映画『キング・アーサー』の楽しみ方:ニヤリとさせるところどころ  (17/Sept/2004) >戻る

 

 もうすぐロードショー公開も終了ということですが、十分アーサー王好きな人にも楽しめる作りだったと思うのですが、アーサー王ファンサイトでは、手荒い扱いをされていますね。


 けっこうニヤリとさせる部分があったと思うのです。司教ゲルマヌス (St. Germanus)とペラギウス(Pelagius)のやりとりなどは歴史を学ぶ者にとってもニヤリとさせるところでした(ペラギウスは420年頃没。一方ゲルマニウスは430年代末頃没)。ゲルマヌスは、オセール (Auxerre) の司教でしたが、ブリテン島に生まれたペラギウスの神学説(異端とされたもの)がブリテン島に広まっていることに対し、真っ向から反対し、排斥するためにブリテン島に二度やって来ました(429年と435/6?年)。ペラギウスは人間も徳を目指し、研鑽を積むことで、キリストの言葉である「完全な者になりなさい」(マタイの福音書5:48)という言葉に従うことができるとし、その説を推し進めた結果、「原罪」説を脅かすことになり、異端とされたのです。ペラギウスの学説は、教皇の権威にとって好ましいものではなかったのかもしれません。いずれにしても、5世紀を通じて、そしてさらに今日までもペラギウスの説はブリテン島に浸透していると考えても良いのかも知れません。ただ、それと映画の中でアーサー役のクライブ・オーウェンが叫ぶ「自由」とはちょっと趣が違うかもしれませんが。

 サクソン人(アングル人)の侵入の様子なども、それらしく描かれていました。船が次々とブリテン島の岸にやってくるところなどは、ニヤニヤしてしまいました。

「そうそう。こんな感じだったんだろうな〜(ニヤリ)」

「英語を話す人の先祖がコイツらなんだよな〜!(ニヤリ)」

 アーサー王伝説の枠組みで、最も重要な点は、アーサー王が、侵入者であるアングロ・サクソン人を戦いで破り、ブリテン島をイングランド人の手に渡さなかった、というところにあります。ブリテン島に住むブリトン人vs.サクソン人の戦いが中心になる描き方になったのは、この映画ばかりでなくアーサー王伝説の下地として重要です。ただし、サクソン人を破った将の名前は、ブリトン人がサクソン人を破った戦いを記録した最古の文献、ギルダス(活躍の時期が490年頃〜520年没?)の『ブリトン人の没落』(25〜26章)に記されているアンブロシウス・アウレリウスでした。ギルダスよりもっと時代を下った歴史家ネンニウス(9世紀初頭?に活躍)の著作の中に、Arthurという名前が出てきます。映画の中で敢えてアルトリウス(英語読みで「アーサー」と発音)とするところなどは、歴史ファンタジーという感じになりますよね。歴史の正確な記述は、この時代に関してはほとんど不可能です。ベイドン山の戦いはネンニウスの著作『カンブリア伝代記』によれば516年です。一方、チェルディッチ (Cerdic)、キュンリッチ (Cynric) 父子(現代英語風ならセルディック、シンリック)も『アングロ・サクソン年代記』では495年にブリテン島にやって来たことになっています。この二人がアーサーと戦うことは年代記にもとづくならば、ありえません。何より、この二人はウェセックス王家の祖(つまりアルフレッド大王のご先祖様)になるのですから死ぬなんてとんでもない! ということになってしまうのです。や、それより、この二人が「ヴァイキングを破ったアルフレッド王のご先祖!」というところが、またまたニヤリとするところですね。二人の出で立ちはまるでヴァイキングそのものですから。

 でも、そのような歴史的史実とのずれ、年代のずれがあったとしても、結局この映画、そしてこの映画の描いているのが「もしもアーサーが本当にいたなら」という夢物語の歴史として成立しているのだと思うのです。歴史的史実を描こうとするのでなく、もし、アーサーとその騎士が当時活躍している場面を描くとするならば、というのが映画『キング・アーサー』の楽しみかただったのだと思うのです。だからこそ、この映画はアーサー王ファンだからこそ楽しめる鑑賞の仕方があったのではないでしょうか。

 例えば、円卓はペラギウスの「自由説」から来たんだ!というところはニヤリとする場面ではないでしょうか? 現実にはそんなはずはないからこそ、映画の世界を楽しめるのだと思います。この夢の歴史が、何百年という時を経るうちに変わっていき、12世紀に、かのロマンスの騎士道物語として成立していったとするならば、それはそれで面白いのではないでしょうか?

 

 『キネマ旬報』8月上旬特別号(2004年)pp. 104-06に、特集記事が載っておりました。ビデオやDVDで御覧になる前に、是非そちらをお読み下さることをお奨めします。

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