにベスト、ブラッドは丸首の縞シャツという対照的な格好。
CDでは判らなかったが、ロブとグレアムはそれぞれ自分の曲でヴォーカルをとり、ブラッドの曲は分けあって歌っていた。コーラスも2人だけでこなし、これがまた絶妙のハーモニーを生みだしている。ブラッドは絶対歌わないしMCもしない。まじめくさってドラムに専念し、ときどきパントマイムでおかしな仕草を見せる。バンドのバスター・キートンという感じ。ロブはいちばんタフなルックスで、地味だが実力派のプロレスラーを思わせる。グレアムは、まあ、もともと似ている上に、演奏中のちょっとした仕草まで意識的に真似しているようで、ポール・マッカートニーそのものである。
3作目からの曲を中心に、あいまに新曲を3曲やった。パワーポップのお手本のような「Anna James」はブラッドの曲。「Hero Worship」はグレアムが歌うミドルテンポのポップな佳曲。「She's a Scream」はロブの歌うアップテンポのハードなロックンロール。
カヴァーはプレスリーを2曲「本命はお前だ」と「ラブ・ミー」。ダンスナンバーの「キャンディ」。60年代ヒットだが、これはバウ・ワウ・ワウ版のカヴァーだと言っていた。それに篠田氏の妹さんへ、お祝いとして歌われたKANの「愛は勝つ」。ロブが照れながらも見事な日本語で歌って、場内をちょっとホロリとさせた。
Set List (First Stage)
1 I Wonder Why
2 Here We Go Again (1st)
3 Strangelove (3rd)
4 Anna James (Brad's new song)
5 House That Jack Built (3rd)
6 Stuck on You (Elvis Presley's song)
7 Dreamland (3rd)
8 Any Old Time (3rd)
9 Ai-wa-Katsu (Kan's song)
10 I Want Candy (Strangeloves'song)
11 Love Me (Elvis Presley's song)
12 Hero Worship (new song)
13 She's a Scream (new song)
14 Valentine (3rd)
15 Motormouth (3rd)
(encore) 16 Stand by Me (Ben E.King's song)
17 Misery (Beatles'song)
ここで第1セットが終わり、休憩時間にメンバーとすこし雑談することができた。といっても私たちの英語は彼らの日本語よりちょっとはマシという程度のものなので、あまり複雑な会話はできない。3作目を聴いてファンになり、東京と名古屋から見に来たことを告げる。あとはお定まりの好きなミュージシャンの羅列が続き、アレックス・チルトンは好きかと訊かれて、つい先頃、ビッグ・スターの再結成ライヴを見たと言うと、羨ましそうにしていたのが印象的だった。
あと、彼らがわざわざ持ってきたというCDや関連グッズが、この時間を利用して会場の隅で売られていた。こういうこともあろうかと余分な金を持ってきて大正解。夢中になってヴィデオとCD(本誌大町の分)、Tシャツ2種、バッジを買い込む。あまりのミーハーぶりにメンバーにも呆れられてしまったが、ブラッドはシャツに付けていた自分のバンド、ビッグ・ハローのバッジをプレゼントしてくれた。
第2セットは「Let's Rock!」のかけ声とともに新曲「Chasing the Spark」で幕を開けた。アップテンポの曲で、2人の迫力のコーラスが聴きもの。「Somebody Call the Police」はポリスにひっかけたのか、レゲエ・リズムの異色の曲。彼らのナンバーとして違和感がないのは、演奏の妙だろう。
次の曲でいきなりロブに「For friends from Nagoya. The song by Alex Chilton!」と言われ、始まった曲が「September Gurls」! 夢見心地で聴いて、あっという間に終わってしまった。
このあと「Red」の途中でギターの弦が切れた。ちなみに今回使用の楽器はどれも借り物ということで、演奏にハンデは感じさせないが、こういうところでは時間がかかる。まじめなグレアムがMCでつなごうと四苦八苦。再開して名曲「Akiko Shinoda」とロックンロールのスタンダード・ナンバーが2曲続き、ビートルズの「I Call Your Name」のイントロをがぁーっと弾いたところでまた弦が切れる。間が持たないところを篠田氏が機転を利かせて場内を沸かせ、もういちど最初から演奏を再開。
あとはビートルズを中心にしたロックンロールのカヴァー大会だったが、迫力に満ちた演奏でまったく気持ちがダレない。瞬間的に考えたのは、私たちはチャック・ベリーもビートルズももちろん見られなかったが、こうしてエルヴィス・ブラザーズに転生したロックの精髄を生きることで、偉大なる伝統に触れているのだということだった。
来日したアレックス・チルトンは、今の若いファンはチャック・ベリーのイントロについて来られないと不満を漏らしたそうだが、それは確かに恥ずかしいことなのだ。
Set List (Second Stage)
1 Chasing the Spark (new song)
2 Ruthy Ann (3rd)
3 Stick to...(???)
4 Somebody Call the Police (2nd)
5 September Gurls (Big Star's song)
6 Hey Tina (1st)
7 Red (???)
8 Akiko Shinoda (2nd)
9 Shake,Rattle and Roll (Big Joe Turner's song)
10 You've Really Got a Hold on Me (Miracles'song)
11 I Call Your Name (Beatles'song)
12 Matchbox (Beatles'song)
13 Have Mercy (Platters'song?)
14 Eight Days a Week (Beatles'song)
15 I Know You Shake It (1st)
(encore)
16 Ai-wa-Katsu (Kan's song)
17 Heartbreak Hotel (Elvis Presley's song)
18 (Let Me Be Your)Teddy Bear (Elvis Presley's song)
(文・写真:添野知生)